8.夢と未来の伝道者、プラチナ・イエロー

「あれ? ひょっとして、ファイヤースパークさん??」


「イエ、ヒトチガイデハ、ナイデショウカ」


 地元商店街の外れにある月に一度行くか行かないかの弁当屋。


 その弁当屋で夕飯の弁当を物色していると、普段は見かけないどことなく黄色い雰囲気の店員に、俺は話しかけられた。





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「やっぱりファイヤースパークさんだったじゃーん。いつもはそんな普通のカッコしてるんだねー、へんなのー」


 屈託のない笑顔で黄色い少女、プラチナ・イエロー……たしか柚黄ゆずきだったか? が、ウィッグを被り変装したスーツ姿の俺に言う。



 何の因果かこの俺、ブラックロンド団の参謀(仮)ファイヤースパーク……いや、今は世を忍ぶ仮の姿、黒舞商事こくぶしょうじの営業部長「樋渡 歩ひわたし あゆむ」は仇敵プラチナ・プライマルの一人、プラチナ・イエローと日の暮れた道を歩いていた。



 弁当屋の女将さんに「あらあら、あなた、柚黄ゆずきちゃんの知り合い? 丁度よかったわー。今日はちょっと忙しくて仕事長引かせちゃってて、夜の帰りが心配だったのよー。悪いけど、この子を家まで送って行ってあげてくれない? もー、お客さんなのに申し訳ないわねー、おほほほほ。あ、唐揚げ! 手間賃として唐揚げ持ってって!」とか何とか言われて、彼女の家まで送り届けることになった。



「それにしても、お前はまだ中学生なんだろ? バイトとかしていいのか?」


「それは大丈夫と思うよー。叔母さんのお手伝いってことにして貰ってるし、学校もちゃんと行ってるから」



 確か法律で十五歳までは原則労働はできなかったはずだと記憶していたが、身内の手伝いとかならお目こぼしして貰えるのだろうか。


 それにしても魔法少女とバイトの兼任は相当ハードワークな状態だと思うが。


 昨日も何だかんだこいつらにぶっ飛ばされたし。



「うちさ、おとーさん達が工場やってるんだけど、今ちょっと大変みたいなんだー。だから、自分でできることはやろうと思ってて。妹二人もまだちっちゃいしねー」


「そうなのか……色々あるんだな」


 既に暗くなった住宅街を歩きながら、会話を続ける。



「それともうひとつ、この状況はいいのか? 俺はお前達の宿敵、ブラックロンド団のファイヤースパークだぞ。そいつと一緒に歩いてても問題はないのか?」


「え? だって今は別に悪いことしてないじゃん?? それに、叔母さん達にアタシがプラチナ・プライマルだってこと、内緒にしててくれたでしょ。だから今は、知り合いのおにーちゃん」



 なんだかいい子過ぎて不安になってくる。


 次に対峙したときに心が痛むからそう言うの本当にやめて欲しい。


 いや、どうせボコられるのは俺達なんだろうが。



 そうこう会話しているうちに、どうやらプラチナ・イエローの家の近くまで来たようである。



「次の道を左に行くとうちだよー。今日は送ってくれてありがとー」


「ああ、またな」


「えへへ、できればあんまり会いたくないけどねっ」



 そう挨拶して別れようとしたとき、彼女の家の方から何やら怒声が聞こえた。



「貸したもんはなァ! しっかり返せゆうとるやろが!!」


「こっちとしてもなあ、返して貰わな困るんだよ。なあ、風山かぜやまさんよぉ」



「申し訳ありません……! 申し訳ありません……!! 来週までには必ず用立ててきますから……、どうか勘弁してください……!」


 住宅街にある小さな町工場の前、暴力団風の男達三人が、工場のシャッターの前で哀れにも土下座をしている痩せた中年の男を取り囲んでいた。



「来週、来週てなァ!! ふざけるのもいい加減にせえや! 期日にしっかり返すのが大人だろうが!!」


「見いや、この契約書。確かに風山かぜやまガラスさんから一千万円、今日返済して頂けるはずやろ!」



 夜の住宅街で、三人の男達が一人の中年男性にまくしたてる。


 しっかしこの前はヤクザとチンピラ、先日は武装強盗団、そして今日は無法な借金取りと、この街の治安は一体どうなってるんだ?


 俺が言うのも何だが不安になってくるぞ。



「あの……でも……借金自体は二百万円で……。それに、借りたのもスマイル・ベンチャーファイナンスと言う会社でして……」


「利子も分からんのかダボが! それになあ、スマイルさんからどうしてもと言われてオレ達が借用書貰い受けたんや、返済先はオレ達や!!」



 横を見ると、プラチナ・イエローが目に涙を浮かべ震えながら耐えている。


 魔法少女として、あいつらを吹っ飛ばしたりしてはいけないのだろうか。



「とにかくや、このままじゃ埒もあかんで、今日はこいつだけ貰ってよしとしといたるわ。来週までに一千万円と遅延損害金、きっちり用意しとけよ!!」


「あ……、それは製図用の器械で、それがないと……」


「五月蝿いわ! ダボが!」


 二人の男達は何かの道具をひったくると、頬のこけた中年の男を蹴り飛ばして去っていった。



「ごめんなさい……。やなとこ見せちゃったね……」


 その様子を影で見ながら、プラチナ・イエローが涙を浮かべながら続ける。



「魔法少女の力は、自分達のために使っちゃいけないんだ……。それに、借りたお金を返せないおとーさん達が悪いんだし、しょうがないよ……」


 彼女にいつもの屈託ない姿を見せる元気はなかった。



 街灯の下、家まで残り数メートルの道を力なく歩くプラチナ・イエローの後姿を見送り、俺もアジトに戻ることにした。





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「正義と希望の使者、プラチナ・ピンク!」


「理想と愛の守護者、プラチナ・ブルー!」


「「二人揃って、プラチナ・プライマル!!」」



「またしてもお前達かプラチナ・プライマル! いいだろう、我等の最終兵器『猛牛怪人ホルスタン』の慈悲なき角によって、その短き生涯に終止符を打つが良い!!」



 少し曇りがかった日曜日の昼過ぎ、プラチナ・プライマルの圧倒的な力に俺達ブラックロンド団は吹っ飛ばされながらも、今日はどこか物足りなさを感じた。


 大技のプライマルスター・シャイニングもなく、何か消化不良の一日だった。



 いつもの反省会のあと少し気になり例の弁当屋に様子を見にいってみると、黄色い雰囲気の少女がせっせと品出しをしている。


 どうやら病欠と言う訳ではなさそうだが、遠目に見ても笑顔がぎこちなく、何か思い詰めているような感じがした。





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 翌日月曜日の朝、戦闘服の赤いパーカーを着た俺は、この都市のターミナル駅の近く、「スマイル・ベンチャーファイナンス」のテナントが入るビルの前にいた。


 別にプラチナ・イエローのことが気にかかるわけではない。


 世界征服のために必要な行動だ。



「いらっしゃいま……、ブラックロンド団……!?」


 スマイル・ベンチャーファイナンスのオフィスに入った瞬間から、オフィス内の雰囲気が騒然とする。



 普段は変装などしていなくてもそれほど騒がれることはないが、やはりパーカーを着ていると「ファイヤースパーク」だと一発で分かるらしい。


 俺のアイデンティティは戦闘服のパーカーなのだろうか。



「単刀直入に言うと、お前達と繋がりのある暴力団を洗いに来た。すぐに教えてくれれば、手荒な真似はしない」


 多少威圧的な態度で、俺はオフィスに響き渡る声で言った。



「ははは……ファイヤースパーク様……。我々は至極真っ当な貸金業者でして、その、反社会勢力と繋がりがあるとか、そう言うことは……」


 オフィスの上役と思われるスーツ姿の男が出てきてそう答えた。無論嘘だと分かっている。



「とぼけるなよ、俺が何の裏取りもなくここに来ていると思うか? どうしても出せないと言うのなら、少々痛い目を見て貰うことになるぞ」


 左手に炎を舞い踊らせる。その様子を見て、オフィスにいる面々が更におののいた。



 と、同時に俺の後ろにあるオフィスのドア、さっき俺が入ってきた扉が乱暴に開かれ、黒スーツを着た三人の男達が入ってくる。


「おうブラックロンド団! オレ達のシマをたった一人で荒らしに来るとはいい度胸やな!!」


「てめぇを討ちとりゃ名が上がるんや! 覚悟しろや!!」



 ビンゴだ。確か三人ともプラチナ・イエローの家の前で騒いでた奴等だ。


 こうも早く見つけることができるとは、我ながら運がいい。



「丁度よかった、お前達を探していたところだ。色々聞きたいことがあるので、覚悟して貰う」



 黒スーツの三人に向かって俺は言う。


 こういうとき、マスターブラックならもう少し気の利いたことを言えるのだろうか。自分の語彙力のなさが悔やまれる。


 然して、三人は一斉に俺に襲い掛かってきた。





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 勝負は一瞬だった。



 一番手前にいた男の腹に膝蹴りを一発入れて無力化し、その流れでもう一人の男を掌底で吹っ飛ばす。


 最後の男は首を鷲摑みにして宙に持ち上げ炎をちらつかせると、あっさり敗北を認めた。



「お前達が持ってる借用書は、これで全部だな?」


「うっす、間違いないっす」



 スマイル・ベンチャーファイナンスのオフィスが入っているビルの上の階、別名義の会社の事務所で、俺は並べられた借用書を眺めている。


 その中には確かに「有限会社風山かぜやまガラス」、つまりプラチナ・イエローの父親がやってる会社の借用書もあった。


 いくらかの金銭でもって風山かぜやまガラスとダミーで他の会社の借用書もいくつかピックアップし、譲り受けることを宣言する。



 余談だが、予想通りスマイル・ベンチャーファイナンスは暴力団の資金集めのための組織だった。


 そんな怪しげなところからも金を借りなければならなかった風山かぜやまガラス、余程の窮状だったのだろう。なかなか世知辛い世の中である。





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「ええと、樋渡ひわたし部長。つまり、地元の中小企業である有限会社風山かぜやまガラスから、定期的にガラス容器等の商品を購入して欲しいと言う訳ですね?」


「ええ、できればで構いませんが、何とかお願いしたいところです。あ、念のため言っておきますが、有限会社風山かぜやまガラスは反社勢力の隠れ蓑とかそう言う訳ではなく、昔から長くやってる地元の町工場です。もちろん我々の息がかかった会社と言う訳でもなく、まあ、慈善事業みたいなものですよ」


樋渡ひわたし部長から慈善事業と言う言葉が聞けるとは……。あ、いや、失礼。申し訳ありません。我々としても地域振興の一環として何かやっていきたいと思っておりましたので、渡りに船です。風山ガラスと取引できるよう手配しておきましょう」



 東京に本社がある大手製薬会社の地方支社。


 その応接室で、俺「株式会社黒舞商事こくぶしょうじ」の営業部長「樋渡 歩ひわたし あゆむ」は、支社長の山田氏とそんな話をしていた。


 いつもの取引契約のついでである。



「それではいつものとおり、取引契約書を後日、山田支社長宛にお送りします。風山かぜやまガラスの件も、可能ならお願いします」


「ええ、承知いたしました。それでは本日も例のとおり、地下駐車場までご案内いたします」



そんな話をしながら俺はいつもの手筈で製薬会社のビルを後にした。





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「この世に闇がある限り、光はきっと、現れる!」


「その光は始原の力! 闇を滅ぼし悪を討つ!」


「集え! あまねく世界の光よ! 我等の祈りを力にかえて、全ての闇を打ち払わん!」



「「「プライマルスター・シャイニング!!!」」」



光の奔流が俺達を包みこみ、そして大きく爆発した。




 いつも通り俺達はささやかに街を荒らし、いつも通りマスターブラックとクソ白衣が高笑いし、いつも通りプラチナ・プライマルの三人に吹き飛ばされ、いつも通り反省会をした。



 反省会のあと夕飯を買いに例の弁当屋に行ったが、その日は黄色い雰囲気の店員はいなかった。


 弁当を何にするか迷っていると、店の女将さんが声をかけてきた。



「あらあら、柚黄ゆずきちゃんの知り合いのお兄さんじゃない! よかったわあ、ちょっと前に柚黄ゆずきちゃんから頼まれ事をされてたのよ!! これ、お兄さんにお礼と一緒に渡しといてって! 直接渡せばいいのに、それはできないって言うのよー。もー、あんな小っちゃかった子がもう思春期よねー! あ、私からも、おまけで唐揚げつけちゃうわね! これからもうちの店、よろしくね!」



 女将さんから受け取った小さな袋を見ると、中には何やらお礼が書かれた手紙と一緒に手作りのクッキーが入っていた。



 女将さんが言うには、あれから風山かぜやまガラスはなんとか持ち直しの兆しが見え始め、プラチナ・イエロー……柚黄ゆずきも弁当屋の手伝いを頻繁にする必要は無くなったらしい。


 それでも、お礼を兼ねて時間がある時はたまに手伝いに来ているとのことだったが。



 スマイル・ベンチャーファイナンスにカチ込んだ事も製薬会社とのやりとりも表に出ないようにしているはずだが、手紙には「お父さんの仕事のことも、ありがとう。ご迷惑をかけました」と書かれていた。


 風の噂か、それとも魔法少女独自のネットワークか何かで知ったのだろうか?




 少し甘めのクッキーを食べながら、俺はメンチカツ弁当と唐揚げを手に商店街を後にした。

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