第12話

 ベイカー教授は20年にわたる研究の末、ポイント・ネモに古の伝承にある古代都市ルルイエが沈んでいることを確信した。そして、それがかつて1925年にごく短い間海面に浮上していたことも突き止めた。伝承では遥か未来に地上に現れることになっているルルイエが何故、この時代に出現したのか。教授はその原因を探る内に1つの仮説を立てた。

 伝承によれば、ルルイエに眠る邪神クトゥルフが目覚める時、世界は滅亡する。つまりクトゥルフと、この世界にはある種の関係性が存在する。もしもその関係性が一方的なものではなく、双方向で影響を与えあっているとしたら?

 世界が大規模な危機的状況に陥った時、その状況はクトゥルフに影響を与え、覚醒を促すのではないか。ベイカー教授はそのように考えた。

 1925年に至るまでの約10年間、世界はどんな状況だったのか。世界大戦が4年続いた後にスペイン風邪が世界的に大流行して、ほぼ同時にロシア革命が起きた。これらの混乱で、不幸にも数千万人が命を落とした。かつてこれほど多くの人命が失われた時期は歴史にはない。この状況がクトゥルフに影響を与えて、一時的にでも1925年にルルイエが出現してクトゥルフが目覚めたのでは。これがベイカー教授の考察だ。

 ならば、世界に再び大規模な危機的状況が発生したら、ルルイエはやはり再度出現するのではないか。教授は懸念した。

 そして、その危機的状況は既に発生していた。第二次世界大戦だ。このことに影響を受けたルルイエは近い内に浮上するかもしれない。

 ベイカー教授はミスカトニック大学に所蔵されている古文書や資料と、世界中を巡って習得した秘術を駆使してその日時を予測することに成功した。それが1945年4月某日である。彼は邪神復活を止める決意を固める。

 ナンシーは元々ミスカトニック大学附属図書館の職員だったが、古文書の貸し出しを通じてベイカー教授の研究室に出入りするようになり、やがて助手として採用された。

 ルルイエの浮上は阻止できないが、浮上直後の新島を人為的な力で沈めることは可能かもしれない。実務能力のないベイカー教授に代わって、ナンシーが具体的な手段を用意した。

 貨物船シルバーキーは、大戦初期にアメリカからイギリスへと戦略物資を輸送する船団の1隻として使われていたが、新型の輸送船が大量建造されたので退役したところを買い取った。対潜兵器として爆雷投射機が取り付けてあったので都合がよかったからだ。爆雷は南米諸国の軍隊から秘密裏に調達した。そして船長以下、船を動かす乗組員は、チリ海軍にいた退役軍人を中心に雇い入れた。ポイント・ネモ付近を航海した経験と、爆雷の取り扱いに慣れている者が必要だったからだ。

 こうして準備を整えたシルバーキーは1945年4月某日、チリのバルパライソを出港した。乗組員たちは自分たちの仕事に疑念を抱いていたが、ベイカー教授は前金として大層な額を払っていたので、黙って船を動かした。そして、目的地であるポイント・ネモに到達すると、予測通りそこには出現したばかりの新しい島があった。

 乗組員たちは当然驚いた。ベイカー教授は即刻爆雷を使うように言ったが、彼らはせっかく生まれた新島なのだから、1度上陸してみたいと言い張った。結果としてベイカー教授は彼らの純粋な好奇心に押しきられたが、これがいけなかった。

 ボートで上陸した先発の乗組員たちが、浜に半分埋まっていた金色の不気味な彫像を見つけたのだ。彼らはその彫像を船に持ち帰り、船長に見せた。彫像が金でできていると思った船長は、船長室の木机にそれを飾り、部下たちに言った。

 島の奥に行けば、もっと沢山の金があるかもしれない。

 この言葉で彼らの理性は吹き飛んだ。ベイカー教授の反対を無視して、雇い主たちを船室の1つに閉じ込めて鍵をかけたまま、全員が島に渡っていった。

 ベイカー教授とナンシーは狭い部屋に監禁されたまま、船長たちの帰りを待ったが、ほぼ1日経っても帰ってこない。

 ベイカー教授が疲労で倒れそうなところに、廊下から足音が聞こえたので彼は声をかけた。それが叶槻たちだった。

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