第5話 高等部卒業前検査

 高等部卒業前検査の当日。


 その朝、雅人からは計画通り、仕上げ用の尻もち攻撃という、彼なりの痛い激励を受けさせられた。

  颯天はやては、ジンジンと痛む 臀部でんぶや尾骶骨を気にしながら、検査会場へと向かった。


 検査自体の所要時間は、数秒しか要しなかった。

 衣服を着たまま、空港のX線検査の要領で、一名ずつ衣類を透過させる装置をくぐり抜けるだけで、瞬時に超sup遺伝子を所持しているかどうかが判定された。


 颯天より前に判定された雅人は、颯天の憶測と周囲の期待通り、超sup遺伝子所持者と判定された。

 雅人に続き、蒙古斑が気になっていた益田と下川も、すんなりと超sup遺伝子所持者と判別され、これで、颯天の仮説は見事に立証された。

 

 そして、問題は、颯天の即席で作った蒙古斑が、超sup遺伝子検査でどう判定されるかという事だった。

 この作戦を知っているのは、颯天と雅人のみ。

 

 自分の将来が、今、この検査を持って決定される。


 少しの罪意識と、それ以上の期待で鼓動の高まりを感じながら、颯天は検査場所を他の生徒達と同様、指示されたように検査の機器を通り抜けた。


「超sup遺伝子所持者です!」


 検査員の言葉が会場内に響いた。

 その瞬間、周囲にいた仲間達や教師達の驚愕の視線が、颯天に集中した。


「えっ、宇佐田が? そりゃあ、何かの間違いでは無いか?」


 日頃から颯天の伸び悩む成績を知っている教師陣は、待った! と言わんばかりに異論を唱え、検査員に再三確認させた。


「間違えなど有りません。彼は、超sup遺伝子所持者です!」


 何度確認しても、颯天の検査結果は超sup遺伝子所持者の判定となった。


「そんなバカな! 機器の故障か、誤反応じゃないのか?」


 教師達も仲間達も、その検査結果を にわかに受け入れる事が出来ずにいた。


「いいえ、正常に機能しております」


 颯天が超sup遺伝子所持者として、雅人や益田や下川達が待機している教室に誘導されてからも、その現場に取り残された教師達は首を傾げたままだった。


 まさか、あの雅人が仕組んだ即席の蒙古斑作戦が、これほどまでにいとも容易く実を結ぶとは思わなかったが、何度も臀部に痛い思いをしてまで青あざを作った甲斐が有ったと、颯天は素直に喜んだ。


 超sup遺伝子所持者は、その教室内に、彼らを含め8名ほどしかいなかった。

 雅人、益田、下川以外の4名は、名前も顔も知らなかった颯天。

 その誰もが、即席の作戦で判定された颯天とは違い、自信に満ちていて、sup遺伝子が開花済みという顔触れのようだった。

 事実、教師達から検査結果を疑問視されていたのは、颯天だけだった。

 

 その教室内に、超sup遺伝子所持者が揃った時点で、彼らは高等部卒業後に進む訓練生としてのスケジュールを教官達から詳しく説明された。

 訓練生となった暁には、寮も移動する旨も伝えられた。

 雅人と同室である寮生活も、残すところ、あと僅かである事を、急に実感させられた颯天。

 

 部屋に戻ると、珍しくヘッドホンで音楽を聴く事もせずに、今かと颯天の帰りを待ち構えていた雅人。


「颯天、超sup遺伝子所持者判定、おめでとう!」


「ありがとう! 雅人も、おめでとう! 僕が通ったのは、雅人のおかげだよ!」


「いや、颯天の観察眼のおかげで、蒙古斑に気付いたからだよ! 訓練生になってからも、よろしくな、颯天!」


 雅人の両手には、隠してあったらしい赤ワインのボトルと、ワイングラス2つが握られていた。


「雅人、そのワイン、どうしたんだ?」


「成人のお祝いで、親から送ってもらっていた。卒業前検査か卒業の時にでも、友達と一緒に飲めって、グラス付きでね」


 颯天も雅人も数か月前に成人である18歳を迎えていたが、学生寮はアルコール厳禁とされている為、まだアルコールを一切口にした事は無かった。


「さすがは雅人の親御さんだけあって、よく気が利くな~! 初めて飲むお酒が、ワインなんて、 洒落しゃれてるよな、僕ら!」


「初のルール違反は、共犯ってオマケ付きだけどな。まあ、今日という日は、それくらいの価値が十分に有る日だから!」


 ワインオープナーを使用したのは初めてのはずだが、慣れた手付きでスムーズに開栓出来た雅人。


「器用だな~、雅人は」


「この時の為に、何度か動画見て、研究していたんだ。初めてのワインに、コルクがグチャグチャになって入ったら、悲惨だろ!」


「雅人の影の努力のおかげで、初めてのワインが、コルクだらけのワインにならなくて良かったよ」


 その赤ワインをトクトクと音を立てながら、ゆっくりと2つのグラスに注いだ雅人。


「どれくらい注いでいいのか、よく分からんが、こんなもんか? 乾杯!」


「乾杯!」

 

 大きな赤ワイングラスの半分くらいまで注いであったワインをあたかもソフトドリンクのような感覚で、一気に喉に流し込んだ2人。

 次の瞬間、2人とも当然、 むせて咳き込んだ。


「なんか、お酒って、思ってたよりずっと苦しい飲み物だな~!  むせて味が分かんね~」


「大人の飲み物なんて、こんな感じなのかもな? 僕らには、こんなワイングラスを傾けて背伸びするは、まだ難しいのかも」


 まだしばらくの間、咳き込みながら、2人で愉快そうに笑い、ボトルに残っていたワインも全てグラスに注ぎ飲んだ。

 今後待ち受けている日々は、颯天にとっては苦痛の連続となるのだが、そんな先の事などは、まだ想像もおよばなかった。

 地球防衛隊へ大きな一歩を前進出来た事が嬉し過ぎて、祝ってくれる雅人の心遣いが有り難くて、ただ酔い痴れていた。 

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