6.理想と愛の守護者、プラチナ・ブルー

「待ちなさい! ブラックロンド団、ファイヤースパーク!! あなた達の悪事もこれまでよ!」


 平日の昼下がり、どこか気怠い時間の少しひなびた商店街。道行く人もまばらな往来の中で、俺はどことなく青い雰囲気の眼鏡をかけた少女に呼び止められた。



 俺の名はファイヤースパーク。


 悪の秘密組織ブラックロンド団の名参謀(自称)だ。



 普段街を出歩くときはできるだけウィッグを被って伊達眼鏡をかけた変装をしているが、今日はあまり使わない商店街に買い物に行く程度の用事だったため、戦闘服のパーカーを着ていないだけのファイヤースパークそのままで街を歩いていた。


 気付く人もそうそういないだろうと思っていたが迂闊だったと反省する。



「厄介ごとは面倒だし、今は忙しいんだ。今度にしてくれ」


 商店街の近くにある中学校の制服に身を包んだ眼鏡の少女に俺はそう答える。



「忙しいって……また何か企んでいるのね! 何をしようとしているの……!? その袋の中身を答えなさい……!」


 街行く人々の奇異の目も憚らず、少女は俺に対して何やら喚き散らしている。



 そう、俺は小ぶりな紙袋を片手に商店街を歩いていた。この袋の中身が気になるようだ。




 少女の通称はプラチナ・ブルー、俺の記憶が確かなら、あおい先輩。


 秘密組織ブラックロンド団の天敵にして正義の魔法少女プラチナ・プライマルの一人。


 魔法とか言ってるくせに肉弾戦で俺達の邪魔をしてくる珍妙な奴らだ。




「別になんだっていいと思うがな」


 思わず独り言を漏らしてしまったが、そんなに袋の中身が見たいなら見せてやろう。


 少女に袋を渡す。



「これは……コロッケ……?」


 そう、ただのコロッケ。



 強いて言えばこの商店街にある老舗肉屋のコロッケであり、粗挽き肉が仕込まれていて安い割にはとても美味い。


 このコロッケを買うためだけでも、近場ではなくちょっと遠くて不便なこの商店街まで足を伸ばす価値がある。



「俺はこいつを持って帰って、今日の晩飯を作らなきゃならない。夜に会議があるからな、早めに飯を食わなきゃいけないんだ」


 そう言って俺はコロッケを取り返す。



「う……このコロッケを……強盗したとかは……?」


「残念ながら、ちゃんとレシートもあるぞ。あと、その時に押して貰った商店街共通のポイントカードもな」



 はい論破。



 こちらには身の潔白を表す証拠が全て揃っているのだ。


 しかしこいつ、風紀委員会とかやってるタイプだな間違いなく。



「お前こそ、まだ昼過ぎだぞ。学校はどうした? さぼったのか?」


「今日は! 先生達の都合で午後の授業は休みなんです!! さぼったとか人聞きの悪いこと言わないでください!!!」


 プラチナ・ブルーがムキになって否定する。冗談のつもりだったが逆鱗に触れたらしい。



「ま、いいわ。とにかく俺は行くぞ。お前もちゃんと家に帰りな」


 そう言って俺はアジトへの帰路についた。




 ……




 …………




 ……………………




「……なんで、ついてくるんだ?」


「だって……これから悪いことするかもしれないし……」



 俺のあとをプラチナ・ブルーが少し距離を開けながらついてくる。



「そうだな、上からの指令があれば事は起こすだろうし監視するのも正しいんだろうが、今日は本当に帰って晩飯作るだけだぞ? ずっと監視し続けてるのか? 俺が何かしでかすまで?? まあ、いいけどな」


 実際のところアジトの場所がばれるわけにもいかないからどこかでこいつを撒く必要があるわけで、イエスと言われたら困るのだが。



「わ、私だってそんなに暇じゃない……」


 か細い声でプラチナ・ブルーが答える。



「そもそも俺、悪人でお前達の敵だぞ。出会い頭に問答無用でぶっ飛ばすとかすりゃあいいじゃないか」


「それは……いきなりぶっ飛ばすとかそんなことはしたくないし、そもそも目の前で悪いことをしてない限りは魔法少女の力を使ってはいけない契約になってるから……」



 なんだかさらっと重要な情報を聞いた気がする。


 契約ってなんだ?


 まだ何かしらの情報を引き出せそうなので更に会話を続けてみることにした。



「だったらどうする? 俺が今すぐ悪事を働く方がいいのか? 正義の魔法少女が他人の悪事を望んでもいいものなのかね?」


「それは……その……」



 プラチナ・ブルーが完全にトーンダウンしたまま押し黙ろうとしたとき、彼女の鞄から携帯の着信音のようなメロディが鳴った。


「プライマル・コンタクトに反応……! こんな時に……!」



 以前ヒバリヤでデラックスパフェを食べていた時に聞いたことがあるメロディだ。事件があると何らかの通信が入るのだろう。


 と、同時に俺の脳内にデラックスパフェの屈辱が蘇る。おのれ、我が仇敵プラチナ・プライマルめ……!



 だが彼女は俺の内なる怒りに意を介すことなく、いきなり俺の手首を掴んで走り出した。


「私がいないところで変なことされたら困るし、あなたも来るのよファイヤースパーク!!」


「はあ!? なんで俺も!!??」



 か細い少女の腕からは想像もできない程の凶悪な握力に手を振りほどくこともできず、俺は成すすべもなくプラチナ・ブルーと共に駆け出した。





*****************************





 尋常でない速度で走って数分、引き摺られるように現場に到着すると、そこにはすでに人だかりができていた。


「危ないので下がってください! テープの外側にいれば安全と言う訳ではありません! すぐに自宅や建物の中に避難してください!!」



 警官の一人が拡声器で野次馬に避難を呼びかけている。



 騒ぎの中心は県の名前を冠した地方銀行の支店ビル。


 遠目に見えるガラス張りの建物の中には小火器や防弾服で武装した黒ずくめの集団と、中央に集められ銃口を向けられた一般人が五人ほど。



「ニュースで見たことがあるな、組織立ってやってる大型の強盗団だ。隣の国で話題になっていたが、日本にも来てたのか」


「銀行強盗……!? まさかこの街に……!?」



 シールドや銃器で武装した警官達は突入のチャンスをうかがっているが、手が出せない。



 しかし荒れたご時世とは言え、こんな奴らが野放しにされていて大丈夫だろうか。


 やはり世界は我々ブラックロンド団の手によって正されねばならないのか?



「く……、ピンクとイエローがいれば何とかなるかもしれないけど、私ひとりだと厳しいわね……」


 プラチナ・ブルーが歯噛みしながら言う。


 そう言えばいつもセットの桃色の少女と黄色の少女が駆けつけてこないような気がする。



「二人はこないのか?」


「間が悪いことにね……今日明日は一年生全員林間学校に行ってるの。ひとりでなんとかしなきゃならない……!」



 学校行事なら仕方がないが、そんな重要情報をブラックロンド団幹部の一人、ファイヤースパークに教えてしまっていいのだろうか。


 なんなら君や警察官が銀行強盗にかまけている間に今からでも、怪人と共に街に繰り出すこともできなくはないぞ?


 色々面倒なのでやらないけど。



 だがしかし、よくよく考えればこの状況、もう魔法少女プラチナ・プライマルも我々ブラックロンド団もあずかり知らぬ状況だ。


 その場に居合わせたのならいざ知らず、事態がここまで成熟してしまっていてはもはや手を出す場面ではない。



「もう放っておくしかないな。今この状況、なにも君が何とかする必要はない」


 そう俺はプラチナ・ブルーに向けて呟く。



「そんな……人質たちを見捨てろって言うの!? 悪を野放しにしておけって言うの!!?」


 俺の手を掴んだままプラチナ・ブルーが小さく叫んだ。



「そうじゃない。そもそもあいつら銀行強盗にとって、今の膠着状態に陥ってること自体が失敗なんだ。さっと金を奪って逃げるのが一番確実だからな」


 さもありなんと俺は続ける。



「だからもう、事実上詰んでる。あとは警官たちが何とかしてくれるだろうし、逆に今から君が何かしようとするのは事態をややこしくするだけだ」


 だが、プラチナ・ブルーはそんな俺の助言に耳を貸さない。



「そんなこと……できるわけないでしょ! 私はプラチナ・プライマル!! 誰であっても、目に映る人を見捨てることはできない!!!」


 そう言うと彼女は人ごみの中を駆け出して行ってしまった。




 青い、本当に青いな色々な意味で。



 彼女の腕力にかかれば凶悪な強盗団なれど、そう手間もかからず制圧できるだろう。だがそれは、今強盗団を取り囲んでいる警官達も同じだ。


 人質さえいなければ、そして自分達の犠牲をある程度厭わなければ、訓練された公僕達にとってこの事態の解決について言えば造作もない。たかだか強盗団数名である。


 しかし、この場において与えられている使命は「人質を全員無事に解放し人的被害を最小限におさえた上での収束」なのだ。



 少女は目先の正義に囚われて、そのことが分かっていない。



「面倒だが仕方ないか……」



 ため息交じりに俺もひっそりと、今いる場を後にした。





*****************************





「あなた達の悪事はこれまでよ! 人質を解放して大人しく投降しなさい!!」


 セーラー服を恐ろしくアレンジしたような衣装を身に纏い、青色の少女が声を張り上げた。



「理想と愛の守護者、プラチナ・ブルー! 見参!!」



 強盗団と警察官による膠着状態が続く中、公僕ですら侵入できずにいた銀行の建物内に堂々と名乗りを上げて侵入するプラチナブルー。


 一人で謎のポーズを取りながら銀行のカウンターを挟んで僅かな距離で強盗団と対峙している。



 無論強盗団からは何の返答もない。


 どころか、彼等は躊躇なくプラチナ・ブルーに対して小火器の銃口を向け、弾丸を斉射した。



「ちょ……! やめなさいよ……!」


 しかしながら相手はプラチナ・プライマルである。銃弾が何発当たったところで怪我すら負う事なく、強盗団達に向かっていこうとした。


 強盗団達はそのことに驚いた様子ではあったがすぐさま人質の集団に銃を向け直し、闖入ちんにゅうしてきた青色の少女を制止した。



「その場を動クな。変な動きが見せレば、人質の命をない」


 強盗団のリーダーと思しき人物が人質達に銃口を向けながら、若干怪しげな日本語で少女に対して威圧的に叫ぶ。



「く……!」


 戦闘態勢を取ったままその場に立ち竦むだけのプラチナ・ブルー。



 ほら言わんこっちゃない。


 お前にどれだけ力があろうとも、この状況を打開できる力ではないのだ。



 人質がいる以上はどうしたって何もできないだろう。


 強盗団との睨み合いはかわらない。警察官との間にプラチナ・ブルーが加わっただけだ。





*****************************





 さて、現場であるこの銀行だが、三階建てのビルであり二階以降は銀行社員しか入れない作りになっている。



 事務室や職員の仕事場は二階部分にまとめられているわけだが、この俺、ブラックロンド団の参謀ファイヤースパークは今、屋上の天井を殴り壊したり鍵のかかっていた鉄製の防護扉を蹴り燃やしたりしながら現在は誰もいない二階に侵入しているわけだ。



 今俺が立っている場所は強盗団と人質がいる場所の丁度真上。多分、恐らくそうに違いない……と思う。



 勝負は一瞬で決まる。


 戦闘服である赤いパーカーに身を包んだ俺は深く腰を落とした後若干気合を入れ、炎を纏いながら床に向かって乾坤一擲の正拳を入れた。





*****************************





 二階の床であり一階の天井だったものは高温と炎の爆裂、そして俺の拳によって大きく爆ぜ、瓦礫となりながら俺ごと現場である一階に落ちていった。


 場所は人質と強盗団達とは少し離れてほぼ真横、瓦礫の直撃はしないが落ちた先は一足飛びに強盗団達を殴りに行ける位置である。



 この場にいる強盗団は人質に銃口を向けているのが三人、プラチナ・ブルーと対峙しているのが二人の合計五人。



 一階に落下した俺は即座に体勢を整え人質に銃口を向けている強盗団に向かって飛び掛かり、一閃回し蹴りで一人を蹴り飛ばす。


 その流れでプラチナ・ブルーにアイコンタクトを一瞬送ったあと、爆炎と天井の崩壊に驚き放心した様子の残り二人の顔面に向けて火球を叩きこんだ。



「はああ!!」



 プラチナ・ブルーは瞬時にこの流れを理解し持ち前の脚力で対峙していた強盗団二人の間合いに瞬時に飛び込むと、凶悪な肉弾戦でもって引き金に指をかける間もなく強盗団を制圧した。



 強盗団五人全員の無力化に成功し、人質の無事を確認した俺はプラチナ・ブルーに声をかける。


「ええと、アレ、やらないの? 手伝うぞ? プライマルスター・シャイニング」


「やるわけないでしょ! バカ!!」





*****************************





「とりあえず、一件落着ってところね」


 銀行近くの建物の屋上で、俺とプラチナ・ブルーは後始末の様子を遠巻きに眺めている。


 あの後すぐに警官の機動部隊が突入し、強盗団の拘束と人質の救出を手早く行った。



 俺は俺で泣く子も黙る犯罪組織ブラックロンド団だし、更なる面倒事になっても困るので早急にその場を退散した。


 プラチナ・ブルーもどう言った手段か分からないがすぐにその場を脱出し、何故か俺と落ち合っている。



「なーにが一件落着だよ。俺の行動も賭けみたいなものだったが、君の行動はもっと酷かったぞ?」


「う……」


 プラチナ・ブルーは苦い表情を浮かべながら眼鏡越しにジト目で俺を睨みつけた。



 「人質が全員無事だったのは結果論でしかない。それも敵である俺の手を借りた予想外のな」


 「戦い方もそうだがプラチナ・ブルー、君はちょっと何も考えてなさすぎるぞ。正義の魔法少女なら、そして眼鏡キャラならもっと頭を使え」



 「う……うるさいわね! お説教は聞ーきーまーせーんー!!」



 顔を真っ赤にしながらそっぽを向く青色の少女。


 プラチナ・プライマルの中では一人年上の背の高い委員長キャラなのでまとめ役なのかと思っていたが、ひょっとしたら彼女が一番子供っぽいのかもしれない。



「ま、いいわ。日も暮れかけだしコロッケも冷めちまったし俺は帰るぞ。今日はもう店じまいだ、本当に何もしないから安心してお前も家に帰りな」


「一応信じるわよ、その言葉。私も今日は疲れたし帰るわ……」


 夕日を背に、俺は家路につこうと歩き出した。



「あの……今日は……その……ありがと……」



「ああ? 何か言ったか?」


 よく聞き取れなかったので聞き返す。



「何でもないわよ!! あなた達が悪事を働く限り、私は絶対に立ち塞がるからね!!」


「ああ、また今度な」

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