第7話 おらさ、出身とか、わがんね
その日は朝から予感が駆け巡っていたんだ。
深夜にさ、特に夢を見たわけじゃないのに――ピキーンっていう音が聴こえた気がした。その音が気になって朝日が昇る前の夜中に起きて、消灯した家の中を徘徊してしまった。
「……父さん? まだ起きてたの?」
「竜馬か? 今俺はデスマーチの最中なんだよ、コーヒー頼む」
父の
「ほら、あんまり無茶するなよ」
「その台詞は将来のお前のためにとっておけ」
将来的に俺は父達の会社を継ぐ予定ではいるが、問題は何のために働くか、だろうな。
父達の会社は元を辿れば祖父が実家の農場を継いだことから始まる。
祖父は祖母と一緒になって農家として励み、紆余曲折して。
大手IT会社に勤めていた父が状況を見かねて母と一緒に実家に帰って一念発起した。
我が家、兼、両親の会社にはそういった由来がある。
そんな風に両親が苦労している姿を見たからかな、俺はレンの部屋に突入した。
「起きろおら!」
と、レンが被っていた布団を強引にはぐ。
レンは寝惚け眼で「今何時……?」と聞いて来る。
「もう午後一時だよ、昼あんどんブス!」
「んぁ? もう昼か、今日の昼食なんだろ」
「お前みたいな自堕落娘に食わせる飯はないそうだぞ」
「さっきからなんだべさ、その言い草は」
「……いいかレン、ここ最近のお前は酷いぞ。緩い環境に甘え切って、自分は何もしないで三食ぷらすお菓子デザート食っては寝てくっちゃねくっちゃねと、父さん達はそんなお前のために働いてるんじゃないんだ」
とは言ってもこのお嬢様は今はまだ夢うつつ状態。
まぁこれは俺の先制のジャブであるから、とりあえず起きろと催促した。
「竜馬、なして今日に限ってぇ」
「昔の偉い人だって言ってただろ、いつやるの、今でしょって」
レンをともなってリビングに降りると。
「えっらそうに」
母が目の前を通り過ぎて、いつもと同じ感じでレンを擁護しているようだった。
「竜馬、あんまり私のレンちゃんをいじめないで頂戴」
母さんの台詞にレンは後頭部に手をやる。
「いやー、そう言って貰えるのは嬉しいだな」
なんだこの母親、やるのかおい。
いいぜぇ、あんたがそーゆう態度に出るのなら、俺にだって考えが――
「みたいな目付きして竜馬はレンちゃんを狙ってるわよ」
「妄想がたくましいことで何よりだな!」
しかし、さすがは母親と言った所か。
母さんが指摘した俺の心情は一部的を射ていた、なんだこの母親と。
リビングに行くと、デスマーチ明けの父さんが埋め込み式のソファーで大の字で寝ている。ってあれ本当に寝ているって形容していいのか? 死んでないか、あれ。母さんが父さんにそっと布団を掛けてやっていた。
「見ろレン、この家の生活を支えている大黒柱の生き様を」
「浜に打ち上げられたマグロみてーだな」
「俺は将来、お前のためにこんな苦労したくない」
と言うと、母さんが「なにそれ、旦那気取りのつもり?」といって茶をにごす。
その指摘、俺の心に致命傷を負わせたぞ!
そこで色々と考えてた俺は今朝の自分を恥じた。
母さんの言う通り、俺、今の今までレンとの暮らしを想定していたじゃん。
先日恋愛禁止を言い出していただけに、恥ずかしさで死にそうだ。
レンの顔を見ると、以前あった白スク事件の時のような笑みを浮かべていた。
俺、いっそのことこいつと婚約した方が重荷おりるんじゃないかな……。
「竜馬、レンちゃんにお昼出してやって」
「うぃ」
母さんに言われたままに冷蔵庫にあったシャケの身をほぐしてお茶漬けを作る。
母さんは今度は急に素直になったわね、と言い始めたからにはさぁ大変。
「よしてけろ小母さん、おらみてーな不束者がこの家に嫁に来たら大変だからな」
レンは母さんの前で借りて来た猫のようにおとなしくなり。
「って思うじゃん? レンちゃん、貴方が思っている以上に、竜馬の未来はきっついの」
なんだこの母親、いきなり何言い出した。
そう思いつつレンに茶漬けを差し出し、俺は冷えたコーヒーを口に含む。
「竜馬にはね、貴方以外にいないの。貴方以外とは恋愛出来ないたちなのよ」
「そうだったのか竜馬?」
……ここは正直に言おう。
「知るか!」
当たり前のことですけどね、今の俺には自分の将来がわかりません。
お後が宜しいようで、あじゃじゃした。
昼食のお茶漬けを摂ったレンはその日も新作のオンゲで時間をつぶすのだろうと一方的に思っていた。俺はレンが昼食を摂り切る前に自室に戻り、将来設計に取り掛かる。
結婚願望の有無を自問自答し、そっと股間に手をやった。
……いや、どうだろう? などと首を傾げていると。
「竜馬、ちょっといい……何してるんだ?」
レンが俺の部屋に入って来て、俺のことをヘドロでも見るような目つきをしている。
「俺は結婚願望あるのかなって、ちょっと考えてた」
「なしてちんちんに手がいってるんだ? 本当は自慰しようとしてたんでねーのか?」
「女の子が自慰とかって気軽に言うなよな、何か用?」
見ると、レンの格好は外行き用のそれだった。
上は俺から横領した継ぎ接ぎのシャツに黒のジャケットを羽織って。
下には俺が金を出して買ったダメージジーンズスカートを着ている。
「んなくだらねーこと考えてるのなら、おらと一緒に買い物さ行くべ」
「いいけど、今度は何を買わせる気だよ」
「いっそのこと結婚指輪とか買うか? なんちて」
……ふーん。
§ § §
だから俺は現在、レンと二人でなんとなしに駅近のジュエリーショップに入った。
本当に買うつもりはないし、単なる冷やかしなのは店員さんにはひみちゅ。
「結構色んな種類があるみてーだな」
「そうだな、勉強になるよ」
「勉強?」
と、レンは俺から盗んだサングラスをずらして上目遣いで聞く。
こいつみたいに素体が目立つ奴にサングラスはマストアイテムだった。
「お前以外の人と、こーゆう場所に来た時、なんとなく知っておいた方がいいだろ?」
「おら以外と来て何するって言うんだ、言わばここはカップルのための場所だべ」
そんなこと言われてもねぇ。
夜は遅くまでネトゲ三昧で、昼に起きて家事の手伝いもしないで寝る。
今のレンを称するのならニートエルフという言葉が妥当だった。
そのニートエルフの生活支えるために? 昼間の父さんみたいな様になるの?
何か違う気がするんだよねぇ……ほんと。
「とりあえず、今日はもう出るか」
「んだな、指輪ってたっけぇー」
「ピンキリだとは思うけど、同意」
店員さんの目が怖くなって店から出ると、軒先で俺は聞いてはいけないものを耳にしてしまう――将門くん。
「え? あ」
ジュエリーショップの特殊ガラスの自動ドアを抜けると、後ろから呼ばれて振り向いたら、そこには高薙さんが居た。高薙さん純白のワンピース姿で、頭にはアクセントとなるような麦わら帽子をモチーフにしたかんざしをしている。
長身痩躯で怜悧な彼女に、清潔なイメージを助長する白い召し物はよく似合っていた。
「こんにちは」
「ど、どうしたの高薙さん? 君の家ってここの駅だったっけ?」
「ここから少し離れた駅だけど、今日は君の家に居候しているクラホくんに会いに来ました」
隣にいるレンを見ると、死んだ魚の目をしながら身震いしている。
高薙さんは当然のように、俺の隣にいた彼女について聞いて来た。
「お隣にいる方は、彼女?」
「えっと」
答えに言いよどむと、レンは小動物のようにかたかたと震え続けている。なんで? 普段のレンだったら「ここはおめえさみたいな眼鏡〇ッチが来ていい所じゃねぇ!」とかって強気の態度に出るところなのに。
理由はわからないけど、とりあえずレンの肩を抱き寄せてから。
「ここから先は俺達が親友だからこそ、やるんだからな」
と小声でレンに言い含めてから、高薙さんにはこう言った。
「そうだよ、この子は俺の彼女。紹介するのも馬鹿らしいから言ってなかったけど」
「羨ましいですね」
高薙さんは隣に居たレンと俺を交互に見詰めては、素直な感想を口にしていた。
「……それで、将門くんのお家って、ここからどうやって行けばいいの?」
「家? 家に何の用?」
「さっき言ったじゃない、クラホくんに会いに来たって」
「あ、ああー、えっと、何で?」
「好きな人の様子を見に来て、何かおかしかった?」
えー……と。
「それってレンには許可取った?」
「いいえ」
は、はっきりと言ったー!!
「でもそこまで不都合なことってあった?」
いやー、えーと……考えろ俺、どうすれば平穏無事にこの珍事をやり過ごせる!?
レンが彼女から告白されて、どう返答したのかにもよるな。
「……とりあえず、今日はこの辺で解散する? 君は一足先に家に帰って、俺は、ちょっと彼女と話したいから」
今もなお隣で震えるレンにそう持ち掛けると、すっごい勢いで頷いていた。
そして稚魚を川に放逐するように手を離すと、レンはすっごい威勢で去っていく。
「じゃあ高薙さん、俺とコーヒーでも飲みつつ少し話そう」
「……あの人、何も一言も喋らなかった」
「彼女は、ヒアリング出来るけど、日本語の発音が苦手なんだ」
「どこの国の方なの?」
「……さぁ?」
そう言えばレンって、見るから日本人じゃないし。
エルフ耳だし……どこの出身だったんだろう?
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