第4話 その仮説を証明させようと......

 長湯し過ぎてのぼせ、フラフラな状態で部屋に戻った颯天はやて

 

「いつにも増して長湯だったな、颯天」


 足取りが覚束おぼつかない颯天を見て、声をかけずにいられなかった雅人まさと


「今日は、面白い事に気付いたから、つい長くなってしまった」


「面白い事……?」


 尋ねられたが、あくまでも憶測でしかない話を雅人にして良いものか、戸惑っている颯天。


「うん。でも、まだ確証は無いから……」


「そうか。今、風呂場は、混んでいたか?」


 たまに雅人が、大浴場の混み具合を尋ねて来る。

 尋ねはするが、颯天がどう答えようと、その時間に雅人は布団の上から動いた試しなど無かった。


「いつも通りかな。わりと混んでいたよ」


 混み具合を答えつつ、雅人がいつでも、大浴場の利用時間ギリギリの深夜にしか入浴しない事が、ずっと気になっていた颯天。


「雅人は、まだお風呂行かないのか?」


 颯天が使用するような時間に、雅人が入浴しないと思いながらも尋ねた。


「風呂場が混んでいるのは苦手なんだよ。落ち付かないからな。もっと後から行く事にするよ」


 ふと、sup遺伝子開花し出した益田や下川の蒙古斑の件を思い出し、雅人の尾骶骨辺りにも、蒙古斑が有るのか気になって仕方が無い颯天。


「あのさ、かなり言い難いんだけどさ……雅人、頼みが有るんだけど……」


「なんか、その言い方って、良からぬ雰囲気の話という気しかしない。俺は断るから、わざわざ言わなくていいよ」


 話し難そうにしている颯天の様子から、あまり賛同出来兼ねないような内容を察し、即答した雅人。


「いや、別にそこまで悪い事ではないんだ。ただ、ちょっと気になる事が有ったから、雅人にも確認しておきたいだけで……」


「確認って、何を……?」


「その、つまり、お尻を見せてもらいたいんだ」


「……」


 颯天の唐突な申し出に、耳を疑い、絶句した雅人。


「何を言い出すかと思ったら! 勘弁してくれよ~! 俺は、全くそんな趣味は無いからな! さっきの話で、颯天を勘違いさせてしまったのかも知れないが、誤解させて悪かった!」


 先刻、尊敬していると言った事により、颯天に気が有ると誤解したのかも知れないと、雅人は勘繰った。


「それこそ誤解だよ~! 僕の方だって、まさか、そんなつもりは全く無いからさ! 安心してくれよ、雅人! 僕が知りたいのは、雅人のお尻に蒙古斑が有るかどうかって事だけなんだ!」


 雅人の勘違いをすぐに正そうとして、焦った颯天。


「蒙古斑……」


 ビクッとなり、急に青ざめた雅人。


「知ってるよな? ほら、赤ちゃんのお尻に有って、成長と共に消えてしまうような青あざの事だけど」


 雅人に限って知らないわけが無いと思いつつ、一応、説明した颯天。


「いや、蒙古斑が何かくらい、俺だって知っているが……俺のケツに、蒙古斑って。どうして、お前がその事を知っているんだ? 今まで、俺は、わざと誰もいない時間帯を狙って、風呂に入りに行って、カラスの行水状態で、毎回すぐ戻って来ているのに!」


 顔を真っ赤にさせ焦りながら言い訳している雅人の様子で、やはり彼にも蒙古斑が有る事が判明した。


 今まで、颯天が雅人の姿を大浴場で見かけた事が無く、ずっと恥ずかしがり屋なのだと思っていたが、雅人は、蒙古斑を気にして、わざと深夜の誰も利用しない時刻まで待って入浴していたのだった。


「やっぱり、雅人にも有ったのか……これで、僕の推測が、かなり実証されたかも知れない!」


「何だよ~? さっきから、1人で納得して」


 まだ蒙古斑の件を引き摺っている雅人は、顔を赤らめたままだった。


「実は、さっき、この目で確かめたんだけど、益田や下川のお尻にも、蒙古斑がクッキリと残っていたんだ!」


 随分と長湯だったと思ったら、颯天が仲間達のお尻しか見て無い事に呆れた雅人。


「お前さ~、そんな男のケツばっか、風呂場で見てるんじゃね~よ! ホントに、そっち系の人間かと疑われるぞ!」


「だから、違うんだって、雅人、聞いてくれよ! 益田と下川といえば、最近、sup遺伝子が開花したようで、メキメキと運動能力や学力アップしていただろう?」


「あっ、そういう事か! なるほど~! 伊達だてに、長風呂してないな~、颯天! スゴイ事に気付いたじゃん!」


 やっと、言いたかったところが、雅人に伝わり、男色疑惑から解放され安心した颯天。


「これで、もしかしたら、卒業前の検査で、益田と下川と雅人が、超sup遺伝子所持者と判別される可能性が出来たって事なんだよ」


「なるほど、超sup遺伝子所持者というのは、この年になっても消えない蒙古斑の持ち主かも知れないのか。俺は、ずっと、このいつまで経っても消えてくれない蒙古斑がずっとコンプレックスで、わざと人目を避けて風呂に入ってたりしていたが……これは、コンプレックスどころか、かなりの勲章ものだったって事なのか!」


 一転して、急に明るい表情になる雅人。


 今やライバル的立ち位置となっている益田や下川に、追い抜かされるかも知れないという恐れから解き放たれ、超sup遺伝子所持者の判定さえも、既にパス出来たも同然の穏やかな心境になっているのだろうと、颯天には羨ましく思われた。


 先刻、焦燥感を暴露した雅人により、颯天はもう彼を妬ましく思うような事はしないでおこうと誓ったばかりだったが、そんな歓喜に酔い痴れている雅人を目のあたりにすると、また嫉妬心が芽生えずにはいられなかった。


(こんな風に尚更、自分が惨めになるような事なんて、わざわざ雅人に伝える必要は無かったのかも知れない。それでも、まあ、雅人が人知れず抱えていた悩みが、1つ2つ解決したなら、僕としては悔しいけど、これで良かったんだよな!)


 自分の仮設が実証されつつある事で、sup遺伝子が目覚めもせず、蒙古斑など無い颯天には、何一つ有利になどならなかったが、今まで颯天に向けられた試しがなかったような、屈託の無い雅人の笑顔を見ているのは、颯天にとって嬉しくも感じられた。


「そうだと分かったら、これからすべき対策はたった1つだな! 分かっているよな、颯天!」


 そう言って、目を輝かせる雅人を他人事のように見ていたが、次の瞬間、座ろうとしていた椅子をサッと雅人に奪われた颯天。


「痛たたた……雅人、何するんだよ!」


 思いっきり尻餅をついて、臀部でんぶを両手で押さえた颯天。


「決まっているだろ! もちろん、颯天の蒙古斑作りだ!」


「えっ、こんなんで蒙古斑なんて出来るか?」


 疑わしく思いながら、部屋に1つしかないスタンドミラーにお尻を映すと、見事に尾骶骨の部分に痛々しいほどの青あざが出来ていた。


「おっ、上手くいったな!」


 自身により、颯天の臀部に形成された青あざを見た雅人。


「これで、颯天も超sup遺伝子所持者の仲間入りだな!」


「こんな事くらいで、そう上手く誤魔化せるものなのか?」


「青あざが薄れたら、またいつでも、椅子を奪ってやるから言ってくれよ」


 愉快そうに笑っている雅人。


「いや、もうあの痛みはごめんだ。でも、地球防衛隊になる為なら仕方ないか......」


 ズボンを上げてから、即席の蒙古斑作りで痛かった部分を撫でる颯天。

 そう容易く物事が運ぶわけがないと疑いつつも、やはり、地球防衛隊への夢を捨て切れないでいた颯天にとって、雅人の策略は有り難かった。

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