第4話 譲れないもの

「聞き間違いかな? ウーロポーロ・ヨーヨー。もう一度言ってくれると助かるんだが」

「ブラハード・ローズは殺せ」


 ウーロポーロは微笑んでこそいるが、漏れる殺気は隠しきれていない。


「ハル、ワタシは比較的温厚な悪役ヴィランダ。多少のおイタは気にしないし、これがただの殺人だったら君に一任していただろウ。好きに逮捕してブタ箱にぶち込めばいいサ」


 それが僕の望んでいた展開だった。

 ヨーヨー・ファミリーから情報を提供してもらい、ブラハードを逮捕する。


「だが、この件は駄目ダ。少女殺しだけは駄目ダ。ワタシの庭で、この『少女愛』の悪役ヴィランの庭で舐めた真似をした以上、命をもって贖ってもらうしかなイ」

「なるほどなるほど、あんたの言い分は分かった。僕も悪役ヴィランだ、自分の悪望を踏みにじられた時の気持ちは分かるさ」


 実際のところ、ウーロポーロと僕の立ち位置は似たようなものだった。

 『少女愛』の悪役ヴィランは少女が殺されたことに怒っているし、『正義』の悪役ヴィランは殺人そのものに怒っている。

 目の前の悪役ヴィランの気持ちはよく分かっているつもりだ。


「だが断るね」

「……何故かネ?」


 何故かって?


「何故かと言ったか? ウーロポーロ。よりにもよってこの『正義』の悪役ヴィランに向かって殺人を犯せとはよく言えたものだな。いいか、どんな罪でも償うことはできるんだ。そして量刑を決めるのは裁判所だ。僕たちじゃない」

「この街では重い罪を犯した悪役ヴィランを殺害するのは認められているんだがネ」

「知ったことか。僕が『正義』だ」


 ふう、とウーロポーロはため息をついた。いらついたようにこめかみを指でトントンと叩く。

 その仕草を見て隣に座っているアレックスがびくりと震えた。


 もちろん、ウーロポーロは本当に怒っている訳ではない。これは彼なりの優しさで、翻訳するとこうだ。君はマフィアのボスを怒らせようとしているゾ、発言を撤回しろ。


 ――嫌なこった。


「もう一度言う、ブラハード・ローズは殺せ。君が断れば、この部屋にいるワタシの部下が君たちを襲ってしまうかもしれなイ。それでも断るかネ?」

「断るね」

「ヨーヨー・ファミリーは数千人規模の組織だゾ。君が断れば、それら全員がいつでも君たちの命を狙うことになるかもしれない。それでも断るかネ?」

「断るね」

「ワタシは悪望深度Sの悪役ヴィランだ。君が断れば、この街の最強の悪役ヴィランを敵に回すことになる。それでも断るかネ?」

「断るね」


 断るに決まっていた。


「断るとも。断るともさ、ウーロポーロ・ヨーヨー。僕は悪役ヴィラン、『正義』の悪役ヴィランなんだ。感情と理性を天秤にかけて、今回は危険なので悪望は諦めます、なんてまっとうな判断が出来ないから、こうして脳みそぶっ壊れたまま生きてるんだよ。悪役ヴィランとは、己の悪望に忠実に生きる者だ。そして、それが僕だ」


 己の『正義』を諦めるぐらいなら、悪望深度Sの悪役ヴィランを敵に回したほうが遥かにマシだ。


「次に僕に殺人をしろなんて言ってみろ。お前ら全員ぶち殺すぞ」


 矛盾しているであります、というアレックスの声は無視する。


 思わず啖呵を切ってしまったが、今回は流石に死んだかもしれないと思った。

 飄々とした態度のウーロポーロと睨みつけ、そのまま、10秒、20秒と経過していく。じわりと僕の肌を汗が伝う。

 1分ほど経ったところでウーロポーロがその口を開いた。


「うーん、まあ仕方ないナ。ブラハードは逮捕でいい」


 部屋の壁に沿って立っている護衛の男たちがざわつく。ウーロポーロが折れるとは思っていなかったのだろう。

 僕にとっても意外だった。


「随分簡単に折れるじゃないか。何を企んでいる?」

「何も。シンプルな話だヨ」


 ウーロポーロは苦笑した。


「ワタシにとっては少年も少女みたいなものだからネ。そういう瞳で頼まれると弱いんダ」

「……え? こわっ」


 この部屋に来てから、これが1番身の危険を感じる発言だった。

 仮に僕がもっと歳を重ねていたら、少年じゃなくて青年だから殺されていたのか? 怖くて聞けない。

 僕が怯えていると、護衛の1人が不満の声を上げた。


「ちょっと待ってくれボス! 納得がいかねえ!」

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