第10話 アレックス・ショー

 僕を庇って突き飛ばしたアレックスに、幾つもの火球が直撃した。


「アレックス!!!」


 僕は慌ててアレックスの状態を確認し、息を呑んだ。

 一目見て分かった。これは助からない。


 アレックスは全身が焼けただれていた。

 特に左半身はひどく、肘から先が無くなり、左脚は炭化している。


「ああ、良い。やっぱ人を燃やすのは最高だ。悪役対策局セイクリッドの白い制服に炎がよく映えるじゃねえか」


 ブラハードが恍惚とした表情を浮かべる。


 僕のせいだ。

 きちんと僕の能力を説明しておけば、ブラハードには負けようがないことを説明しておけば、アレックスはこんな無茶はしなかったはずだ。完全に無駄死にだ。

 自分の目にじわりと涙が浮かぶのが分かった。


「おーん、おーん、ごめんようアレックス! 無駄死にさせてごめんようアレックス! 毎日墓参りするから許してくれよう! おーん! おーん! 完全に無駄死にだけど君のことは忘れないよう!」


 僕は立ったままのアレックスにすがりついて号泣した。

 『正義』の悪望能力によって具現化した剣はとっくに消えている。当然だ、仲間を守れないような人間はもはや『正義』とは思えず、この状態では僕は悪望能力を使うことは出来ない。


 アレックスに泣きついていると、突如、アレックスがそのまま歩き出した。……歩き出した!?


「ああ!?」

「アレックス!?」


 ブラハードと僕が同時に驚愕する。

 いくら身体能力に優れた悪役ヴィランと言えども、アレックスの傷は明らかに致命傷だ。動けるはずがない。


 ――いや、違う。そういう悪望能力なのか?


 僕はアレックスを悪役ヴィランとの戦闘に参加させる気はなかった。彼がどんな悪望を抱いているかも聞いていない。

 かつて『不死』を望んだ悪役ヴィランに会ったことがあるが、驚くべき再生能力を誇っていた。アレックスがそれと類似した願いを抱いている可能性は充分に有り得る。


 歩き出したアレックスをよく見ると、傷口に黒い何かが蠢きながら、徐々に傷が治っていくのが見えた。あれは……コウモリか?


 ブラハードがアレックスに向けて火球を何発も撃ち込み、そのたびにアレックスの体は炎で削れていくが、すぐに傷口が再生していく。驚くべき再生能力だった。


「ああ、やはり私は化物フリークスであります。そうだ、私は化物フリークス。人間じゃないから、パーパとマーマは私を捨てた。そうでなければ辻褄が合わない」


 アレックスは錯乱しているのか、何かブツブツ呟きながら、ブラハードに向かって歩き続ける。進路上にあったデスクは片腕で軽々と薙ぎ払い、吹き飛ばしていく。まるで重戦車だ。


「チッ! これならどうだよ!」


 ブラハードは巨大な火球を生成した。アレックスを丸ごと飲み込めそうなほどに大きい。傷が再生するなら、一撃で倒してしまおうという心づもりだろう。


 巨大な火球がアレックスに直撃する。

 否、直撃の瞬間、アレックスは沢山のコウモリに分裂し、コウモリたちが四方八方に飛び散った。

 コウモリの大群はブラハードの目の前に集まると、再びアレックスの姿に变化する。


「ひっ!」


 怯えたブラハードが逃げようとするが、それよりも早く、アレックスがブラハードを捕まえる。アレックスは大きく口を開くと、長い牙をブラハードの首に突き立てる。

 なんだ? 何をしている?


 ブラハードは藻掻くが、アレックスの怪力に捕まり、拘束から抜け出すことが出来ない。

 じゅるじゅると音が響き、ブラハードが徐々に、干からびるように痩せ細っていく。


 ――血を、吸っているのか?


 ようやく僕は、アレックスの悪望が何かを察しつつあった。

 不死に近い再生能力、コウモリに変身する能力、人間を吸血する能力。


 『吸血鬼』への変身願望。


 何者かになりたいという変身願望はポピュラーな悪望だが、これほどまでに凶悪な悪望深度に育っているのは見たことがない。悪役対策局セイクリッドがスカウトするはずである。おそらく僕と同じく悪望深度Aの悪役ヴィランだ。


「た、助け……」

「! 待て、アレックス、殺すな!」


 ブラハードの助けを求める声に我に返った。

 極悪人とはいえ、殺してしまっては僕たちも同じところまで堕ちてしまう。

 僕はアレックスを静止したが、アレックスは止まらずになおもブラハードの血を吸い続ける。


 僕は駆け出した。

 片手に『正義』の悪望能力によって生み出した片手剣を握りしめる。正義斬殺剣だ。

 30mの距離を1秒足らずで詰めると、アレックスを正義斬殺剣で叩き斬った。


 正確に言うと、叩き斬ったように見えるだけだ。僕の悪望能力で生み出した武器は、人を斬ることが出来ない。

 斬ることが出来るのは悪望そのものだけだ。普通の人間を斬っても何も起きないが、悪役ヴィランを斬ると悪望の出力を下げ、さらに一定値まで出力が下がった悪役ヴィランは負荷に耐えきれずに気絶する。


 幸い、アレックスは何度も火球でダメージを追ったことで弱っていたようだった。正義斬殺剣で一度斬っただけでフラッと意識を手放す。


 あとには、気絶したアレックスとブラハードが残った。


「どうすればいいんだこれ」


 僕は途方に暮れた。下にはアレックスが叩きのめした連中もいる。

 悪役対策局セイクリッドの応援を呼んで、回収を頼むことにした。


 新人を危ない目に合わせたことで、上司のシンリに怒られたのは言うまでもない。

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