第6話 訓練生生活

 訓練生生活が開始した時点で、颯天はやてと同期の大和隊訓練生達は、検査時と同様、誰も棄権する事も無く8名揃っていた。


 訓練生の制服は、地球防衛隊の制服と形状は同じだが、ラインが若草色という点だけが異なっていた。

 白地に若草色という、新人らしい爽やかな印象の制服で、試着した時から、颯天はもう地球防衛隊の制服を着たような気分になり、雅人と共にはしゃぎながら、鏡の前でポーズを決めていた。

 自分が着衣した状態は見慣れないせいか、照れ臭い感じしかなかった颯天だったが、雅人の制服姿は、一人前の地球防衛隊のようにも見え、既に様になっていた。

 

 訓練生達の寮は、4.5畳一間ほどで狭いものの、学生時とは違い、一人部屋を与えられた。

 雅人とはルームメイトではなくなったが、訓練生となってからも2人の仲は相変わらず良好で、双方の部屋を行き来していたり、学生時代には考えられなかったが、今では共に大浴場へ向かう事も多かった。


 そんな時でも、雅人は高校生時と同様に、蒙古斑が知れ渡るのを避け、カラスの行水の癖が抜けていなかった。

 一方、颯天は訓練生になった今でも、他の有能な訓練生達のボディチェックをしているせいで、雅人よりかなり長湯となり、行きは一緒でも、帰りは別々になっていた。


 常に高評価の雅人と、今だに超sup遺伝子所持者という事を疑問視されている低評価者の颯天とのコンビは、教官からも仲間からも異様に見えているようだった。


 そんな実力の差こそ有れ、気心知れた2人は、周りの視線など全く気にする事無く、空いている時間には飲みながら語り合う事も多かった。


 主に2人の話題は、お互いの教習中の様子や、まだ目にしていない地球防衛隊の憶測、憧れのポスターの大和撫子隊以外の女性の話題も上るようになっていた。

 というのも、訓練生用の宿舎は男性と女性用に分かれているが、訓練は男女合同で行われるようになったからだった。

 彼らは12年ぶりに異性と合流する事になり、誰もが緊張気味だった。


 大和撫子隊に入隊する予定の候補生女子は2名のみだったが、そのうちの1名は、益田や下川同様、最近になってsup遺伝子が開花し出して、男性顔負けの運動能力と学力を誇り、ポスト輪野田わのだ季代きよとも呼ばれている、浅谷あさたに千加子ちかこだった。


 そして、もう1人の女性訓練生は、颯天と同様、超sup遺伝子所持者と判明されたものの、まだsup遺伝子の能力すら開花待ちの幕居まくい寧子ねいこだった。

 女性にしては強面こわもての千加子に対し、寧子は大和撫子隊の広告塔である新見にいみ透子とうこにも匹敵しそうなアイドル性の高い容姿をしていて、同期や先輩訓練生の男性達からも人気が高い。


 その寧子の実力が開花していないにも関わらず、紅一点のようしに男性陣からチヤホヤされている様子に、同じ女性訓練生である千加子は不満を感じていた。

 一緒に訓練している、颯天や雅人にも、そのピリピリと張り詰めた千加子の感情が痛いほど伝わっていた。

 寧子自身も、そんな千加子の視線を感じ、取り巻く男性達に躊躇ためらっていたが、その中には先輩も含まれているゆえ、邪険にも出来ずにいた。


 トレーニングの時、雅人以外の男性の訓練生達は、sup遺伝子すら開花していない颯天を見下し、球技などはわざと颯天に集中攻撃をし、颯天は頭部がボコボコに負傷する事も多かった。

 同じ空間でトレーニングしている寧子は、立場上は颯天と同様なはずだが、その容姿ゆえに優遇され、男性訓練生からもれ物に触るような扱いをされていたせいか、千加子だけではなく、颯天に対しても後ろめたい気持ちが有った。


 訓練生生活が始まって間もない有る日、颯天が居残りトレーニング中、寧子がタオルを持って近付いて来た。


「熱心ね、宇佐田君。お疲れ様~」


 その顔立ちの愛らしさに似合う、甘く高めの声でタオルを渡した寧子。


「ありがとう、幕居さん。少しでも、周りに追い付きたいから、こうでもしてないと、自分が許せなくなるんだ」


「偉いわね、宇佐田君は。私なんて、同期の浅谷さんとレベルが違い過ぎて、もう敵いっこ無いって分かっているから、努力しても無駄にしか感じられなくて……」


 愚痴るような口調の寧子。


「確かに……浅谷さんは、僕はモチロンだけど、sup遺伝子開花している男性訓練生でも敵わないくらいだからね」


「よりによって、たった1人の同期の女性が、あんなスーパーウーマンなんて! 私、ホント、ついてな~い!」


 颯天の同情を買いたい様子で、大袈裟にボヤいた寧子。


「うん、幕居さんの気持ちも分かるよ。僕もずっと、そんな気持ちばっか感じて来たから」


 今も感じ続けている劣等感をいつになったら克服できるのだろうと、疑問に感じずにいられない颯天。


「宇佐田君、考えた事って無い? このままずっと、私達、sup遺伝子が開花出来ないまま4年経ってしまったら、どうなるのかなって?」


 超sup遺伝子を所持していたとしても、4年後、大学からのsup遺伝子開花組が訓練生になって現れた時がタイムリミットだった。

 sup遺伝子開花組の実力に劣るような訓練生達は、この施設内では、存在を認められなくなる。

 それでも、sup遺伝子開花組は、地球防衛隊には所属出来ないが、予備隊員として、施設内外での部署で、些細な争い事などに対応する事になる。

 が、それ以下の能力の者達は、足手まといとなり、この地を追われ、一般人として生きていく事になる。


 能力が開花しないまま、取り残されてゆく4年後を颯天は想像したくなかった。


 元々、超sup遺伝子所持者ではなく、偽の蒙古斑によって、訓練生に加えられる機会を有しただけなのだから、sup遺伝子すら開花しない4年後を迎えるという事は、可能性が大いに有った。

 ただ、その予め決まっていそうな未来を何とか自分の努力で変える事が出来るかも知れないという、僅かながらの可能性を颯天は信じたかった。


「僕は……開花しない未来なんて信じたくない!」


「でも、現実的に考えてみて、宇佐田君。今、この時点で、開花してないのは、私とあなただけなの!」


 今までに無く、強い語気の寧子。


「言われなくても、よく分かっているよ、そんな事くらい……」


「もしもよ、私達、2人で開花しないままだったら、開花しなかった者同士で、普通の世の中に戻って、結婚しない?」


 まだ知り合って間もない時点であるにも関わらず、寧子からの突然のプロポーズに、動揺を抑え切れない颯天。


「幕居さん、結婚とかって……!? そんな大事な事をこんなに簡単に決めていいの?」


「だって、私達は同じ傷を負った者同士なんだから、ここで、とんとん拍子に昇進している人達なんかより、ずっと気が合うはずよ」


 そう言われて、改めて、寧子の顔を見た颯天。

 颯天の好み的には、やはり透子だが、寧子も愛らしさの面では引けを取らない。

 そんな寧子に言い寄られて、ドキドキせずにはいられない颯天。


「そうかも知れないけど……やっぱり、僕は、今は、そういう事は考えられなくて、取り合えず、僕に出来る事をやり続けるしかないって思っているから」


 寧子の申し出を断るのは、もったいなく感じられたが、色恋沙汰で自分の長年の夢を断念するなどという事は、決して許せなかった颯天。


「そう……でも、私の気持ち忘れないでね。夢が破れた時も、私がいる事を思い出して!」


 それだけ言い終えると、まだトレーニングを止める様子の無い颯天から去った寧子。

 寧子から渡されたタオルで汗を拭きながら、そんな彼女の後ろ姿を見送った颯天。

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