第8話 狩り

   ◇◇◇ 「アレックス・ショー」視点



 アレックスはハル・フロストの後を追うように走っていた。

 ビルの最上階から何度も火球が飛来するが、そのことごとくをハルの剣が斬り落とす。


 ――凄い。


 ハルはこともなげにやってのけるが、音速に近い速度で飛来する火球を何度も斬り落とすなど、そう簡単に出来ることではない。

 ウーロポーロ・ヨーヨーはハルのことを悪望深度Aと呼んでいた。確固たる信念をその身に宿していなければ、そのような等級に辿り着くことなど出来ないだろう。まさしく悪役対策局セイクリッドの怪物だ。


 火球を斬り捨てながら走り抜け、やがてビルの入り口に着いた。


「アレックス、ビルの中の連中は任せられるか?」

「問題ないであります。ハル先輩はどうするのでありますか?」

「直接行く」


 ――直接行く?


 アレックスが戸惑っているうちに、ハルはビルの壁を駆け上りはじめた!

 ビルの中を通らずに、直接ブラハードがいる最上階まで登るつもりだろう。信じられない運動能力だが、悪役ヴィランの肉体でなら決して不可能ではない。


 ハルがブラハードと直接戦うというならば、自分がやるべきことは1つしかない。

 事前情報だと、ブラハードには十数人程度の部下がいるという話だった。

 そして、ハルは、ビルの中の連中を自分に任せると言ったのだ。信頼に応えなくてはならない。速やかに制圧する必要がある。


 アレックスはシャッターで閉まっているビルの入口を蹴破ると、中に飛び込んだ。

 瞬間、誰かの声が響き渡る。


「死ねや」


 ブラハードの部下たちは既に臨戦態勢に入っていた。

 ビルの入り口に対して銃口を向けて待ち構えており、アレックスが飛び込んだ瞬間に複数の銃声が鳴り響く。


 思わず笑ってしまった。

 彼我の距離は20mにも満たない。こんな近接距離で、悪役ヴィランに対して銃で戦闘を行うのはもはや自殺行為に等しい。


「なっ!?」


 ブラハードの部下たちにとっては、アレックスが消えたように見えただろう。

 迫る銃弾を避けるために天井に飛び上がって張り付くと、次は敵に向かって飛び跳ねてその勢いのまま殴りつける。

 殴りつけられた男は血反吐を吐きながら吹き飛び、気絶した。


 これはただの作業だ。同じことを繰り返せば良い。

 飛び跳ねながら天井と地面を交互に行き来し、銃弾を巧みに避けながら1人1人始末していく。

 悪望能力を使うまでもない。悪役ヴィランとただの人間では、戦闘においては象とアリほどに格が違う。

 拳銃1つでひっくり返せるような能力差では無いのだ。


 入り口にいた男たちは10人ほどだった。

 その全員が倒れ伏すまでにかかった時間は、たった30秒ほど。


 このビルにはブラハードの部下たちがまだ10人ほどいるはずだ。

 ハルとブラハードの戦闘を邪魔させる訳にはいかない。


 アレックスは、ハルとの数時間程度の会話で、既にハルのことを気に入りつつあった。

 部下に厳しく自分に甘い悪役ヴィランだが、ところどころでアレックスを気遣っているのが分かるのだ。ブラハードのところにハルだけで乗り込んだのも、アレックスを悪役ヴィランと対峙させて危険な目に合わせたくないからだろう。


 だから、なるべく怪我をさせたくない。


 ――最短で制圧して、ハル先輩のサポートに回るのであります。


 幸いにして夕暮れ。夜が訪れれば、アレックスの悪望の時間だ。

 アレックスは狩りを続けるため、2階に向けて駆け出した。

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