第8話 おらさ、失恋とか、わがんね

 高薙さん、襲来。


 これによりレンは戦意喪失状態で戦線を離脱。

 以前、高薙さんとの戦闘は続投していく模様。


 誰か、助けを求む。

 どうすれば高薙さんを上手く誤魔化して帰って貰えるのか、助けを求む。


「将門くん、込み入ったお話があるようでしたら、コーヒーでも飲みつつ聞きますが? クラホくんの現状は貴方の目から見てどうなんです?」


「レンは、俺の家で楽しそうにしているよ」


 今の台詞はうかつだったかなぁ……俺は高薙さんとレンを引き合わせたくないのなら、いっそのことレンは高熱を出して家の中で隔離されているとでも言っておけばよかった。


 レンと別れた後、近くのコンビニに向かった。コンビニのコーヒーを二杯頼んで、イートインコーナーに並んで座る。


「高薙さんは卒業式の日にレンに告白してたよね?」

「えぇ」

「レンは君の告白を受けて、何て返事したんだ?」


「将門くんは覚えてる? 小学校の頃、私と彼がささいなことで口喧嘩して、そのせいで彼を傷つけてしまったことと、その傷ついた彼が復讐として私にした仕打ちのこと」


「覚えてるよ、そのせいで俺も学級会の槍玉に上がって、レンと一緒に女子からブロックされたんだから」


「まさかあそこまで大事になるとは、私も彼も思ってなかったみたい。それで、結局私がクラホくんに突っかかっていたのは幼かった私の、彼への好意の裏返しだったことに今さらになって気づいちゃって」


 コンビニの一角で安物のコーヒーを飲んでいるだけなのに、彼女との空間は落ち着いて心が休まる。例えるのなら部屋の中から外で降る雨音を耳にして一時の癒しを得ているのに似ていた。


「クラホくんにそれを伝えたら、彼もそうだったかも知れないと言ったのです」

「レンも好意の裏返しで、高薙さんとは衝突していたって?」

「ええ、そしたら私達は相思相愛ですね、とお伝えしたら」


 彼女の話を聞いている感じ、二人はいいムードだったようだ。

 問題はこの先のレンの言葉だろうけど、あいつはなんて?


「今の所彼は、将門くんの家に居候する際の約束事で恋愛禁止になっているらしいので、私とは付き合えないと仰いました。私はそれが悔しくて、両親にクラホくんと同棲していいか聞いてみたんです」


 ど……同棲!?


 それって愛し合うカップルが人目も憚らず、睦み合って、毎日のようにちょめちょめしちゃうような関係になりたがっているってことなのか? 彼女は元生徒会長やっていただけに、思いもよらぬ超展開だな。


「両親の許可は取れましたので、後はクラホくんの承諾を貰いに来たの」

「君の両親胆が据わってるなぁ」

「そうね、家の両親は……その話は置いておきましょう」


 え、気になるし、今後何かしら問題に結び付けそうで怖い。


 で、今俺が選択するべきは、彼女を家に連れて行くか、それとも彼女にお引き取り願うかだった……よし!


 俺は彼女を家に連れて行こうと思う。

 レンのあの勢いであれば、先に家に帰っていると思う。


 大丈夫、例え高薙さんを家に連れて行ったとしても、俺達の関係性は壊れないよ。


「じゃあ行こうか、家に案内するよ」

「えぇ、一応お礼言っておくね」

「いや、今回のことは、俺は部外者だし」

「でしたら、一つ聞いてもいい?」

「なに?」

「どうしてクラホくんとの間に恋愛禁止なんていう約束を交わしたの」


 ……それは、もしかしたら俺がレンを好きになってしまう可能性を考慮したからで。レンを好きになって、さっきみたいな仲睦まじい恋人になっちゃったら、やり残したことが取り戻せなくなるような気がしてたんだ。


 クラホレンは俺の親友だ、それがある日を境に恋人に早変わり。

 ある種のメロドロマのようで、男の理想の一つだと思うけど。


 恋人になったら、俺の親友だったレンはどこかに消えてしまいそうな予感がある。


 爺ちゃんを失った時も、親友のレンは大きな存在だったと思える。


 ぶっちゃけ、恋に感け始めたレンは人間性が薄っぺらい、ちゃらちゃらと浮ついている。けど、恋ってそういうものなんだなって自覚している俺もいる。俺達が今している恋は恋であっても、まだまだ幼い感じがする。


 ここまで深く考えての恋愛禁止じゃなかったけど、俺は思う。

 もしもこの約束を破るほど――俺とレンがお互いに大切な人になれるのなら。

 その時は思う存分レンと恋をしてみたい。


 § § §


 高薙さんを家に連れて行くと。


「お邪魔します、大きな家ですね」

「割とね、レンだったら三階の部屋にいると思うけど、どうする?」

「でしたら、直接向かわせて頂きます。三階の……?」

「三階に上がったら右手にある扉の先がレンの部屋、俺は飲み物持ってくるから」

「ありがとう、でも気を使わなくていいですからね?」


 で、俺はリビングで家の会社が手伝っているそばの実を使ってそば茶を三人分用意した。春の新風にそばの香りが乗ってより一層爽やかな一時を作ること請け合いナイスチョイスだろう。


 しかし、三階に行くとレンの部屋の前で高薙さんが困り果てていた。


「どうしたの?」

「クラホくんが中にいれてくれなくて」

「おいレン、観念して出て来いよ」


 お前が高薙さんの前でさっきの美少女の姿で出てくれば、この件は片付くんだ。


「お、おら……今怒ってるんだ! ほっといてけろ!」


 思春期、しっかりしろよー。

 さながら天の大岩戸と化してしまったな。


「レンはどうすればここから出て来てくれる」

「誰に何を言われようとも、おらはここから出ねぇ!」

「一体何に怒ってるんだよ、レン」

「竜馬のデリカシーのねぇ行動に怒ってるんだ!」


 な? 俺はお前以上にデリカシーのない奴はいないと思っていた手前、イラっとした。


「今はおらを一人にしてくんろ! 出ないと、竜馬の秘密をここで叫んでやるからな!」

「ちょっとそれは酷い! 反則反則! イエローカード二枚蓄積で退場だぞ!!」


 と、高薙さんが俺の肩を掴んで静かにするよう促した。


「クラホくん、今の貴方がどんな心境なのか、考えるだけでも私は悲しくなる。お母さんと一緒に、実の父親から裏切られてしまったんですものね。それはとても悲しいことだと思います」


「それはもう忘れるからいいんだ!」


「忘れることなんて、出来ませんよ。でも、その悲しみを共有して、お互いに労わり合うことなら出来るはずです。だからクラホくん、どうか私と一緒に暮らして頂けませんか?」


 その台詞からさっするに、高薙さんにも暗い過去があるのだろうか。

 レンは高薙さんの言葉に押し黙ってしまった。


「高薙さん、今日の所は帰ってくれないかな。今日のレンは様子がおかしいから」

「クラホくん」


 高薙さんに俺の言葉は届いていないみたいだった。

 ここでもしも、レンが扉を開けたら、俺は彼女に負けた気分になる。


 そんな風に嫌な予想をしていると、レンは扉を開けて姿を出してしまった。


「高薙、これがおらの本当の姿だ。学校で見せていた格好はアバター変更したものだ」


「……」


「何黙ってるだ、お前のせいでおらは、この家に居られなくなるかも知れないんだぞ!」


 ん? んん? レンのその謎理屈はなに?

 高薙さんはレンの性別が女性だったことがショックだったみたいだ。


 当たり前と言えば当たり前だけど、でも――


「う、う……うぅ!」


 泣くほどにショックだったなんて、彼女は俺やレンと違って本物の恋をしていたのだと思う。それが羨ましくて、レンと浮ついた恋をして気持ちよくなっていたかつての自分に恥じる思いだ。


「ごめん、なさい、今日はこれで帰ります」

「高薙さん」


 と言うと、レンが大きな声で「引き留めるな竜馬!」と制止する。


「何で止めたんだ?」


 彼女が階段を駆け降りていく音を聞きつつ、俺はレンに問い質した。


「あいつは下手したら竜馬とおらの関係を壊す所だったんだ、そんな有害な奴に掛けてやる優しさはねぇ」


「……違うよレン、それは絶対に! 違うからな!」


 何でだったんだろう、俺はその足で高薙さんを追っていた。

 気付けば外には雨が降っていて、玄関から出る時傘を持って彼女に駆け寄った。


「高薙さん!」


 雨に濡れる彼女に追いついて、傘を差してやると、彼女はこちらを振り向く。

 いつもは知的で冷静な顔貌をしていた彼女の表情はぐちゃぐちゃだった。


「どうして、教えてくれなかったの? 私を騙して面白がっていたのですか」


「そんなつもりはないよ、俺もレンも。ただ、あいつは日本人離れしたあの外見のせいで色々とあったらしくてさ、それでアバターも男子の奴に変えていたらしい。このことは俺もつい先日知ったぐらいだった」


「それにしたって、教えてくれてもいいじゃないですか。それでいつものように小馬鹿にしてくれれば、こんな苦しい思いしなくてすんだのに。認めます、今回の件は私が馬鹿でした。恋に恋して、それで」


「――違うよ」


 高薙さんの恋は本物だった。


「高薙さんの恋は本物だった」


 俺は本物の恋をした高薙さんが羨ましい。


「俺は本物の恋をした高薙さんが羨ましい。だから、その苦しみを俺にも分けてくれよ」

「……っ!」


 高薙さんは俺の頬に平手打ちしてから肩で息をついて、俺の胸に顔を埋めていた。ああ、これってたぶん、泣かれるのだろうな。と思っていれば彼女は大音声を上げて思いっきり泣きはらしていた。


 俺が彼女に向けて言ったことは全て本心だ。


 彼女ほどの誠意と想いが俺とレンにあれば、俺達はどちらかが言うまでもなく恋人になれていたはずだ。今回の件で俺は自分の未熟さを知ると同時に、人生における覚悟の意味を知れたような気がしたんだ。

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