第11話
「操舵室にあった航海図と日誌によると、この海域は……」
「南緯47度9分、西経126度43分」
愛工の台詞に女の声が割り込んできた。いつの間にかナンシーが廊下に出て、叶槻たちの背後に立っていた。驚くべきことに、彼女は日本語を話している。
「ここはポイント・ネモよ」
ポイント・ネモは全ての陸地からもっとも離れたところにある海域だ。つまり本物の絶海である。
「その通りです。伊375潜の測定でも同じ結果が出ています。つまり目の前にある島は、本来ありえない島です……」
愛工は叶槻にそう言った直後、ナンシーの背後にある金色の彫像を目にして叫んだ。
「何だ、あの像は!」
彼は他の者を押し退けて船長室に入ると、木机の上に置かれた彫像を食い入るように見つめた。
「これは金じゃないか!」
叶槻たちも再び船長室に移動した。
「本物の金なのかはわかりません。ここには鑑定できる人間がいないので」
蘭堂の言葉を、愛工は否定する。
「いや、金だ!俺は去年、フィリピンから撤退する陸軍の将軍を潜水艦で運んだことがある。その将軍は車一台分の金塊を艦に持ち込んでいた。こいつはあの時の金塊と同じ色だ!」
興奮した口調でまくし立てる愛工をよそに、ナンシーは蘭堂に告げた。
「ベイカー教授の体調が思わしくないの。この下に医務室があるから診察してくれない?」
「あ、ああ。わかった。連れていこう」
蘭堂はナンシーの言う通り、ベイカー教授をベッドから起こして医務室に向かった。大柄なアメリカ人なので、2人の兵が教授を運ぶのを手伝った。
蘭堂たちを見送りながら、叶槻はナンシーに問う。
「日本語をどこで習った?」
「日系アメリカ人の知り合いがいるの」
「何故今まで黙っていた?」
「あなたたちが英語しか話さないからよ」
叶槻はナンシーの顔を見た。今さらながら、彼女が中々の美人であることに叶槻は気づいた。映画女優にしてもおかしくない。叶槻の視線を受けて、ナンシーは妖しげな微笑みを浮かべる。叶槻は咄嗟に視線を逸らした。照れたからではない。相手の振る舞いに、得体の知れない何かを感じ取ったからだ。見た目どおりの女ではない。直感的にそう思った。
叶槻は愛工の傍に立ち、改めて彫像を観察してみた。材質はともかく、これほど奇怪な像は初めて見る。
何か、人のような姿をした生き物が、玉座を思わせる派手な装飾が施された椅子に座っている。しかし、人ではない。頭部は蛸がそのまま乗ったようになっており、十数本の足が髭のように長く垂れ下がっている。手足には鋭い鉤爪が生え、背中には大きな蝙蝠の翼に似たものがあった。
誰が、何故、こんな気味の悪い彫像を作ったのだ?しかも、わざわざ金を材料にしてまで。これが本物の金ならばの話だが。
彫像の下部に何かの文字列が刻まれていることに叶槻は気づいた。これも、見たことがない文字だ。彼がその文字列を凝視していると、ナンシーが耳元で囁くように言った。
「死せるクトゥルフがルルイエの館で眠りながら待っている」
叶槻が驚いて叫んだ。
「な、何?」
「その文字列の意味よ。古代に滅んだポリネシアの文字」
「この怪物がクトゥルフというのか?」
「そうよ。そしてクトゥルフが眠る場所が古代都市ルルイエ」
「一体、何の話だ!」
「古代の神話よ」
叶槻はナンシーと話していると何か、弄ばれているような気がしてきた。このなんとも言えない嫌な流れを断ち切らなければならない。
「この彫像は、どうしてここにある?いや、もっと大元の話を聞こう。我々がこの船に乗り込む前に、何があったのか全部話してもらおう」
叶槻は敢えて厳しい口調で質問した。
「いいわ。混乱しないように順序立てて話してあげる。こうなるまでに何があったのかを」
ナンシーは再び妖しげな微笑みを浮かべた。
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