第33話 笑顔の婚約発表
「これはいったい、どういう事ですか?」
ブランゲーネさんが怒ってる。
無理もない、気持ちは分かる。
だって、せっかく貯めたダンジョンポイント(DP)を無駄遣いしようとしたのだから。
俺たちは今『ダンジョンBARペトラ』に戻っている。
元々は椅子とテーブルのある部屋と呼んでいたのだが、ペトラさんの命令でバーカウンターと道具一式を買い揃えた後は『ダンジョンBARペトラ』に改名された。
お値段、驚きの100DP。
トイレより安いけど、これは必需品じゃないからね。
家庭で言えば給料を飲み屋で使い切るダメ親父。
うん、こんなもんにDP使いすぎだよ。
怒るのは当然。
この部屋見た瞬間、ブランゲーネさんが絶句してたもん。
後に付いて来たシスコンのウィリアムズさんは目を輝かせてたけど。
酒好きには最高の部屋だよね。
「聞いてますか、アスカ殿? これはいったいどういう事ですか?」
「は、はい。聞いております。申し訳ないです、はい」
俺たちはちょうど、ペトラさんがダンジョンを使って盗撮した動画を見終わったところ。
凄いねえ、ダンジョン。
壁が映画館みたいなスクリーンに早変わりして動画も映し出せるんだ。
何処にカメラがあるかも分からないのに、ちゃーんと録れてるんだぜ。
もちろん、DPはいらないし早送りや巻き戻しもできる優れもの。
俺の顔も話し声もバッチリ映ってた。
そして、ペトラさんの顔にはモザイク入ってたし、声はボイスチェンジャーで改変されていたよ。
これだけ見たら俺一人が悪者だ。
あはは、俺ダンジョンマスターなのに今正座してます。
「私はアスカ殿が地上にトイレを造ってくれると聞いて本当に嬉しかったんです。それなのに……それなのにアスカ殿は……こんな物に……無駄遣いして……ぐすん」
いや、本当にごめんなさい。
泣かないで。
「何で私を妻にしてくれないんですか? そうすれば私はアスカ殿に心からお仕えできるのに。どうして……私……そんなに魅力……ないですか? ぐすん」
な、なんか話がズレてきたぞ。
いや、ちゃんと地上にダンジョントイレ造るんで落ち着いてね。
ただ、風呂は未遂で、ここのバーはオカマダークエルフの命令で仕方なく召喚したわけでして……
俺には情状酌量の余地はあると主張したい。
言えないけど。
ここは、グッと我慢して受け入れよう。
変に言い訳すれば更なる怒りを買うパターンだ。
「パターン青、使徒です!」
突然の警報。
じゃなくて、ペトラさんの悪のりが始まったよ。
今回はアニメのエヴァン〇リオンゴッコね。
この人、俺の記憶が読めるから時々こういう冗談をぶっこんでくるんだよなあ。
でも、今はまずい。
ちょっと黙っててねペトラさん。
「逃げちゃダメだ」
ほんと、空気読もうな。
これ、俺達にしか分からないやり取りだから。
見ろ、ブランゲーネさんもウィリアムズさんもキョトンとしてる。
あとさ……
何であんたは椅子に座ってカルーアミルク飲んでんの?
俺と一緒に正座しろよ。
「あんたバカァ?」
おい、言い方!
ていうか、どのセリフも怖いくらい似てる。こういうしゃべり方出来るんならいつもやれよなあ。
だいたい、誰がバカだ?
俺はいつだって福祉ダンジョンの事を真面目に考えているダンジョンマスターだぞ。
バカとはなんだ、バカとは!
そういうペトラさんは俺の秘書であり補佐官なんだろ?
こういう時こそフォローしてくれよ。
「大人はさ、ズルイぐらいがちょうどいいんだ」
このクソオカマめ。あんた、ズルすぎなんだよ!
もういい、今は静かに反省してブランゲーネさんの怒りが収まるのを待とう。
「そうやってイジけていたって、何にも楽しいことないよ」
イジけてんじゃねえ、反省してるんだ。
あんたも反省しろ。
俺が今こうなってるのも全部あんたのせいだ!
「あなたは死なないわ……私が守るもの」
守れてねえだろうが?
じゃあ、今守ってくれよ。
ブランゲーネさんの怒りを解いてくれよ。
「奇跡を待つより捨て身の努力よ!」
やっぱ出来ねえんじゃねえか。
俺はもう捨て身の努力をしてる!
むしろ、あんたに努力して欲しいよ。
ん、なにしてんだ……
おい、カルーアミルクのおかわりすんな。
朝から何杯飲んでんだ!
「私には他になにもないもの」
もう、アルコール中毒の領域だな。
「また、二人だけの世界に入ってる。私だってペトラ先輩のようにスキル・読心術が使えたらなあ……そしたら、アスカ殿は私も大切にしてくれるかもしれないのに」
俺達の会話? にブランゲーネさんが入ってきた。
しかし、大切にするって……
俺、オカマ性悪ダークエルフに弄られてるだけなんすけど。
「もちろん、俺はブランゲーネさんを大切に思ってますよ。今後は無駄遣いせず地上にダンジョントイレを造るため頑張ります」
「妻にはしてくださらないのですか?」
いや、それはちょっと……
ブランゲーネさんは可愛くて優しい素敵なお嬢さん。
こんな女性を妻にできるなら最高だけど、後ろのシスコンが怖い顔してますから。
俺はまだ死にたくない。
「モード反転! 裏コード! ザ・ビースト!!」
い、いきなり何だ?
「喜びなさい、ブランゲーネ。たった今エロマスターが、あなたを妻にできるなら最高だと考えました!」
「本当ですか、ペトラ先輩。ああ、夢がかなった。ありがとうございます、アスカ殿。いえ、あなた!」
この腐れダークエルフがまた心読みやがった。
そして、ブランゲーネさんが俺を呼ぶ時の言葉がアスカ殿からまた『あなた』になったよ。
ちょっとくすぐったい気分。
でも、ダメだ。
シスコンウィリアムズさんがゆっくり剣を引き抜いてるぞ。
かといって、ここで断ればまたブランゲーネさんが泣いてしまう。
考えろ、俺。
考えるんだ……
あ、閃いた!
「ええっと、それではですね。コホン。まあ急展開ではありますが、ブランゲーネさんとの結婚を前向きに考えましょう」
「ありがとうございます、あなた。私、これから頑張りますね。洗濯やお掃除は得意です。お料理も努力して必ずや美味しいポトフを作って見せます。夜のお勤めも……初めてですけどイカせてみせますから!」
おおいっ、言い方に気を付けて。
シスコンが再び血の涙を流してるぞ。
早く言わないと。
「ただし、条件があるのです」
ブランゲーネさんが眉をひそめた。
ちょっとムッとしてる?
とにかく、急ごう。
俺はこう続けた。
「実は結婚前にして欲しいことがあるんだ」
「はい、何でしょう?」
ここでオカマの性悪ダークエルフが余計な口を挟む。
「サービス、サービス♪」
まだエヴァンゲ〇オン続いてたのかよ。とにかく黙ってろ。今大事なところだ。
「ああ、婚前交渉ですね。承りました。性的サービスはまだヘタクソと思いますけど、よろしくお願いします」
うおい、ブランゲーネさん全然違う。
俺がまさに誤解を解こうとしたその時だった。
ビュン!
空気を切り裂く音。
その直後。
カンッ!
固いもの同士がぶつかる音がダンジョンに響く。
俺の目の前には、ウィリアムズさんによって降り下ろされた剣の先が地面に少し刺さってた。
アブねえ、これって俺の近くを通ったよね?
全然見えなかった。
Dランク冒険者、半端ねえ。
心臓がドキドキする。
でも、他のみんなは冷静だ。
この程度は異世界では普通の事なんだろうか?
「お兄ちゃんは帰って! これから私と旦那様は婚前交渉で忙しいんだから」
うん、ブランゲーネさん。そんなこと言うのやめようね。ウィリアムズさんが過呼吸になってるから。
「あらん、シスコンちゃんは踏み込み甘いわねえ。あと30センチは必要よん。アスカちゃんの脳天直撃までわあ」
はい、そこの趣味殺人教唆のオカマダークエルフは口を閉じてろ。
「とにかく皆さん落ち着いて。確かにブランゲーネさんと結婚は前向きに考えましょう。ただし、条件があります。それは……」
ここで再び殺人教唆ダークエルフ。
「傷つけられたプライドは、10倍にして返してやるのよ!」
その言葉を聞いた途端、シスコンが復活して剣を構え直した。
やべ、急がねえとマジやべえ!
「そ、それはウィリアムズさんの許可をもらうこと! これは、譲れない、絶対条件ですからね!」
俺の叫びがダンジョンに響く。
おお、ウィリアムズさんが笑った。
泣いた赤鬼が笑ったぞ。
良かった、本当に良かったよ。
一方、ブランゲーネさんが不思議そうな顔。
「あのう、あなた。何で兄の許可が必要なのでしょう?」
あれ、そういう風習があるのではなかったのか。
「いや、そりゃ保護者の同意は必要でしょうよ」
俺の言葉にウィリアムズさんがウンウンと頷いている。
間違ってはないようだ。
「しかし、あなた。私の保護者は父ですが?」
親父さんのこと忘れてた。
ガリガ〇ガリ〇ソンの人だったっけ?
まあ、いいや。
「じゃあ、ブランゲーネさんのお父さんに許可をもらうこと!」
「はい、承りました。これで私たちは晴れて夫婦に……」
あれ、お兄さんがシスコンだからてっきりガ〇ガリガリ〇ソンも娘を溺愛してると思ったんだけど。
俺は恐る恐るウィリアムズさんを見た。
彼は青ざめた顔でこう呟く。
「親父はダメだ……ポトフの一件以来、ブランたんが早く嫁に行かないと……行き遅れになると嘆いてた。だって、あのポトフ……毒みたいなもんだし……だから俺が一生ブランたんの面倒見るって……決めたのに……」
何ですとー?
じゃあ、反対はないのか!
やべえじゃん、俺。
「では先に、地上にいる先輩騎士の皆様には婚約した事を発表しますね! 正式には父の了承待ちという事で。ああ、嬉しい。父も喜んでくれると思います」
いや、ここに一人自殺しそうなシスコンがいますけど。
それに、上にいるクルヴェナルさん達にもう発表すんの?
早すぎだぞ。
出会って二日目で婚約発表とか……
みんなにどんな顔して会えばいいのよ?
「笑えばいいと思うよ」
爽やかな笑顔を浮かべるペトラさんに俺は思わず声に出して突っ込んだよ。
「笑えるか!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます