第9話 強化ドラッグ

 僕は8階建てのビルの壁を蹴り上げながら駆け上ると、最上階の窓を蹴破って中に入り込んだ。

 次の瞬間、ブラハードの火球が高速で飛んでくるが、それを片手剣で薙ぎ払う。


 ブラハードは嗤いながら無防備に突っ立っていた。

 逃げる気配は無い。悪役対策局セイクリッド悪役ヴィランを打ち倒す自信があるのだ。


 僕はブラハードと対峙する。

 彼我の距離は30mほどだが、僕たちの間にはデスクが並んでおり、直接駆け寄ることは出来ない。

 ビルの柱が等間隔に並んでおり、これは壁にすることが出来そうだ。


「ブラハード・ローズだな? 大人しく拘束されてくれると助かるんだが」

「ハッ、悪役対策局セイクリッドの犬風情が。調子に乗ってるんじゃねえぞ」


 スキンヘッドの男は僕の提案を切り捨てて嘲笑う。

 僕はため息をつくと、戦う前に1つだけ聞いておくことにした。


「1つ聞きたいんだけど。お前、何故人間を燃やした?」

「何故? 何故だと? 燃やしたい、ただそれだけが俺の抱いた望みだからだ。我慢できる訳がねえだろう。誰にはばかることもなく、俺はただ自分の悪望を叶えただけだ。お前もそうだろう? 悪役対策局セイクリッド悪役ヴィラン

「一緒にするなよ。遠慮はいらなそうだな。お前は僕の『正義』が断罪する」


 僕の否定の返答が戦いの合図だった。

 ブラハードの手元に新たな火球が生み出される。先ほどまでの火球よりも遥かにデカい。


「これは流石に斬り払えねえだろうが」

「まさか。お前、大きな勘違いをしているよ」


 巨大な火球が目にもとまらぬ速さで僕に迫る。

 僕たちの間にあったデスクは火球に巻き込まれて焼失していく。


 触れたもの全てを溶かさんとする太陽の如き獄炎。

 しかし、再度僕が斬り払うと、やはりあっさりと炎はかき消えた。


 ブラハードは眉をひそめると、何かを確かめるかのように何度も火球を撃ち込む。

 しかし、それら全てを僕が斬り捨てると、諦めたかのようにぼやいた。


「……チッ! 悪望能力か!」

「御名答」


 僕の『正義』の悪望能力は、武器を具現化するだけの異能ではない。

 僕が具現化した武器は全て、悪役ヴィランの悪望能力を打ち消すのだ。

 対悪役ヴィラン戦闘に特化した悪望能力。悪役ヴィラン狩りの悪役ヴィラン


 こと1対1の戦闘においては、僕が悪役ヴィランに劣ることなど有り得ない。

 あらゆる悪は、この『正義』によって討ち滅ぼされる。


「もう一度言うぞ。大人しく拘束されてくれると助かるんだが」


 ブラハードは獰猛に歯をむいて嗤う。


「誰が大人しく捕まるかよ。テメーが斬るのが追いつかないぐらいに燃やし続ければ良いだけだろうが」


 もちろんそれは不可能だ。

 ブラハード・ローズの悪望深度はD、せいぜい火球を1つ出すのが限界だろう。ブラハードだってそれは分かっているはずである。


 しかし、ブラハードの次の一手は、完全に僕の想定から外れる行動だった。

 懐から注射器を取り出すと、自身の首に突き立てたのだ!


 注射を打った直後、ブラハードの目が血走り、血管が浮き出るように姿が変貌する。


「ハッ、ハハハハハハハハッ!」


 ブラハードは高笑いすると、6つの火球を生み出した。

 それらは今までの火球よりも遥かに小さく、野球ボール程度のサイズに縮まっていた。

 火球の数が増えて、サイズもコントロール出来るようになっている。急激に悪望深度が増したとしか思えない現象だ。


 ――悪望能力を強化するドラッグ?


 有り得ない。だが、そうとしか思えない。

 僕が考えている間にも、事態は進行していく。


 6つの火球が飛来し、僕はそれらのうち2つを避け、4つを斬り払ってギリギリ凌いだところで息を呑む。

 ブラハードの近くに、さらに12の火球が生み出されていた。


「いつまで持つかな? ハハッ!」

「調子に乗るなよ、悪役ヴィラン


 12の火球が音速を超えて僕に迫る。

 薙ぎ払うには難しい火力だが、それでも僕は一切慌てなかった。


 ――少し本気を出すか。


 『正義』の悪望能力、その一端を見せ、


「危ないであります!」

「アレックス!?」


 またもや予想外のことが起きた。

 下の階の部下たちを全員倒したのであろう。

 アレックスは最上階まで登ってきて、火球に飲まれんとしている僕を突き飛ばしたのだ。

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