第30話 ペトラ先輩とブランゲーネ

 ダンジョンにトイレができた時、女騎士ブランゲーネは不思議な気持ちであった。

 彼女はスライムトイレしか知らない。

 生まれてこの方、トイレにはスライムがいた。

 あの気持ち悪いモンスターが……

 大昔、とある勇者が水洗トイレなるものを提案したそうだ。

 彼が転生する前に暮らしていた夢の国ニホンでは、ほとんど全てのトイレがこの水洗だったらしい。

 スライムに頼らないトイレ。本当に素晴らしいことだ。

 勇者は当時の国王を説得し、一時はトイレ革命が起きるかに見えた。

 だが、頓挫する。

 技術的にあまりにも難しいのが理由だ。

 読んで字の如く、水洗トイレは水で洗い流すトイレ。

 まず、大量の水が必要。

 王都では井戸が主流だ。

 霊峰オペラ山に降り積もった雪が地面に染み込み長い時間をかけて麓にある王都ローエングリンまで届き井戸水となる。

 冷たくて大変美味しいと評判の水だが……

 汲み上げるだけで重労働。

 例えば王宮は四階建て。

 トイレだってたくさんある。

 水洗トイレの素晴らしさは分かるが、水を運ぶだけで執事やメイドの仕事が終わってしまうのは如何なものか。

 王に仕える大臣、宮廷魔導師、騎士、そして、貴族たちが侃々諤々の議論を戦わせたと記録にはある。

 勇者は「電動ポンプを使え!」と主張したようだが、当時の大賢者(勇者と同じ転生者)に反対されたという。


「電気は?」


 この一言で終わったそうだ。

 電気とは色んな事に応用できる魔法の力。

 そして、この世界に電気なるものは無い。

 大賢者は「作ればある」と言うが、じゃあ作りましょうと彼の部下でもある宮廷魔導師が訴えるも「それは無理」と言われたのだ。

 何故という質問に「ワシは文系じゃから」の謎の言葉を返されて終了したという。

 大賢者すら作れない物は誰にも作れないと同義語だ。

 他にも、水洗トイレには排便で汚れた水をどうするかも問題。

 勇者は「下水管と下水処理場を作れよ、簡単だろ?」と言ったそうだ。

 しかし、大賢者に「おま、ちょ、いい加減にしろよ? 下水管の材料はどうする? 塩化ビニールとか異世界にはねえそ。コンクリートもねえ。陶器か? 金がいくらあっても足りん。地面に埋設する方法は? パワーショベルすらねえんだぞ! お前、魔法で作れとか言うなよ? 土魔法って大変なんだ。ほんと、これだから厨二病勇者は困る。だいたい、下水処理場ができるくらい技術があれば苦労しねえんだよ」と言われしばらく押し黙ったそうな。


「で、でも、スライムトイレはもう嫌なんだよ! 気持ち悪い。頼む、俺のトイレだけでいいから水洗にしてくれ。ウォシ〇レットにしろなんて贅沢は言わねえから」

「複雑すぎてできねえよ。TOT〇にでも電話しろ」

「じゃあ、スマホくれ」

「ドコ〇に行け」

「俺はKD〇I派だ」

「知るか」


 こうして、トイレ自体の構造も複雑でお手上げの存在。

 スライムのいないトイレは夢のまた夢として伝説となった。

 しかし……

 それが今、目の前にある!

 ブランゲーネは感動していた。

 勇者と同じく彼女はスライムトイレが大嫌い。

 子供の頃、トイレに入って用を足していたら、下からスライムが這い出てきて彼女のお尻に……

 ブランゲーネはそれ以来、このモンスターがトラウマになった。

 でも、このダンジョントイレでは何も心配することなく用を足せる。

 しかも、お尻を洗ってくれるシャワーは温水で超気持ちいい。

 感動して泣いてしまった。

 そして、出した結論はアスカとの結婚。

 ブランゲーネは「騎士も辞めてあなたに尽くしますから!」と詰め寄るも、あっさり断られてしまった。

 悔しい、どうしよう?

 もうダンジョントイレ無しでは生きていけない。

 絶望の思いに気が狂いそうになるブランゲーネ。

 そんな彼女に悪魔の囁きが聞こえてくる。


「人間の女……いや、ブランゲーネちゃあん。あなたがダンジョンマスターの妻になれる方法があるとしたら~、どうするう?」


 アスカの秘書、補佐官でもあるオッサン、もとい、ダークエルフのペトラだった。


「本当に?」

「ええ、もちろんよう。でもう、代償としてこのダンジョンにいる間はあたしの命令に従ってもらうわよう。あとう、正妻はあたしです。あなたは後輩。これでいいわねん?」


 怪しく笑う中年のダークエルフにブランゲーネは言った。


「アスカ殿の元にいられるのなら、なんだってします! よろしくお願いします、ペトラ先輩」

「では、教えましょう」


 こうして、悪魔の取引はなされた。

 ちなみに、ペトラがブランゲーネを引き込んだ理由は、アスカが困りそうで面白いからだ。

 もちろん、彼女はドエスである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る