第7話 『燃焼』の悪役

   ◇◇◇ 「ブラハード・ローズ」視点



 ブラハード・ローズは何かが燃えるところを眺めるのが好きだった。

 幼少の頃から自分のお気に入りのおもちゃを燃やしては、密かに悦に浸っていた。


 ブラハード・ローズが『燃焼』の悪望能力に覚醒したのは16歳の時だ。

 ある日、通りがかった猫を見て、ただ純粋に燃やしたいなと思った。その瞬間、ブラハードの近くに火球が現れて猫に向かって飛んでいったのだ。


 あれほどまでに幸福を感じた時間はそう無い。

 燃え盛り悲鳴を上げる猫、焼ける脂肪の匂い、黒焦げになった死体。全てがブラハードを興奮させた。

 この至福を何度も味わうために、神はブラハードに『燃焼』の悪望能力を与えたのだ。そう思った。


 欲望は留まるところを知らない。

 猫を数匹燃やし、恍惚の表情を浮かべ、次に大型の犬を燃やし、絶頂し、しかし、徐々に動物では物足りなくなっていった。


 ――人を燃やそう。


 この街では俺よりももっとクズな悪役ヴィランが好き放題に暴れている。

 どうして俺だけが我慢する必要がある?


 燃やしたい、燃やしたい、燃やしたい。

 人間を燃やしたくて仕方がない。


 ある日、通りがかった少女を見て、ただ純粋に燃やしたいなと思った。

 その少女を選んだことに理由は無い。強いて言うなら、自分の中の悪望が、燃やせと囁いたのだ。


 少女の泣き声は、猫を燃やした時よりも最高だった。

 初めに指を燃やし、足を燃やし、腹を焼け焦がし、最後に顔を火球で覆った。

 俺はただこれをするためだけに生まれてきたのだ。そう思った。


 欲求は留まるところを知らない。

 1人燃やしただけでこんなにも幸福を感じるのだ。ならば、街全てを燃やしたらどうなる?


 燃やしたい、燃やしたい、燃やしたい。

 全てを燃やしたくて仕方がない。


 ブラハード・ローズは悪役ヴィランだった。

 ブラハードにとって、この世のものは全て自分が燃やして楽しむためだけに存在している。


 今日も彼の元に獲物が訪ねてきた。

 ブラハードは、悪役対策局セイクリッドの制服を着た金髪の少年が歩いてきているのを、自身の拠点であるビルの最上階から眺めていた。

 この位置は監視をするのに最高の場所だった。標的の姿が見やすく、攻撃するのも容易い。


 悪役対策局セイクリッドは悪望能力によって罪を犯した悪役ヴィランを逮捕しているという。

 少女を燃やしたブラハードを捕まえに来たのだろう。もしくは、殺しに来たのかもしれない。


 ――なんて、燃やしがいがある。


 ブラハードは窓を開け放つと、手元に高熱の火球を生み出し、悪役対策局セイクリッドの金髪の少年に向けて打ち放った。

 ここでじっくりと燃える様を眺めてやろう。さあ、悲鳴を聞かせてくれ。

 少年が燃えるところを見逃すまいと、血走った目で凝視する。


 だからこそ、何が起きたのかはっきりと視ることが出来た。

 ブラハードの火球が少年に当たる直前、火球がかき消えたのだ。


 少年はいつの間にか片手剣を握っている。


 ――悪望能力? 俺の火球を斬った?


 最高だ。なんて燃やしがいのある少年なんだ。

 ブラハードはニタリと笑った。



   ◇◇◇



 夕暮れ時。

 僕は正面から正々堂々とブラハードの拠点を攻め込むことにした。

 アレックスも数十メートル後方から僕の後をついてきている。彼にはブラハードの部下たちを相手してもらうつもりだ。


 ブラハードの拠点に近づいたところで、案の定、ビルから『燃焼』の悪望能力による火球が高速で飛んでくる。

 僕は『正義』の悪望能力によって片手剣を具現化すると、その火球を叩き切った。


 悪役ヴィランの視力は一般人のそれよりも遥かに高い。

 遠く離れたブラハードと目が合う。ブラハードは嗤っていた。悪役対策局セイクリッドに睨まれてなお、自分が強者の側だと勘違いをしているのだ。


 正してやらねばならない。

 『正義』を教えてやらねばならない。

 この世に悪が蔓延ることは断じて有り得ないのだと、そう知らしめねばならない。


「ブラハード・ローズ。お前を我が『正義』が断罪する」

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