第7話 三年前 2

 奥の家から離れて、道を進んでいると、理亜は新良を見て


 「あのお爺さんは来る人問わず誰に対しても長話をするから気を付けてね」

 「先に言ってくれ。でも…何で理亜が来たの?」


 新良は理亜に向かって言い返す。


 「叔母さんと私とで、さっきまで食事の支度をしていたのよ。貴方が戻ってくるのが遅いから叔母さんが心配していて、私が叔母さんの代わりに見に来たのよ」


 「そう…悪かったね…」


 新良は言い返す。


 二人は来た道を戻って行く、少し歩いて行くと新良は理亜を見て…


 「ちょっと、この荷袋持ってくれない?」


 と、言いながら理亜に荷袋を持たせる。


 「ちょっと…何で私が、こんな重い物を持たなければならないのよ」

 「僕は今日一日、働き詰めで疲れているのだよ」

 「そんな事、私は知らないわよ」


 と、言って荷袋を新良に投げ返す。


 「もう、こっちは歩く気力も無いのだよ」


 新良は腰を下してその場に座り込む。


 「あら、そう…ずっとそこで、座ったままでいるの」


 理亜は、少し先を歩いて行く。


 「せっかく叔母さんと一緒に食事を作っていたのけど、そう…残念だわ」


 と、言って理亜はさっさと歩いて行ってしまう。


 「ちょっと、待ってよ」


 新良は走って理亜を追い掛けて行く。二人は、その後しばらく会話を行わなかった。

 道を進んで、明香の家の近くまで来ると家の中から、美味しそうな食事の香りが漂って来た。腹を空かせた新良は、食事の用意が出来ているのを知ると駆け足で家の近くへと走って行く。


 「貴方、ついさっき歩く気力も無いとか、言っていなかった?」


 理亜は、少し呆れた声で言う。


 「食事が出来ていると、思ったら急に元気が出てきたよ」


 新良はそう言って、家の中へと飛び込んで行く。


 「あら…お帰りなさい、ご苦労様ね」


 明香は駆け足で、家の中へと飛び込んでくる新良と理亜を笑顔で迎えた。食台には三人分の料理が用意されていた。


 「わあ…美味しそう」


 新良は、食台に並べられた料理を見て、すぐにでも飛びかかりそうな構えを見せていた。


 「まだ駄目よ、これが出来てから」


 明香は陶器の鍋で煮込んである物を指して言う。鍋の中身は野菜と肉類を煮込み塩と香料で旨味を引き出していた。


 理愛は、三人分の湯呑を持って来て食台に並べる。その間に明香は鍋で煮込んだ物が、よく煮えたのを確認し味見をする「うん…、いいかな…」と、呟くと最後に効果類を加えて仕上げをする。煮物が出来上がると、陶器の鍋を食台に持って行き三人分の器に分ける。


 「さあ…出来ました。では頂きましょうか」


 三人は、食台の前に付き、用意された料理を食べ始める。

 育ち盛りの新良と理亜は、夢中で食事をする沢山用意された食事も瞬く間に全て器の中身は空となった。

 食事が終って一息吐くと。新良と理亜は満足した様な表情だった。


 「そう言えば今年も、もう直ぐ島の誕生祭の時期ね…」


 明香は、お茶を飲みながら言う。それを聞いた理亜が、ふと…何かを思い出したかの様に明香に話し掛ける。


 「島の誕生祭って言えば今年、私は巫女をやる人達の中の一人に選ばれたのよ」

 「あら、良かったじゃない選ばれて」

 「へえ…理亜でも選ばれる事あるのか。あれって…相当運が良くなければなれないでしょ?」


 新良は少し感心しながら言う。


 「あら、失礼しちゃうわね。私だって選ばれることぐらいあるわよ」


 理亜は新良の顔を見て、ビッと舌を出す。

 二人の会話を楽しそうに聞いていた明香が理亜に話し掛ける


 「でもね家には巫女で着る衣装が無いのよ、叔母さん持っていたら貸してもらえるかな…?」

 「ええ…あるわよ、お古で良ければ…儀式で使う衣装は、そう滅多に変わらないけどね。確か物置部屋にしまって置いた筈だから探しましょう」


 そう言うと三人は席を立ち、食器を片づける。食器の片付けが終ると三人は家の物置部屋へと入って行く。

 薄暗い物置部屋には、大きな箱が幾つも積み重ねられて置いてあった。明香は、その箱の表に書かれてある数字を見ながら奥の方へと進んで行く。


 奥に置いてある小さな箱を見付けると、明香は「あった、これだわ」と言って箱を取り出してくる。少し埃まみれになりながら明香は出て来た。


 「新良君…ちょっと悪いけど物置部屋を簡単に掃除しといてくれる?私は居間で、理愛の衣装の取り付け方教えるから」

 「はい」


 そう言って物置部屋に一人取り残された新良は、部屋にある窓を開けて部屋の掃除を始める。箒を履くといきなり埃が舞い。最初はなかなか、掃除が捗らなかった。時間を掛けて、ゆっくりと掃除を行う。部屋の作業をしている最中…新良は、理亜が居間で取り外した額に入った「樹王」の絵画を見付けた。


 「何だろう…この絵は?」


 新良は、しばらく絵を見ていたが…やはり気味悪いと思い、置いてあった場所に戻して掃除を行う。

 掃除を終えた新良は、顔や服が汗や埃で汚れていた。掃除を終えたことを伝えようと新良は居間に居る二人の所へと向う。


 「終わったよう」


 と、新良は居間へと入って行く。


 居間に入って行った時、目の前に緑色の衣装に身を包んだ女の子の姿に、新良は一瞬目が止まってしまった。

 新良に気付いた女の子は、新良が、ずっと自分を見ている事に気に掛かり


 「ちょっと…何、人の姿みているのよ!」


 ムッとした表情で大言う。


 その言葉に新良は、相手が理亜だと分かると


 「何だ、理亜だったのか…」


 少し呆れた口調で新良は言う。


 「何だったとは…失礼ね」


 居間に明香が入って来て


 「お巫女さん。当日の儀式最中ではその様な発言は、なるべく控えて下さいね皆に笑われますから」

 「はい、わかりました」


 理亜は少し堅苦しそうに返事をする。

 明香は、新良を見て


 「あら、お掃除ありがとう、服を汚しちゃったわね。代りの服を用意してあげましょうか?」

 「あ…大丈夫です、そのまま帰るから…」

 「え…いいの?」

 「うん、大丈夫」

 「あら、そう…分かったわ」


 そう答えると明香は、理亜が着ている衣装の継ぎはぎを行う。


 「こんな物で良いかしら…さてと、お巫女さん舞の方は大丈夫なの?」


 明香の言葉に、理亜は苦笑いしながら、


 「全然駄目。毎日友達に稽古してもらっているの」


 と、首を横に振りながら答える。


 「あらら…駄目じゃない。私が少し振り付けを教えてあげるわ」


 明香は物置から古びた打楽器を持って来た。その中から弦楽器を取り出して曲を奏でる。その曲は新良と理亜が誕生祭で聞く曲であった。

 少し奏でると、明香は理亜を見て、


 「さあ、舞を踊って見て」


 その言葉に理亜は頷き、明香が曲を奏でると舞を踊り始める。理愛の動きを見ていた明香は、少し曲を奏でると、すぐに手を止めて理亜の側へと行き


 「本当に駄目ね。体が硬過ぎるわね」


 理亜に振り付けの仕方を細かく教える。


 手取り教え込まれている理亜は自分の近くで、置き者等を見ている新良を見て…


 「ちょっと新良、貴方も打楽器で曲を演奏しなさいよ」

 「何で、僕がやらなきゃいけないの?」

 「いいから、これでもやりなさい」


 そう言って理亜は笛を取り出して新良に手渡す。新良は笛を受け取ると勢い良く吹く、ピーッと言う大きな笛の音に明香と理亜は、両手で両耳をとっさに塞いだ。


 「新良君、ちょっと止めて」


 と、明香は大声で言う。


 理亜はすぐに新良から笛を取り上げて、


 「貴方、外で待ってなさい」

 「分かりました」


 新良は呆れた声で答え、表に出て用水路で顔を洗うと…しばらくの間新良は外の景色を眺めていた。


 家の中から、曲の音色が聞こえなくなり居間から、二人の話声が聞こえて来ると新良は家の中へ入って行く。居間では理亜が衣装を脱いで元の衣類に着替え終わっていた。

 先程まで着込んでいた衣装は、明香が袋に折りたたんで理亜に手渡す。


 「大丈夫だと思うけど、家でもう一度着込んで見て、お母さんに衣装の確認をしてもらってね。あと…振り付けも、もう少し練習が必要ね」

 「はい、分かったわ」


 と、言って理亜は袋に包んだ衣装を受け取る。


 「二人とも、今日は来てくれてありがとうね。そろそろ帰宅した方が良さそうね」


 そう言われて二人は返事をして、鞄を持って家を出て行く。明香は玄関先で二人を見送る


 「気を付けて帰るのよ」


 と、言いながら手を振って見送る。


 新良と理亜は、明香に「またね」と、手を振って別れを言いながら来た道を歩いて行く。

 しばらく進んで行くと明香の家は見えなくなった。二人は吊橋を越えて行く歩き続けている途中、ふと新良は立ち止まる。理亜は振り返り新良の顔を見て「どうしたの?」と、問い掛ける。


 「そう言えば、あの樹王と言う絵を見て君は悲しそうな顔をしていたけど…あの絵に何か意味でもあるの?」


 それを聞いた理亜は立ち止まって、しばらく何も言わなかった。不思議に思った新良は「理亜…?」と、声を掛ける。そっと横顔を覗くと理愛は袋を強く抱きしめて震えるようなしぐさをしていた。


 「あの絵を描いたのは、私の伯父さんなのよ…」


 震えるような口調で、理亜は呟いた。


 「え…どう言う事…?」


 新良は理亜の言おうとしている事が分からなかった。理亜は道の端に腰を下して、新良を見上げる。


 「あの絵の事どうしても聞きたい?」

 「うん、まあ…ちょっと気になっていたのだから、もし話せる事なら聞かしてくれるかな…」

 「分かったわ…。ただ…途中で話せなくなったら、ご免ね」


 理亜は少し目を瞑って一息吐くと。近くにある木の道の手すり部分の下の段になっている部分を見つけて


 「少し長くなりそうだから、そこへ座りましょう」


 と、新良に話し掛けて二人は、木の道の端へと横に並んで腰を下ろした。


 「私の伯父さん玄有(げんゆう)は、私が生まれるよりも、ずっと前に亡くなったの…。その為に話せる事は、あくまで私が皆から聞いた事の話なの…。数年前までは、この島は本国から訪れる人達も少なく平和だったと聞くわ。その頃、私の伯父さんと叔母さんは、まだ結ばれて間もない時期だったわ。二人は周りから大いに祝いを受けて、新たな人生の出発に勤しむ日々だったと聞いているわ…。そんな中ある日、島に不審な人達が数人流れ着いたの。訪れる者を拒まない島の人々は見知らぬ来訪者を受け入れたの、その来訪者達は島に来ると、すぐに周りに迷惑を掛けるような如何わしい行為を行い始めたの。

 皆…最初は客人として多めに見ていたけど…あまりにも度が過ぎる様な行為に、周りの目も厳しくなり始めて来たの。そんな中、如何わしい連中がどう言う経路で聞き知ったかは不明だけど、ある日突然に樹王へ連れて行けと島の皆に言い始めたのよ。島の住人でも噂は知っていても、実際その場所を知る人達の数は少なく、そこがどう言う場所なのか知る人も少なかったのよ。そんな中、私達の家系は樹王の番人でもあって。樹王付近には特別な結界が張られていて決められた一族のみが、その封印を解くことが出来るの。私達の家系にはその封印を解く能力があるのよ…。

 本当かどうかは私はまだ試した事が無い為分からないけど…。ある日の事、玄有の伯父さんは私の父さんと、相談をして秘かに樹王へ行く計画をしていたの、伯父さんを含めた数人の島の人達が、彼等に肝試しのつもりで、樹王付近へと行かせようと話が決まっていて、その代表に選ばれたのが玄有伯父さんだった訳なのよ。周りの人達は、その意見に賛成だったけど叔母さんだけは反対していたわ。当日…私の父さんは急な発熱で行けなくて、伯父さんだけで行く事になったわけなの。玄有の伯父さんは叔母さんと別れて如何わしい連中を連れて、樹王へと行ったわ。この時、誰もが皆、玄有の伯父さんは帰らぬ人だと思っていたけど、数日後…伯父さんだけが戻ってきたのよ。その事に対して明香叔母さんは喜んでいたわ…。

 でも…玄有の伯父さんは、まるで人が変わったかのように以前の面影を無くしていたらしいの。どうしてなのかは全く分からないわ。その事に関しては今でも叔母さんは口を閉ざしているし、何よりも気掛かりなのは。玄有の伯父さんだけが戻ってきて他の如何わしい人達が一人も戻って来ていなかったの。それに付いて島の村長が、玄有の伯父さんに問詰めたけど、伯父さんの答えは、彼等は自分を残して先に帰ったと答えていたみたい。どこまでが本当かは分からないけど…その後、島では、如何わしい人達の姿を見た人は一人もいないわ。それと同時に伯父さんは部屋に閉じこもったきり人前には姿を見せなくなったわ…。

 叔母さんが言うには、毎晩うなされていたらしいの…。ある日の事、玄有の伯父さんは自分が見て来た物を絵に描いたの。それが、あの不思議な樹の絵だったのよ。これは、あくまで噂だけど、樹王と呼ばれる樹がある所まで行って見事生還した人は、これまで数少ないと言われているわ。結界の張ってある場所から少し奥へと行く者は今でも多くいるけど樹王がある所まで行く人は、いないと聞くわ…。その後伯父さんは、だれが言い始めたか分からないけど人殺し呼ばわりされて…」


 理亜の言葉が途切れた事に気付いた新良は、理亜へと視線を向けると理亜は両手を口に当てて泣くのを堪えている姿に気付く。


 「もう分かったから、話さなくても良いよ」

 「本当…?」


 そう言って理亜は、新良を見上げる。


 「無理に話してもらって悪かったね。でも…おかげで、いろいろと分かった気がするよ」


 新良は少し暗い表情で言う。


 「別に…気にしなくても良いわよ。私もちょっと昔の嫌な事を思い出しただけだから」


 そう言って理亜は腰を上げて歩きだす。少し進むと再び立ち止まり新良を見て弱々しそうな声で、話し掛ける


 「玄有叔父さんの話を聞いた時、正直私は何日も眠れない日々が続いたわ…とても怖かったの…」


 そう語る理亜は顔を俯いていた。隣で歩いていた新良は、理亜を見て普段は強気の理亜ですら、こうも弱気にさせてしまうなんて…。と、その変わり様に対して樹王の恐ろしさに少し驚いていた。話が終えると二人は、また歩き始める。しばらく進んで理亜は足を止める。新良は振り返り理亜を見る。


 「どうしたの?」

 「さっきの話の事だけど、私達の家系が樹王の結界の番人である事は他の人には言わないでくれる?」

 「どうして?」

 「過去に伯父さんの事があってから、私のお母さんが凄く心配しているの…。また私達の誰かが利用されるのではないか…て、だから、あまり付近の人にも言わない様に気を付けているの」

 「そうなの…分かったよ」

 「ありがとう」


 二人は、その後会話も無く来た道を歩いて行く。しばらく歩き続けて行くと新良のある家が、見えて来た。

 住み慣れた我が家が見えて来ると、自然と元気が出てくる。


 「はあ…何か久しぶりに我が家に戻ってきた様な気がするよ」


 と、新良は大きく伸びをしながら言う。


 「新良…」


 理亜は少し小声で呼びかける。


 「どうしたの?」

 「今日、叔母さんに会ったこと、私の母には内緒にしといてね」

 「ああ…大丈夫言わないよ」

 「ありがとう」


 理亜の母が明香の事を嫌っている事は、新良は知っていた。どんな理由かは少年の新良には理解出来なかったが、時折、理亜が二人の間で辛い思いをしている事を周りから聞かされていた。

 明香と玄有の間には子は無く、明香にとって従妹の理亜と会うのが何よりもの楽しみであった。理亜は、それを理解していた。しかし理亜の母は頭の固い人物であり、我が子の行動に対して手厳しく明香と会う事に対して目を光らせていた。


 見慣れた景色の中、既に陽は西へと傾き始めていた。二人は木の道を歩き続けて行く。時折外出をしていた子供達が「またねー」とか、「ばいばいー」と大きな声をするのが聞こえた。近くでは近所の婦人達の世間話をしている姿も見えた。

 憧れの我が家の近くへと来ると理亜は、自分の家へと向かう道の方角へと進み始め、振り返って手を振る。


 「今日はありがとうね。また明日」


 と、言いながら手を振って新良と別れる。


 「またね」


 新良は手を振って自分の家へと通じる道を進み始める。


 少し歩き始めると「おおーい」と、何処からか声が聞こえる新良は辺りを見渡すと前方の樹の上の長く伸び出た枝に一頭のトビトカゲの姿があった。そのトビトカゲの背には二人の人が乗っている姿があった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

光源郷記 じゅんとく @ay19730514

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ