第3話 『少女愛』の悪役

「ところで、私たちはどこに向かっているのでありますか? 殺人現場とは方向が違うようでありますが」

「そろそろ目的地に着くよ」


 ここトボス・シティには大小様々な組織が点在しており、その中には悪役対策局セイクリッドと同様に治安維持を目的とした組織も存在している。

 『少女愛』の悪役ヴィランウーロポーロ・ヨーヨーが率いているヨーヨー・ファミリーもその1つだ。


 僕たちが追っている『燃焼』の悪役ヴィランブラハード・ローズ。

 その顔と悪望能力は判明しているが、拠点が分かっている訳ではない。情報を集める必要があった。


 ヨーヨー・ファミリーはメイソン・ヒル地区を支配下に収めているマフィアだ。僕たちが知らない情報を握っている可能性がある。

 彼らにとっても悪役対策局セイクリッドがブラハードを捕まえるのは治安維持の観点から都合が良いはずだ。ブラハードをとっ捕まえるのに快く協力してくれるだろう。


「着いたぞ」


 僕たちは大通りに面した高層ビルを見上げていた。

 こうしてマフィアが堂々と表立って拠点を構えている時点で、この街の治安は推して知るべしといったところだ。


 アレックスは驚きのあまり、口をパクパクを開閉させている。

 数秒間溜めたあと、叫んだ。


「ヨーヨー・ファミリーの本拠地ビル! マフィアじゃないですか!」

「アレックス、職業差別は良くないぞ。彼らはマフィアはマフィアでも正義?寄りのマフィアだ」

「良いのでありますか!? トウドウ副局長に怒られるのでは!?」

悪役対策局セイクリッドも了承済みだよ。僕らは悪役ヴィランを捕らえるためなら使えるものはなんでも使うからな」


 アレックスは絶句した。

 殺人に忌避感は無いのに、マフィアのような評判の悪い組織と関わるのは嫌なのか。アレックスに限らず、悪役ヴィランという者は価値観が良く分からない連中だ。どこが倫理のラインとして引かれているのか、会話をしながら探っていくしかない。


「入るぞ」

「あ、置いていかないで欲しいであります、ハル先輩!」


 僕はスタスタとビルの中に入っていく。

 ビルの中はスーツを着た強面たちでいっぱいだった。

 見た目からは分からないが、この中には恐らく悪役ヴィランもいるだろう。


 僕は全く臆すことなくエントランスホールを突っ切ると、受付の中にいる強面に話しかける。


「ウーロポーロ・ヨーヨーはいるかい? ハル・フロストが来たと言えば分かる」

「ああっ? ……ちょっと待ってろ」


 受付の強面はこちらをちらりと見ると、ウーロポーロに連絡を始めた。

 アポイントメントは取っていないが、僕とアレックスは悪役対策局セイクリッドの白制服を着ている。私服だったら門前払いだった可能性があるが、悪役対策局セイクリッドをないがしろに扱うことはしないだろうという目論見だった。


 受付の男がウーロポーロと数十秒のやり取りをしたあと、アゴをクイッと上げるジェスチャーをした。


「エレベーターで最上階に上がれ。ウーさんがお待ちだ」



   ◇◇◇



 僕とアレックスはビル最上階の豪奢な部屋に通された。

 マフィアのボスの部屋といえばこんな感じだろうというイメージそのまんまの部屋だ。

 高級そうな家具がところどころに配置され、部屋の真ん中にはどでかいソファとテーブルが鎮座している。


 そのソファに、『少女愛』の悪役ヴィランウーロポーロ・ヨーヨーは座っていた。

 金髪碧眼の痩身痩躯の男だ。眼光こそ鋭いが、それでも一目見ただけではマフィアのボスだとは全く分からない。


「やあやあ、よく来たネ、ハル。座りたまえヨ」

「久しぶりだな。ウーロポーロ」


 僕たちは進められるがままにソファに身を沈めた。


「良い茶葉が手に入ったんダ。ゆっくりしていきたまエ」

「ああ、これはご丁寧にどうも」


 らしくもなく僕は少し緊張していた。震えた手で差し出されたカップを手に取り、紅茶を飲む。


 ウーロポーロは見た目だけは優男だが、内実はトボス・シティの中でも一二を争うほどの実力を持った悪役ヴィランだ。

 この部屋には10人程度の男たちが護衛として壁に沿って立っていたが、これがたとえ1000人だったとしてもウーロポーロ1人のほうがよほど怖い。


 世間話も良いが、用事を済ませててっとり早く退散したいところだ。

 僕は早速要件を切り出した。


「『燃焼』の悪役ヴィランブラハード・ローズ。あんたの支配下の地域で起きた殺人事件の犯人だ。知ってるだろ? 悪役対策局セイクリッドが追っている。居場所を知ってたら教えて欲しい」

「構わないヨ。ワタシとしても助かる話だネ」


 ウーロポーロは優しく微笑むと、快く承諾してくれた。

 僕はホッとした。どうやらあまり話がこじれずに進みそうだ。

 しかし、こうやって安堵した時にこそ問題はやってくるものだ。


「ただし、条件があるのサ」

「条件?」


 瞬間、何も起きていないのに、部屋の温度が数度下がったような感覚を覚えた。

 目の前の悪役ヴィランが放つ殺気が、僕に恐怖を抱かせている。


 僕は勘違いをしていた。

 ブラハードが焼き殺したのは16歳の少女だった。

 つまり、『少女愛』の悪役ヴィランウーロポーロ・ヨーヨーは非常に怒っている。


「ブラハード・ローズは殺したまエ。それが情報提供の条件だヨ」

「…………あ?」

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