第3話 憶測の域で......

  颯天はやてにとっての大きな転機は、2年後、高等部3年生に進級し、しばらく経過してから訪れた。


 まだsup遺伝子が目覚める徴候の全く見られない颯天と、上手くsup遺伝子を生かせている雅人との差は、広がる一方だった。

 その間に、同級生達の中にも、雅人には及ばずとも、今までに無く高い運動能力や言語能力を発揮する者達が少しずつ現れ出した。

 そういう学友達を目にする度、颯天の中では、更なる劣等感が湧き上がって行った。


 一向に報われず自暴自棄になりそうな気持ちのまま、それでも、一人で居残りトレーニングや、学習内容の復習も地道に続けていた颯天。

 にも関わらず、努力してないように見えるsup遺伝子覚醒者達との格差は、自身が情けなくなるほど広がっていった。

 

 放課後の居残りトレーニングを終え、部屋に戻ると、ルームメイトの雅人は相変わらず、ヘッドホンをして歌を歌っていた。

 その歌声がわりと大きく、颯天が戻った事にも気付かないほどだった。

 そんな雅人の悩み一つ無く、順調に地球防衛隊への道をまっしぐらに歩んでいる様子が鼻につく颯天は、ドアをバンとわざと大きな音を立てて閉めた。


「あっ、颯天! 帰っていたのか、お帰り~!」


 ヘッドホンを外し、歌っていた時のまま明るい声の雅人。


「ただいま!」


 雅人とは対照的に、仏頂面の颯天。


「もうすぐ、卒業前検査だろう、最近はどうだ?」


 ルームメイトとして心配し、颯天のsup遺伝子の覚醒具合を尋ねた雅人。


「どうって? いつも通り、何も変化無しだよ!」


 度々、雅人からそう尋ねられるのも、正直ウンザリだった。

 卒業前検査を目前に控え、自分のこの焦る気持ちなど、順風満帆な雅人には理解出来るわけがないと思えた颯天。


「そうか……まあ、その後は4年後、大学の卒業前検査も有る事だし。そう焦るなよ、颯天!」


 励ましているつもりの雅人の言葉が、尚更、癇に障る颯天。


 sup遺伝子所持者以外の通常の社会においては、大卒はエリート扱いだが、この隔離されたsup遺伝子覚醒を促す施設内では、扱いがまるで逆だった。

 高卒までにsup遺伝子を覚醒させ、更に超sup遺伝子を所持している事が判明された者の方が、先手必勝の ことわりの如く、そうでない者達よりも遥かに優遇視され、その後のエリート待遇を保障されたも同然となる。


 大学の卒業前検査で超sup遺伝子所持を判明されたところで、高校の卒業前検査で判別済みだった超sup遺伝子所持者達からは見下され、後から入って来た覚醒済みの後輩達よりも、下っ端の位置付けのまま一生を終える事も多かった。


 そして、超sup遺伝子はおろか、sup遺伝子すら開花せず大学を卒業した者達は、もっと悲惨な運命が待っている。

 憧れに手が届かないまま、パスポートが失効した状態となり、泣く泣くこの敷地を後にする選択肢しか無かった。

 中等部以来、周囲とは全く違うカリキュラムで隔離されていた者達は、地元に戻ったところで、その地での生活力に欠け、浮いた状態になる事だろう。


「お前はいいよな! 僕と違って、高等部に入った時から、何も心配する事なんか無かったんだから!」


 ルームメイトとなった時点から、雅人は既に颯天よりずっと優位に立っていたが、これからは、ますます縮められない差を見せつけられる事を予測している颯天。


「颯天、俺が、そんなに暢気に構えてると思っているのか? 自分にとって都合の良い状態が続いていたからって、何の根拠も無いのに、ずっと教師も仲間達からは、俺が超sup遺伝子所持者だって期待され続けている! その期待が、俺にとって、どんなにプレッシャーになっているか分かってくれるか? もしかしたら、今までは、たまたまsup遺伝子が優位に動いてくれていただけだったかも知れないって、俺はいつだって心配しているんだ! 本物の超sup遺伝子を持っていて、もっとsup遺伝子を上手く操れる奴らが現れたら、俺なんか 一溜ひとたまりも無いんじゃないかって、いつだって、すごく不安になっているんだ! そんな綱渡りのようなヒヤヒヤの現実から逃げられる唯一の手段が、俺にとって音楽なんだよ!」


 そんな心の叫びのような声が、まさか、誰からも優秀な生徒と認められている雅人の口から発せられるとは、思いもよらなかった颯天。

 自分と違い多才で、努力無しに沢山の技量を余裕で習得済みと思っていた雅人が、これほど自分とは無縁そうな不安に追い詰められていたとは、にわかには信じ難かった。


「こんなに優秀で、仲間達からも羨ましがられている雅人が、そういう事で悩んでいたなんて……」


「俺も悩んでいるが、多分、お前はもっと悩んで努力しているから……悪いけど、お前の姿を見ていると、何だか安心出来た」


 その雅人の言葉に、自身が侮られている事を改めて認識させられた颯天。


「雅人~! 何もそこまで、僕を見下さなくても」


「いや、別に見下しているわけではないんだ。なかなか成果が現れなくても頑張っている颯天に、かなり勇気付けられているし、ある意味、尊敬している!」


 嫌味の無い笑顔で言われると、颯天の仏頂面もやっと解れてきた。


「尊敬って……まさかだろう? 雅人が、僕なんかを」


 嬉しい反面、とても信じられない様子の颯天。


「俺が、こんな弱気なところを さらしたのは、颯天、お前だけだからな! 悩んでいるのは、お前だけじゃないって事、ちゃんと分かっておいてくれよ!」


 sup遺伝子を有効利用し、周囲の羨望を集めている雅人にも、超sup遺伝子を所持していなかった場合の不安や、後からsup遺伝子を駆使できるようになった仲間達に、追い抜かされる事への不安が常に有った。


 いつも暢気に音楽を聴いて楽しんでいたとばかり思っていた雅人が、不安を遠ざける為の手段として音楽を用いていた事や、颯天の努力する様子が彼を勇気付けていた事を知ってからは、颯天はもう雅人に対し、今までのように線引きするのは止める事にした。


 どんなに優れた能力を現時点で発揮出来ているとはいえ、雅人も同じ高3の悩める男子だと分かった。

 その悩みの内容が、颯天の理解を超えていたが、それでも、彼の苦悩を認め、能力を開花出来ない自分が、雅人に対し無意味な八つ当たりする事だけは、二度としないと誓った。


 三年近く同室で過ごして、やっと雅人の事が少し分かったような気がして、スッキリとした気持ちで大浴場に向かった颯天。

 いつものように、髪や身体を洗ってから、湯船にゆったりと浸かっていた。


 すると、最近、sup能力を覚醒したらしい 益田ました 知道ともみちが、颯天からは丁度良く視界に入る位置のシャワーを使い出した。

 いつものように、つい、益田の身体に目が奪われる颯天。


(雅人が恐れている1人が、この益田だろうな。確かに、こんなガタイの良い同級生なんて目にしたら、僕だってビビる! 僕なんかが、どんなにトレーニングしても、この筋肉量には追い付けなさそうだし……)


 雅人に負けない運動能力を持っていると言われる益田。

 彼の全身に渡って理想的に付いている筋肉をまじまじと見入った。

 その時、ふと、益田の尾骶骨の辺りの気になるものに目が行った。

 

(この青あざは、よく赤ちゃんの時に、お尻に出来ているやつ。 蒙古斑もうこはんだっけ? こんな年になっても、まだ残っているなんて、珍しい……)


 全身筋肉のような益田の尾骶骨辺りに、青々とした10㎝ほどの蒙古斑が有るという違和感に、ふと笑いが込み上げて来そうになった颯天。

 すると、颯天の視線と表情を感じ、物言いたげに睨み付けてきた益田。

 慌てて、視線を天井に逸らし、眠そうにアクビをするふりをして、益田には関心無さそうな素振りをしてみせた颯天。 


 その少し後、入れ替わるように、益田と同様、最近になって、sup遺伝子が開花したと言われる 下川しもかわ ひとしが、益田が使用していたシャワーの場所にやって来た。

 やはり、颯天は好奇心旺盛な様子で、彼の身体付きをチェックしていた。


(スゴイな~、今日は快挙だ! こんな今、注目株の2人が、丁度いい場所を陣取って身体を洗いに来たんだから!)


 トレーニングで疲れてはいたが、彼らの体形を観察するという日頃の癖からは抜けられない颯天。

 視線を上から徐々に下に落として行くと、また、尾骶骨の辺りで、颯天は視線を止められずにいられなかった。


(下川にも、やっぱり、同じような場所に、蒙古斑が残っている! こんな偶然って、有るだろうか? たまたまsup遺伝子に目覚めている2人が揃いも揃って、形は違えど、同じ場所に蒙古斑が残っているとは! そもそも、この年で蒙古斑が残っている自体、すごく まれなはずなのに、それが、噂のこの屈強な2人共、お尻に有るっていうのは……)


 颯天が、下川の尾骶骨をじっと凝視していると、さすがに下川も颯天の視線に気付き、 怪訝けげんそうな目付きで見返してきた。

 慌てて、先刻と同様、天井を向いてアクビをする仕草をした颯天。

 下川も、それ以上は颯天の方を見なかった。 

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