第29話 犯人はお前だ!

 とりあえずカルーアミルクを出してダークエルフは黙らせたが、少し理解不能な事がある。

 それは、なぜブランゲーネさんがいきなり妻として振る舞うようになったのか?

 昨日の彼女は控え目でおとなしく優しい女性のように思えたのだが……


「ウィリアムズさん、ちょっといいですか」

「あ、ああ。でもブランたんが帰れって……」


 おい、シスコン。弱気になりすぎ。

 とにかく、来てくれ。今、性悪ダークエルフはテーブルのある部屋で飲んでいる。

 俺の妻気取りの女騎士ブランゲーネさんはさっきまで寝ていた天蓋付きのお姫様ベッドがあった部屋で魔法を撃ちまくっている。

 3本ほどMP回復ポーションを渡してあるのでしばらくは大丈夫だろう。

 それ以上は効果が無くなるので時間を開けるらしい。


 ちなみに、ベッドはダンジョンに飲み込んでもらった。

 本当に便利。

 これがダンジョンマスターの力だ。

 当然、取り出しも簡単。

 マジで万能だね。

 それは置いておいて、今はウィリアムズさんに内密の話がある。

 俺はウィリアムズさんが寝ていた部屋に彼を連れて来て質問した。


「ブランゲーネさんがいきなり俺の奥さんみたいに振る舞うようになりましたが……理由があるんですかね?」

「分からん」


 即答だ。

 どうやら、彼も戸惑っているらしい。


「アスカ殿! よもや、俺のブランたんにプロポーズなどしてないだろうな?」


 してねえよ。


「いや、むしろプロポーズされた方です。すぐに断りましたけど」

「だよなあ」


 困ったな。何か勘違いさせるような事したかな?

 こっちの世界にこれをしたら結婚したも同然的な風習あるのかね。

 俺はその点について聞いてみた。


「ああ、そういえばあるな」


 ほう、例えばどんな物が?


「俺たちがいた田舎は男性優位社会でね。プロポーズは必ず女性からさせるんだ」


 へえ、そうなんだ。

 あれ、でも男性優位なのに、それだと女性優位に聞こえますけど?


「選ぶのは女性ですか。モテない男は一生結婚できませんね」


 せめてプロポーズできるチャンスがあれば分からんのに……


「違う違う、結婚相手は親や村の長老たちで決めるのさ。プロポーズはただの儀式。女の方がホレたので結婚してやろうという男のエゴさ」

「なるほど、それは確かに男尊女卑ですね」

「まだ続きがある。女のプロポーズを男はいったん断るんだ。でもせっかく来たんだから食事して泊まって行きなさいと勧める。女は了承し男とは別の部屋で待機するんだ。しばらくして男が寝込んだ頃に女は半裸になって男の寝所に潜り込むのさ。ここまでされたら仕方ない。結婚しようか。とまあ、こんな伝統はあるな」


 おい、馬鹿シスコン。

 ブランゲーネさんがああなったのはお前のせいじゃないか!


「あのねえ、ウィリアムズさん。あなたが許可しなければ良かったんですよ? 半裸のブランゲーネさんが俺のベッドに潜り込む事を」

「いや、だって仮眠したいって。俺のベッドは臭いって言うし……」


 駄目だこのシスコン。分かってねえ。


「これ、嵌められましたね」

「どういう事だ?」


 俺は順を追って説明した。


「まず、ダンジョンのトイレをブランゲーネさんが気に入った事から全てが始まりました。感動した彼女は思わず俺にプロポーズした。ここまでの話は良いですね?」

「あ、ああ。俺も見ていた」

「もちろん、俺は断りましたよ。で、そのあとです。彼女は警備のためこのダンジョンに留まる事になり、俺は皆に夕食をお出ししました」

「ああ、うまい魚フライというご馳走をいただいた。妹はハニートーストだったか」

「そして、徹夜で警備の仕事を頑張った彼女は仮眠を取ろうとする。偶然、トイレに起きたウィリアムズさんに出会う。あなたは自分のベッドを勧めるが臭いからと断られ、じゃあ、どうしよう? ならば俺のいるベッドに行こうとなった」

「あ、ああ。そうだな」

「彼女は子供の頃からの習慣で半裸になってベッドに潜り込む。あなたは俺が妹さんに不埒な事を働かないか見張ってた。そうですね?」


「あ、ああ。そ、そ、そうだった……」


 ようやくウィリアムズさんも気付いたらしい。


「似てますねえ、あなたの田舎の習慣に。まず、女性がプロポーズ。男性は断るも自分の家に女性を泊め食事をふるまう。男性が眠りについたあと、半裸で寝所に忍び込む。こうして周囲に結婚したと認められると」

「……ど、どうしよう?」


 せめてパジャマを着させるべきだったな。

 だいたい、おかしいんだよ。ウィリアムズさん、そんな臭くないし。

 おそらく今夜あたり、この結婚の風習の説明をして責任を取れとでも言ってくるんだろう。

 そこにウィリアムズさんがいると揉めそうだから帰らせたかったんだな。

 シスコンの兄を手玉に取ってる。

 スゴいもんだ。

 でも、この絵を描いたのはブランゲーネさんじゃないな。

 彼女はスライムトイレが嫌いなだけのお嬢さんだ。

 その証拠に、今もブランゲーネさんは地上にダンジョントイレを造るためダンジョンポイント(DP)集めを真面目にやってる。

 もし俺と結婚するのなら、ずっとこのダンジョンにいられるわけで無理する必要はない。

 つまり、この結婚にそこまで期待はしてないのだ。

 それに、彼女がこんな嫌らしい策を巡らせるタイプだとは思えない。

 では、黒幕は誰だ?


「これを企んだ黒幕がいますね」

「だ、誰なんだ!」

「一人しかいないでしょ?」


 性悪で、ドエスで、俺の心を読み、悪巧みの上手い性別不明のダークエルフ。


「あらん、アスカちゃんったら、こんなところで内緒の話? お姉さんも混ぜて欲しいわあ」


 来たよ、犯人が。

 あのなあ、ペトラさん。やっていい事と悪い事があるって知ってるか?

 彼女は俺の思考を読んだのか、ニヤリと笑うと一枚の紙を見せた。


「うふふ、アスカちゃんご存じい? ダンジョンにはねえ、侵入した人間どもを効率的に殺すための映像記録装置があるのよう。そしてえ、それはダンジョンマスターだけでなく補佐官にも権限が与えられているのう」


 嫌な予感しかしねえんだが。


「ジャジャーン! 昨日エッチなアスカちゃんがあ、変身して上半身裸で寝ているあたしのオッパイを触ろうとしている写真でえす!」


 ああ、なるほど。鼻の下を伸ばした俺がペトラさんのオッパイにまさに触れようとしている決定的な瞬間ですね。

 ハハハハ、いやあ……

 すいませんでした!

 寝てたんじゃなかったの?

 今回の事は全て水に流すんで、俺のセクハラも勘弁してください。

 俺は速攻で土下座しましたよ。


「うーん、まあ、夫婦の事だからあ、正妻としてこのくらいのセクハラは許すわあ。ただしい、アスカちゃん特製のカルーアミルクを忘れないでえ」

「ははあ、感謝します」


 ふう、土下座するのも慣れてきたよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る