第21話 泣いた赤鬼
「わ、私で良ければ、そのう……お、お願いします!」
俺とペトラさんがいる部屋の入口で女騎士ブランゲーネさんが頭を下げる。
お辞儀の文化があるんだと感動しつつ、俺は後ろの赤鬼が気になってた。
な、泣いてる!?
赤鬼が泣いてるぞ。
もちろん、泣いてるのはブランゲーネさんの兄であるウィリアムズさん。
あんなに怒ってたのに、妹の一言でここまで感情を変化させるとは……
「あ、いや、うちのオカマ秘書の悪ふざけを本気にしないでくださいね」
俺は慌ててフォローする。
泣いた赤鬼も可哀想だが、ブランゲーネさんがもっと哀れだよ。
性悪ダークエルフが言った大嘘に騙されたんだから。
それもこれもスライム嫌いのせい。可哀想に、そこまで追い詰めらてていたのか……
彼女はこの異世界で一般的なスライムトイレが大嫌い。
そして、俺のダンジョンにできた日本の最新式トイレに惚れ込んでしまった。
俺に結婚を申し込むほどのハマり様。
まだ、諦めてなかったのね。
「いいことう、女騎士ブランゲーネ。正妻は補佐官であるあたしなのよん!」
「はい、私は愛人でかまいません。よろしくお願いします!」
カオスだ。
自称、正妻はそろそろ黙ってくれ。
後ろの泣いた赤鬼が号泣してるぞ。
「はいはい、冗談はそれくらいにして夕飯にしましょう。ブランゲーネさんも毒舌秘書ペトラさんにのせられないで。ウィリアムズさんも大丈夫ですから、心配しないでくださいね」
必死の説得でようやく落ち着いてくれた。
全員が席につく。
やれやれ、やっと食事だよ。
先に食べてた性悪ダークエルフは半分以上食っているが。
気にせず食べよう。
ささ、みんなも食べてね。
「本当に美味しいです! 何ですか、この甘さは? こちらの冷たい物も食べたことのない味ですね。幸せですう」
女騎士のブランゲーネさんが感動してます。
思い詰めた顔から蕩けるような笑顔。
良いね、俺のダンジョンは福祉ダンジョン。みんなの幸せがモットーです。
「やっぱり私はアスカ殿の愛人に……」
「ハ、ハニートースト、美味しいよね!」
ブランゲーネさん。トイレだけじゃなく、食事にもハマったんじゃないだろうな?
赤鬼が怖いから話を振ってみよう。
「ウィリアムズさんの魚フライはどうですか? お口に合えば良いのですが」
さすがに大人なので、ウィリアムズさんは俺の質問に乗ってくれた。
「ああ、良いなこれ。本当に魚料理かと不思議に思う食感だ。サクサクしててウマイ!」
泣いた赤鬼が笑ってくれたよ。
良かった。
え、ダークエルフ?
今はカルーアミルクをグビグビ飲んでいるので話しかけるのは止めときます。
そんなことより、俺も目の前の料理を食べよう。
皆の分を出したあと、自分用の料理をダンジョンポイント(DP)を使って出していたのだ。
何の料理かって?
ふふふ、聞いて驚かないように。
それは、この国で一般的に出回っているメニュー。
料理の名前は『王都ローエングリン名物オーク肉ステーキ』である。
オークだよオーク!
エルフとか女騎士を弄ぶあのオークのことだよね?
スッゲーよ。
俺の思考を読んだオカマダークエルフがドン引きしてるが気にしない。
モンスターを食べるなんて超貴重体験でしょ。
だいたい、俺が異世界でダンジョンマスターになったのは今朝だ。
日本の家で寝て、起きたらここにいたんだよ?
皆に出したハニートーストだろうが魚フライ定食だろうが牛丼だろうが俺にとっては珍しくも何ともない。
それよりもオークステーキだ。
俺は目の前にある皿を見つめた。
あれ、でも変だな? さっき出したばかりなのに湯気がたってない。
「どうしたのん、レイプ大好きアスカちゃん? ひょっとして、オーク肉には裸の女騎士の給仕が欠かせないとかあ? それならあ、愛人になったブランゲーネに命じれば良いと思うわあ。もはや彼女はあたしと同じくエロダンジョンマスター、イシダカイゴ様の愛人なんだからあ」
「違うから! そして、俺の名前は石井アスカだ。ああ、ブランゲーネさん、鎧を脱ごうとしないで! 性悪ダークエルフに騙されないでね。ちょ、ウィリアムズさんも剣を抜かないで! 全部ウソなんですから!」
疲れる。
飯を食うだけなのに……
「俺が思ったのはオーク肉のステーキが冷めてること。他の料理は冷たかったりホカホカだったのにさ」
まさか豚の冷しゃぶ的な料理とか?
俺の疑問に答えてくれたのはブランゲーネさんだ。
「アスカ殿、それは日本の料理ですか?」
「ううん、違うね。これは王都名物だって書いてたよ」
「ならば、それが普通ですね。王都でオーク肉を食べるのは冒険者や若い騎士がほとんどです。彼らは味付けよりも早く腹を満たすことを好むので、たいていのレストランは作り置きしてますから」
「なるほど、だから冷めてるのか。でも、この世界の初料理。さっそく食べてみるよ」
備え付けてあったナイフとフォークでステーキを切り分けいざ実食。
モグモグ、ゴクン。
うん、塩味しかしねえ。
胡椒もねえのか、この国は……
「アスカ殿、お味はどうですか?」
興味津々な顔でブランゲーネさんが聞いてきた。
この場合、どう返答すべきか。
素直に不味いとは言えないしな。
よし、話を反らす系でいってみよう。
「そうだね、歯応えがあって味もシンプル。自分でも作れるかもしれないね。あ、もっと薄く切って『しゃぶしゃぶ』にするのも有りかな」
「しゃぶしゃぶ……ですか? 知らない料理ですね」
おっと、転生勇者や転生賢者は『しゃぶしゃぶ』を伝えなかったらしい。
無理もないか。
異世界に転生した日本人は記憶が曖昧になってるとトリスタンさんも言ってたしな。さて、『しゃぶしゃぶ』をなんて説明しよう。
「しゃぶしゃぶを知らぬとは無知な女騎士ちゃんねえ。ならば、この知性派ダークエルフのあたしが教えてあげるわん!」
「よろしくお願いします、ペトラ先輩」
何であんたが知ってんだよ?
あと、いつの間に先輩後輩の間柄になったの、ブランゲーネさん?
「いいことう。しゃぶしゃぶとは裸の女性にエプロンとミニスカートのみを装着させ、御主人様に接客するプレースタイルよう。こうすると肉が柔らかくなってえ味も向上するの。日本ではごく一般的な食事風景なのよん。特に人気が女騎士。喜びなさいブランゲーネ。あなたは合格なのよう」
「ありがとうございます、ペトラ先輩。ただ、私ミニスカートとエプロンを所持していないのですが」
「さあ、アスカちゃん。今こそDPでミニスカートとエプロンを召喚するのよん! あと、あたしにカルーアミルクのおかわりをお願いするわあ」
うん、それけっこう昔に流行ったというノーパンしゃぶしゃぶな。
一般的でもねえし。
そして、終わったよ。
泣いた赤鬼が椅子から立ち上がり、腰の剣を抜いちゃったからね。
ああ、短い人生だったなあ。
「アスカちゃんは本当に短いのが好きなのねん。おちんちんも短かったし……ぷうっ、くすくす」
おい、巨根オカマ。お前はもう黙ってて!
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