7.大獅子怪人、ジェネラル・レオ

「ふん、お主のような軟弱なヤツが足を引っ張るから、未だに世界征服が為されてないのでござろう」


 ライオンのような大男は開口一番、俺にこう言った。



 俺の名はファイヤースパーク。


 世界征服を目論む悪の秘密組織ブラックロンド団の幹部だ。参謀(仮)として資金調達や町内会行事の出席に日々励んでいる。



「そのようなことはない。ファイヤースパークは充分組織に尽くしてくれている」


 黒マントに仮面の男が俺の事をかばった。この男はマスターブラック。我等がブラックロンド団の総統だ。



「そうだぞー軟弱。折角の炎が台無しだぞー軟弱。ファイヤーでスパークが聞いて呆れるぞー軟弱」


 スイカ味の棒アイスを食べながら革張りのソファに寝転び、俺の事を茶化しているのがクソ白衣、通称プロフェッサー・シュート。


 ブラックロンド団の戦闘員である怪人を日夜作り続けている生化学系マッドサイエンティストである。



「全く、マスターブラック殿もシュート殿も甘いでござるよ。このようなわらしにも似た奴に何が務まるか。世界征服は飯事ままごとではないのでござるぞ」


 比喩表現ではなくライオンの頭部をした大男は、尚もその巨体で俺を見下しながら言った。




【大獅子怪人ジェネラル・レオ】


 二足歩行の巨躯にタテガミと猫髭を生やした、文字通りライオンのような見た目の大男である。



 殆どの怪人は人体改造の際に知能と知識を失うが、この男は俺と同じく人間の頃の知能を残していた。


 クソ白衣によって改造されたのは俺よりも随分前とのことだが、更なる力を追い求め、どこかで武者修行をしていたらしい。



 久々に我等が街に戻ってくると言うのでマスターブラックとクソ白衣と共に出迎えたのだが、出会って五秒で冒頭のような事を言われた次第だった。




「兎にも角にも、我等ブラックロンド団にとって非常に頼もしい怪人が戻ってきたわけだ。積もる話もあろうが後程歓迎の酒席でゆっくり聞こう。ファイヤースパークよ、親睦を兼ねてアジトの中を案内するがよい。ジェネラル・レオがいた頃よりも、アジトは随分様変わりしているはずだ」



 相手がこんな態度で親睦も何もあるのだろうか。


 そんな事を思いながらもマスターブラックから指令を受けたので、渋々この巨猫を連れてアジトの中を巡ることになった。





*****************************





「ここが会議室だ。飲食可ではあるが禁煙だ」


「ふむ、この板、大きくはあるが修行に使うにはいささか薄い合板でござるな。幾重にも重ねなければあっさりと割ってしまいそうでござる」


「いや、会議で使うから勝手に机を割らないでくれ」




「ここから先が居住スペースだ。空いてる部屋を一室勝手に使ってくれて構わないが、基本は静かにな」


「なかなか長めの廊下でござるな。スプリントをするにはもってこいでござる」


「その巨体で静かにスプリントできるならやってみろ? それに、あんたがスプリントなんてすると下手したら床が抜ける可能性もあるぞ古い建物だし」


 アジトの中を説明して回っているがジェネラル・レオは一事が万事こんな調子である。こいつの頭の中にはなんかこう、筋肉しか存在しないのか。




 地下へと続く階段を下っていると、今度はジェネラル・レオの方から俺の事を聞いてきた。


「そもそもお主、ブラックロンド団にどのような貢献をしている? 何ができるのでござるか」


 後ろからついてきているジェネラル・レオの方に振り返りもせず、俺は答える。


「基本的には資金調達だな、活動資金のほとんどは俺が集めてきている。それと、バックオフィス業務。前線に出るときは大体サポート役に徹するが、自分で言うのも何だが戦闘能力が低いわけじゃないぞ」



 正直言って俺がいなければブラックロンド団の経営は立ちいかない。


 マスターブラックに資金管理や調達能力は無いしクソ白衣は自分のやりたい事しかやらない学者肌だ。


 もちろん俺の資金調達や経営管理だって総統であるマスターブラックの方針のもと、クソ白衣の研究成果あってのものだと言う事は分かった上でだが。



 戦闘能力で言っても不肖このファイヤースパーク、平凡なサラリーマンだった頃からは考えられないが、軍隊だろうが訓練された警察官だろうが単騎で捻じ伏せるだけの力は持っている。


 頑強さについて言えば、以前自衛隊戦車の砲撃に耐えきった時は変な笑いが込み上げてきた。


 まあ、クソ白衣による人体改造のお陰と言うのが少ししゃくではある。



 しかしながらやはりと言うかなんと言うか、ジェネラル・レオの回答は予想通りのものだった。


「ふぁははは! 流石は小男、銭金の勘定などに現を抜かすとは。これは参ったものでござるな……!」


 この巨猫は資金調達や経営管理の重要さを当たり前のように分かっていない。大事だぞ、金。金が無いと何も始まらないぞ本当に。



「それに聞けばお主、まだ体のできていないような少女にすら連戦連敗と聞く。そのような輩が幹部など、笑止千万でござる」


 プラチナ・プライマルが吐きそうになる程強いとは言え、中学生の少女三人組に勝てないのは事実であるしそう言われると反論の余地がない。



「だったら、あんたに任せれば目下最大の障壁であるプラチナ・プライマルを何とかすることができるんだな?」


「ふん。苦戦どころか、そやつ等から攻撃の一つでも入れられたら修行のやり直しでござるな。ましてや年端もいかぬ女子に負けるなど、武人の恥でござる。万が一にも負け申したら、引退して小料理屋の亭主にでもなるでござるよ」



 言ったな?



 本当にあの三色カラーひよこ共を何とかできるのか、今度見せて貰おうじゃないか。





*****************************





 アジトの地下にあるクソ白衣の研究室の前を通り抜けようとすると、突然扉が弾け飛び、人型の何かが飛び出してきた。



 そいつは素早い動きで廊下の壁、床、天井を跳ね回り、鋭い爪を振り回しながら弾みをつけて俺達の方へ向かってくる。


 最初の一撃を俺が躱すと、人型の何かはそのままの勢いでジェネラル・レオの方に向かっていった。


 ジェネラル・レオは鋭い爪の一撃を胸部にもろに受けたが、しかし無傷。右手一本で人型の何かを掴み上げ、そのまま床に叩きつけた。



 人型の何かの正体は恐らく「鼠怪人ギガラット」。次回実戦投入する予定だった怪人だ。ケージを破り脱走してきたのだろう、時たまこう言うことがある。


 尚もギガラットは抵抗しようともがいていたが、ジェネラル・レオが雄叫びにも近い咆哮をあげると縮み上がり大人しくなった。


 元小動物としての本能が、最強の肉食獣には逆らえなかったのだろう。なるほど、態度と性格はともかくとして、ジェネラル・レオの怪人としての実力は期待できるようである。





*****************************





「またあなた達なのね! ブラックロンド団!」


「年貢の納め時よ、覚悟しなさい!」


「ごめんなさいしたって、許さないからねー!」



 その日もマスターブラック、クソ白衣、新入りの怪人、そしてジェネラル・レオと共にささやかな破壊活動に勤しんでいると、近くのビルの上で桃色・青色・黄色の三色の少女達がポーズを決めて現れた。



「正義と希望の使者、プラチナ・ピンク!」


「理想と愛の守護者、プラチナ・ブルー!」


「夢と未来の伝道者、プラチナ・イエローだよー!」


「「「三人揃って、プラチナ・プライマル!!!」」」



 七階建てくらいのビルの上でポーズを決めていた少女達が、俺達の前に飛び降りる。



「くくく、飛んで火にいる夏の虫とはこのことだな……プラチナ・プライマル……! 我等が究極兵器『蝙蝠こうもり怪人バットール』の鋭牙にかかり、今この場で儚き命の灯を散らすがよい……!」


 マスターブラックがお決まりの謎ポーズで三色の少女達に啖呵を切り、新入り怪人である蝙蝠こうもり怪人バットールにプラチナ・プライマル抹殺の命令を下す。


 もちろんバットールに人の話を聞く知能は存在しないのでなんとなく雰囲気で三色まんじゅう達の前に立ち塞がっているのだが、しかし、今回はバットールをジェネラル・レオが制して前に出た。



「お待ちくだされ、マスターブラック殿。こやつ等が、件の世界征服最大の障壁とやらでござるな……? ならばこの吾輩が、その障壁を砕いてご覧にいれまする……」


「ほう、我等ブラックロンド団の怪人を統べる司令官ジェネラル・レオ自らが出るか。良かろう。お前の際限無き暴虐を持ってして、あやつ等三人の首をこのマスターブラックの眼前に並べるがよい……!」



 威風堂々、泰然自若。



 大獅子怪人、ジェネラル・レオは不気味なほど静かにゆるりと歩み出て、プラチナ・プライマルと対峙した。



「お主等がプラチナ・プライマルとお見受けした。年端もいかぬ少女を嬲る趣味はござらんが、我等ブラックロンド団の野望のため、ここで消えて頂く次第でござる……」



 雑音は何もない。


 普段は騒がしい街の喧騒は非日常によって彼方へ押しやられている。



「お覚悟召されよ!!」



 その静寂を切り裂くようにジェネラル・レオは突撃の雄叫びを上げ、人の目には映らぬ程の強烈なスピードでプラチナ・プライマルに突進していった。












 ……その晩開かれた反省会で、ジェネラル・レオは引退を宣言した。

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