第34話 ダンジョン二日目の昼飯

 俺達の婚約発表は延期になりました。

 理由?

 すごく簡単だった。

 上司であるクルヴェナルさんに部下のブランゲーネさんが、こう説得されたからです。


「ブランゲーネよ、お前がアスカ殿に惚れたのは分かる。彼は偉大な力を持つダンジョンマスターでありながら、心優しく気配りのできる人間だ。こんな出会いは滅多にない。俺も応援するよ。ただな、今このダンジョンは微妙な時期だ。王都ローエングリンの王宮前に出来たここは当然危険視される。トリスタン隊長は必ずや陛下を説得し、陛下はアスカ殿の素晴らしさを理解してくれるだろう。それまで、お前はアスカ殿に最も近い場所で護衛する騎士として仕えるのだ。それこそ、夜寝るときもな。婚約発表はこのダンジョンが認可されるその時まで待てんか?」

「……はい、小隊長。私は未来の妻として旦那様の一番近くで仕えます! 婚約発表はその後で構いません」


 うまくいった。

 シスコンのウィリアムズさんも血涙を流し過呼吸を起こしながらも耐えた。


「ひい、ひい、ブランたん……はあ、はあ、ブランたん……ふう、ふう、ブランたん……」


 呼吸がラマーズ法っぽくなってるぞ!

 だ、大丈夫か?

 本当にごめん。

 でも、ブランゲーネさんも一時の気の迷いだと思うから落ち着いてくれウィリアムズさん。

 あ、だいぶ過呼吸がおさまったな。良かったよ。


「あらん、アスカちゃん。大変なのよん。あたしの腹時計が十二時をお知らせしてるわん」


 こっちはぶれないオカマのペトラさん。

 ん、もう昼になった?

 俺はダンジョンの壁に手を当て心の中で願う。

 ダンジョン、時間を教えてくれ! と。

 すると、頭の中に無機質な声が聞こえてくる。


『チ、チ、チ、チーン。ジュウイチジ、ゴジュップン、チョウド、デス』


 これもダンジョン機能だ。

 昨日の夜、ペトラさんとの雑談で教えてもらった。

 でも、壁に時計を付けてくれりゃ良くね?

 すげえ無意味な気がする。


「もう、アスカちゃんったら。正妻の腹時計を信用しないとは、本当に意地悪なオッパイスキーマスターなのねん」


 ハイハイ、妻じゃねえし意地悪でもねえよ。


「あらん、アスカちゃんったらオッパイスキーに突っ込まないのねえ。つまり、自覚はあるわけねえ」


 ぐっ、痛いところをついてくるなあ。

 すると、今度は女騎士さんがこう言ってくる。


「あなた、私のオッパイでしたらいつでもお使いください」


 いやいや、ブランゲーネさんもそのくらいにしてね。後ろでシスコンが泣いてるからさ。

 じゃあ、お昼だし食事にしよう。


「クルヴェナルさん、昼食はどうしましょう? 上の若い騎士さん達は何がいいですかね?」


 そう言うとクルヴェナルさんが頭を横に振る。


「いやいや、きょうの朝までは甘えさせてもらったが、これ以上は申し訳ないよ。我々は白騎士隊から提供される干し肉とビスケットで十分だ」


 なぜかブランゲーネさんをチラチラ見てる。

 これはあれだな。さっきまで、ダンジョンポイント(DP)貯めるのに躍起になってた彼女を気にしてるな。

 でも、多分もう大丈夫でしょ。

 口約束とはいえ、俺と婚約した状態の彼女はこのダンジョンにいる権利を得た事になる。

 ブランゲーネさんはここのトイレさえ使えれば不満は無さそうだから、もうDP貯金に拘りはないはず。


「俺たちを守ってくれる騎士さん達に何もしないなんて、ダンジョンマスターとして恥ずかしいですよ。ここは曲げてお願いします。そう言えば地上に休める場所はあるんですか?」

「ああ、このダンジョンの真上に当たる商店を借り切った。王宮前の大広場は大きな円形でね。その円を囲むように商人達が店を出してるんだが、その一つの商店の下にこのダンジョンが出来たんだ。住人たちは宿に移ってもらって商店は我々で使わせてもらってる。周囲の人間が驚いてるよ。騎士が商売を始めたのかって」

「うわー、それは悪かったですね。商人の方には弁償でもしないといけませんねえ」


 俺がそう言うと小隊長のクルヴェナルさんが笑って言った。


「ワハハ、ダンジョンマスターが弁償など前代未聞ですな。奴らは人間を殺すだけの存在と思ってましたから、アスカ殿の言葉には皆驚くでしょう。でも、ご安心ください。商人達には王宮から支援金が出ると思います。我らが王は庶民にもお優しい御方ゆえに。それに、王宮前に店を構えられるのは名の知れた大商人ばかり。一月二月休んだところでビクともしませんよ」


 それは良かった。

 まあ、日本で言えば東京の一等地で商売するようなもんだしね。

 金は持ってそうだ。


「もし俺が出来ることがあれば言ってくださいね」

「おお、そういう事ならお願いしたい事がある」

「はい、何でしょう?」

「実はこの上にある商人が経営してるのは茶の販売店でしてな。ここより少し離れた場所にある湧き水を汲んできて茶葉と合わせて売ってるらしい。そのままでもウマイ水なのに、茶葉と合わせることで絶品の美味さに早変わり。我々騎士もよく利用してるんだ」

「へえ、お茶ですか? 良いですねえ」


 新情報だ。

 異世界にもお茶がある。

 紅茶かな。緑茶かな。それともマテ茶かな。夢が膨らむねえ。


「それでここからが本題だが……我々騎士はこの商店の者とは顔馴染み。最近、ここの商人の娘が出来立てホヤホヤのダンジョンに興味津々でね。たびたび、我々の所に遊びに来てはダンジョンの事を聞くのだ。特に今日の朝飯にコーヒー牛乳とやらをくれただろ? それを一口飲ませたらもう驚いてね。ここはダンジョンじゃなくて天国だと言って聞かんのだ」


 なるほど、コーヒー牛乳ハマったのね。

 甘くて美味しいよな。

 風呂上がりなんてもう最高。


「良いですよ、クルヴェナルさん。またコーヒー牛乳を出すんでその子にあげてください」

「いや、そうじゃないんだ。実は一目でいいからダンジョンマスターであるアスカ殿を見たいと言っててね。でも、トリスタン隊長の厳命でここは封鎖中。ならばせめてサインでもと頼まれてな。良ければサインをいただけないかだろうか?」


 そう言うと彼はゴワゴワした一枚の紙切れと羽根ペン、それにインクが入っているであろう陶器製の小さな壺を腰につけていた袋から取り出した。

 ほう、サインの習慣があるのか。

 俺は慣れぬ羽根ペンの先をインクに付け紙に名前を書いた。

 もちろん、英語で。

 だって、漢字書きにくいんだもん。


「ありがとう、アスカ殿。あの子も喜ぶよ」

「そうだ、昼食もその子の分も出しますんであげてください。迷惑をかけたお詫びもかねて。あっ、親御さんの分も出しときましょう」

「我々だけじゃなく、見も知らぬ子供と親にまで……本当にアスカ殿には感謝の言葉もない」


 感動されてしまった。

 でも、日本なら賠償金が発生しそうな事案ですけどね。

 人の家の地下に住み着くなんて。

 さて、昼食のメニューは任せられたのでファーストフードにするよ。

 昨日見つけたハンバーガーショップのセットでいいか。


「ダメよう、アスカちゃん。マックじゃなくてマクドよん」


 ペトラさんの横やりが入る。へえ、オカマはマクド派か。

 俺はマック派だけど言いやすい方でいいよね。


「もう、アスカちゃんったら。マクドが標準なのよん!」


 なんだ、そのこだわりは?

 分かった分かった。


「じゃあ、メニューオープン。アイテム召喚。ええっと下の方に……あった日本のレストランコーナー。その中のマック……」

「マクド!」

「……マクドはこれだな。これを押してと。うわっ全部5DPか。あ、でもセットも5DPだ。相変わらず暗黒神は適当だな」

「ちょっとう、暗黒神様への侮辱はダメダメなのよう。たとええ、愛するアスカちゃんでも、お姉さん怒っちゃうわよう。罰としてえ、あたしの足の裏を舐めてもらいますからねえ」

「おい、オッサン。あんたがいつも言ってるダンジョンマスターへの侮辱は良いのかよ?」

「あらん、これは侮辱ではなく愛情表現よん」


 ドヤ顔すんな。

 もういいや。そんなことより選んじゃおう。


「よし、騎士さん達には量が多そうな……あ、夜マックがある」

「夜マクドよん」

「……夜マクドから選ぼう。昼だけど。ええっと倍ビックマックセットでいいか」

「倍ビックマクドセットなのよん」


 こまけえ。そして、言い辛いよ!


「俺たちも夜……マクドでいいか。倍フィレオフィッシュセットだ。あとは食べ盛りな人のためにサイドメミューからサラダとスイートコーン、マック……マクドナゲット、ホットアップルパイを適当に。ああ、ドリンクの種類どうしよう? これも適当でいいか。コーラにファンタ、シェイクにカフェラテ、俺は烏龍茶でいこう。さて、お値段は……めんどくさいから5DPにならないかなっと」


 俺は合計のボタンを押した。

 5DPだった。

 ありがとう、暗黒神。

 おっと、ピンクの魔法陣がテーブルの上に出来て商品が現れた。

 持ち帰り用の紙袋に入ってるな。

 一応確認したが商品はちゃんとあった。

 メニュー画面も確認したが、5DPしか引かれてなかった。


「なあ、ペトラさん」

「なあにい、アスカちゃん?」

「暗黒神って計算得意?」

「暗黒神ガラ様は小さな事に拘らない方よん。計算なんて細かい作業はしたこと無いと思うわあ」


 そうか。

 なんかこう……

 さっきも言ったけど、ありがとうとしか言えねえ。


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