第35話 大商人ジョバンニ
王都ローエングリンの大商人エルヴィラ・ジョヴァンニは、美味しい水と豊富に揃えた茶葉で財を成した女性である。
彼女は今や茶の女神と呼ばれる存在で、上流階級のみならず庶民からの人気も高い。
何故なら、高級品だった茶の値段を下げ庶民でも手が届くようにしたのがエルヴィラだからだ。
彼女が成功したきっかけは十三年前。
夫のドン・ジョヴァンニが愛人の家で腹上死してからである。
以後、彼女が店主となり店を取り仕切った。
ろくでもない夫と違い働き者のエルヴィラはメキメキ頭角を現していく。
元々、ジョヴァンニ家は茶葉の店。
この国の茶葉農家と深い繋がりがあり、外国からもツテを使い珍しい茶葉を輸入していた。
貴族や聖職者などのお得意さんもいて経営は順調だった。
戦争が始まるまでは……
知り合いの武器商人や金貸しはかなり儲けたらしいが、茶葉商人には関係のない話。
戦争は深い爪痕をジョヴァンニ家に残す。
外国からの輸入に陰りが生じ、不景気からお得意さんの貴族や聖職者の財布の紐も硬くなった。
そして、突然の夫の死。
エルヴィラは悩んだ。
生まれたばかりの一人娘アンナのためにも商売は続けたい。
でも、戦争の終わりは見えず、客足は遠のくばかり。
この世界の主流は紅茶だ。
外国には独特の香りが楽しめる烏龍茶という茶もある。
ジョヴァンニ家ではどちらも主力として扱っていた人気商品。
だが、これらは高い。
茶葉を発酵させるには時間もかかり、技術もかなり難しいのだ。
足元を見た職人達への報酬もバカにならない。
緑茶であればすぐ手にはいるのに……
実は知る人は少ないが紅茶も烏龍茶も緑茶も元々は同じ茶葉。
発酵の度合いや製造過程が異なるだけ。
製造が簡単な緑茶が売れれば良いのだがまるでダメ。
不味いのだ。
苦味が強すぎて飲めたものではない。
同じ水を使ってるのにおかしな話だ。
でも、これが世界の常識。
疑う者など誰もいない。
しかし、これに疑問を持ったのがエルヴィラだった。
きっかけは小さな娘を連れて茶葉農家へ取引に行った帰り道。
馬車の中で喉が乾いたと言うアンナに、道中にあった湧き水が出る場所まで行きそれを飲ませたのだ。
普段、王都の水は苦手であまり飲まないのに、この水はグビグヒ飲んで美味しいと言う。
エルヴィラは気付いた。
水という物は同じなようで違いがあるのではと。
彼女はその水を持ち帰り湯にして緑茶の茶葉を入れ飲んでみた。
苦味が少ない!
美味しいのだ。
それ以来、エルヴィラは茶葉と水の相性を調べあげ、安い緑茶を庶民に売り出し人気が出る。
もちろん、茶葉のままで売るのではなく相性のいい水と合わせた状態で出すスタイル。
つまり、この国初の喫茶店。
高級レストランでお茶を出す店はあったが、お茶がメインの店は無かった。
しかも、庶民にも手が出せる値段。
商売は右肩上がり。
気付けば戦争も終わり、王宮前に店を出せるまで成長した。
そんな時、またしても不幸がエルヴィラを襲う。
そう、ダンジョンである!
☆
王宮前喫茶店、ジョヴァンニの地下に出来たダンジョン。
箝口令が敷かれ、エルヴィラや泊まり込み従業員は皆大きな宿屋に押し込まれていた。
話を聞くと生まれたばかりのダンジョンだという。
地下への入り口が現れてすぐ、白騎士隊の英雄トリスタン隊長が潜って行った時はすぐに終わると思っていた。
しかし、帰って来ない。
おかしい。殺されたか?
いや、あの英雄トリスタン様にかぎってそれは無いのでは……
エルヴィラが近所の商人仲間と話し合っていたら、娘のアンナが他の騎士達を連れてやって来た。
「お母さん、騎士様を連れてきたよ」
「おや、アンナ、ご苦労様」
アンナはまだ十三歳なのに目端が利く子に育った。
連れてきたのはクルヴェナル小隊長。トリスタン騎士隊長の側近である。少し早とちりしやすい性格だが男気があると評判な騎士。
剣士としても優秀だと評判もお方。
エルヴィラは事情を説明して彼らをダンジョンに送り出した。
そしたら、また帰って来ないのだ。
いい加減、王宮に訴えるかと相談してた頃、トリスタン隊長が戻ってきた。
彼曰く、ここは非常に貴重なダンジョンである。誰も入ることは許されない。エルヴィラたちはしばらく休業するように。他言無用。
こう言ったあと、彼は王宮へと帰っていった。
一人の派手な服を着た女性を連れて……
何が起きてるのかさっぱり分からない。
でも、これは商売のネタになりそうな予感がする。
根拠はないが、緑茶に合う湧き水を見つけた時と同じ感じがするのだ。
そこでエルヴィラはアンナを送り込む事にした。
大人は警戒されても子供には気も弛むだろう。
それに彼女は物怖じしない性格で愛想もいい、
きっとなにか掴んでくる。
そんなことを考えていたエルヴィラの元に驚きの手土産を持って娘が帰ってきた。
「お母さん、コーヒーって飲み物もらってきた! あと、ハンバーガーって食べ物も! それからダンジョンマスターのサインも!」
ジョヴァンニ家が再び商売のネタを掴んだ瞬間だった。
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