第20話 夕食前のトラブル

 壮絶な光景だ。

 光と闇魔法。

 そして、火魔法の乱舞。


「我が内なるマナよ、百の灯火となって闇を照らせ。ケントゥリア・ルシオラ」

「我が内なるマナよん、黒き闇となりて敵を包みなさあい。ニゲル・ノックス」

「我が内なるマナよ、火の玉となりて敵を燃やせ。イグニス!」


 ウィリアムズさんのホタルの光魔法。

 ペトラさんの闇魔法。

 ブランゲーネさんの火魔法。

 これまでゲームでしか味わえなかった魔法がリアルに見られる。

 いやあ、異世界の醍醐味ですな。

 三人は魔法を撃ってはマジックポイント(MP)回復ポーションを飲み、また、魔法を撃つの繰り返し。

 ダンジョンポイント(DP)も1000を超えました……

 凄い光景でもっと見てたい気もするけど、今日はもう終わりにしません?

 MP回復ポーションも飲み過ぎは良くないって、さっき雑談でペトラさん言ってましたよね?

 それに、ダンジョンの出入口から差し込む光も無くなってきてますよ。

 つまり、夜でしょ。

 そろそろ夕飯を食って寝ません?


「ハアハアハアハア、わ、分かったわあ。アスカちゃんのご親切に甘えましょうかあ。人間たちい、そろそろ夕食にしますわよう!」


 おっと、毒舌ダークエルフのペトラさんが聞き分け良く応じてくれた。何気に疲れてたのかも。


「も、もう少しできます」


 こっちはダンジョントイレに恋した女騎士のブランゲーネさん。

 がんばるねえ。

 でも、少し足が震えてるよ。

 無理は良くない。


「妹よ、急いては事を仕損じると言うぞ」


 おお、シスコンのウィリアムズさんが良いこと言った。

 ていうか、そのことわざ異世界にもあるのね。

 そういや転生した日本人が結構いたみたいだから、そこから伝わったのかな?


「じゃあ、皆さん。イスとテーブルがある部屋に行きましょうか。頑張ってくれたお礼にご馳走しますよ! もちろん、上にいる騎士さん達の分もね」

「それはかたじけない」


 小隊長のクルヴェナルさんが感謝してくれた。

 普通、こういう突発的な護衛任務の時、食事時になると騎士の一人が白騎士隊の詰所まで行って保存食と水が入った陶器の瓶を持ってくるんだそうな。


「保存食は干し肉と味付けしてない固いビスケットですな。これがまずいのなんの……」


 干し肉っていつか食べてみたかったけど、うーん、まずいのか。

 じゃあ、いいや。

 それよりも飯だ飯だ。

 俺はあらかじめダンジョンマスター用メニュー画面からアイテム召喚・食料の項目を覗いていた。

 ありましたよ、日本の料理。

 うん、ファミレスとか牛丼屋とか居酒屋とか、俺が良く行ってた飯屋の料理ばかりだけどね。


「さて、皆さんは食べたい物のリクエストありますか?」

「アスカ殿におまかせするよ」


 クルヴェナル小隊長の言葉に約一名以外は頷いてくれた。

 人数多いから助かりますよ。

 でも、だいたいの方向性を知りたいので好きな食べ物は知っときたいな。

 じゃあ、一番頑張ってたブランゲーネさんから聞こう。


「アスカちゃん、お姉さんはねえ、約束通り梅酒のように甘くて美味しいお酒が飲みたいのよう! あと、お料理はお酒に合うものを選んでちょうだいな」


 あんた、俺の思考が読めるよね?

 だったら、ブランゲーネさんからって分かってて割り込んでるんだよなあ?

 あわてるコジキはもらいが少ないって言うぜ?


「あらん、何のことかしらん?」


 このオカマ性悪ダークエルフはぶれない。

 はいはい、分かりましたよ。


「じゃあ、次はブランゲーネさん。何か食べたい物ありますか?」

「は、はい。あの、一番安い物でお願いします」


 くっ、なんて健気な娘さんなんだ。

 トイレのために貯めたダンジョンポイント(DP)を無駄遣いしたくないんだね。

 どっかのダークエルフに聞かせてやりたい。


「聞いてるわよん。それが何かあ?」


 おい、毒舌秘書よ。そこは恥じ入る場面だろ。


「我が人生に一片の悔い無しよう!」


 頼むから悔いてくれ。

 もういい。ペトラさんは放っておこう。


「ブランゲーネさん。せめて肉とか野菜とか魚とか言ってくれないと選びようが無いんだけど」

「そ、そんなに種類があるのですか?」


 ふむ、どうやらこの異世界では、料理の種類は多くないのかも。


「ブランたん……いや、妹のブランゲーネは甘いものが大好きだ」


 おおっと、シスコンのウィリアムズさんからいい情報。


「じゃあ、甘い食事で選びますね」

「は、はい。お願いします」

「では、ウィリアムズさんはどんな食事が良いですか?」

「うん、魚があるのなら食べたいな。この王都は港町でもあるから魚は多いんだが、前の戦争で物価が上がり今けっこう高いんだ」


 おお、新情報。戦争かあ。


「承知しました。では、クルヴェナルさんはどうでしょう?」

「ああ、私も魚が良いな。上の若い騎士達には干し肉じゃない肉を使った料理を頼めるかな? できれば量の多いものを」


 なるほど、まだ若いからたくさん食べるのね。

 了解しました。


「では、早速、DPと交換しましょう」


 日本の料理はだいたいが5DPだ。

 うーん、適当。

 きっと暗黒神って神様はめんどくさがりなんだろうね。

 俺は簡単で良いけど。


「では、まずペトラさんね」


 後回しにしたら文句言いそうだし。


「さあ、バーテンダーのアスカちゃん。梅酒を超えるお酒を出してえ!」


 誰がバーテンダーだ。


「じゃあ、まずは酒だな。カルーアコーヒーリキュールとミルクのセットがあったからこれにしよう。コップ付きで5DPだからお得だわ。あと、酒が甘いから食事はどうしよう。辛いのがいいかな?」

「ぜひこちらの女騎士ちゃんと同じものを希望するわん!」


 ん?

 ブランゲーネさんと同じものか。

 つまり、甘いものと。

 ダークエルフはオッサンなのに甘味好きやなあ。


「じゃあ、二人分出そう。ハニートーストセットだ」


 俺はテーブルの上に二人分のセットを召喚した。

 以前、喫茶店で食べたやつ。

 食パン1斤を使用し、アイスや生クリームやシロップでコーティングされたド派手なおやつだ。

 夕食にするのはどうかと思うが、甘いもの好きな女性ならイケるんじゃないかな?

 マグカップ入りのコーヒーも付いて5DPです。


「ほほう、これはなかなか」

「うわあ、見たことない料理です。美味しそう」


 うん、見た目の評判は上々だね。

 さあ、他の人たちの分も急ぎで出そう。

 ウィリアムズさんとクルヴェナルさんは魚料理だ。

 いきなり刺身や日本の煮付けは敷居が高そうだからフライにしよう。

 これなんて良いかも。

 白身魚フライ、アジフライ、海老フライが勢ぞろいの海鮮フライセット。

 俺はまたしてもテーブルの上に召喚する。


「おお、これ、魚か?」


「聞いたことがあるぞ。勇者シマンチュ様が好んだ魚料理は黄金色に輝いていたとか。きっとこれではないか?」


 しまんちゅ……沖縄の人かな?

 フライが好きだったんだね、勇者シマンチュさん。

 主食はパン。飲み物は紅茶を選んだけど大丈夫だったかな?


「クルヴェナル小隊長、パンと紅茶も付いてますぜ」

「凄いな。王都の高級レストラン並みの豪華さだ」


 良かった。喜んでくれてる。ちなみにファミレスのメニューです。


「しかし、アスカ殿は日本人なのに米を出さないのは理由があるのかな?」


 クルヴェナルさんの気になる発言。


「ええっ、こっちにもお米あるんですか?」

「はい、昔の転生賢者様が作り上げた水戸小町が人気です」


 茨城県出身の賢者さんか。

 もしかしたら、異世界には納豆があるかも。

 水戸の人なら絶対に食べたくなると思う。

 俺の同期にも水戸出身の納豆マニアがいたんだよなあ。

 思い出すよ。


「なら、上の若い騎士さん達には米と肉の料理で良いでしょうか?」

「ええ、きっと喜びます」


 さて、米と肉ときたら牛丼だろうね。

 お、スタミナ超特盛牛丼があった。これにしよう。

 サイドメニューの豚汁とポテトサラダも付けとこう。

 あれ、飲み物は緑茶と黒烏龍茶しかねえ。

 うーん、緑茶にしとくか。

 日本文化が結構浸透してるみたいだし。


「では、出しますね」


 俺はスタミナ超特盛牛丼のセットをテーブルの上に召喚した。

 ちゃんとお盆まで付いてるから持ち運びに便利だ。


「おお、これって勇者リンゴの好物だったやつじゃね?」


 ウィリアムズさんが興奮してる。


「間違いない。勇者リンゴ様の大好物、牛丼だ!」


 ありゃ、そうでしたか。

 しかし、リンゴって名前なら日本人じゃないのかな?


「リンゴ様は日本のアオモリという場所から来たそうです。アスカ殿は知ってますかな?」

「ええ、有名な都市ですよ」


 なるほど、リンゴはそこからね。

 もしかして、リンゴ農家の方かな?

 まあ、今はいいや。


「じゃあ、牛丼セットは上に持っていきましょう」

「いや、アスカ殿にこれ以上甘えるわけにはいきません。ブランゲーネ、我々で運ぼう」

「はい、小隊長」

「じゃあ、俺も手伝おう」


 シスコンのウィリアムズさんも手伝い、五人分の牛丼セットは一回で地上に運ばれた。

 クルヴェナルさんは上で部下の騎士さんたちと一緒に食べるようで、自分のフライ定食も持っていった。

 部屋には俺とペトラさんが残された。

 さて、ここで一言だけ注意しとくか。

 もちろん、急に静かになった毒舌秘書にだ。


「あのさあ、ペトラさん。食事はみんな一緒に食べ始めるのが礼儀じゃない?」


 この性悪ダークエルフは一人でカルーアミルクを飲み、ハニートーストをパクついていたのだ。だから、静かになったわけ。


「あらん、アスカちゃんったら皆一緒がお好みなのん?」

「そりゃそうでしょ。ここまで皆仲良くなれたんだから」


 すると、毒舌ダークエルフは深く頷いてこう言いやがった。


「なるほど、童貞なのに超絶エロマスターのアスカちゃんは複数プレーがお望みと。ならあ、今夜は私とあの女騎士とでお相手するわあ。良いわね、女騎士ブランゲーネ?」


 ペトラさんの視線は部屋の入口に向いている。

 俺は嫌な予感がして、ダークエルフの視線を追った。

 そこには頬を桜色に染めたブランゲーネさん。

 その後ろに、顔を真っ赤にしたウィリアムズさんがいた。

 うん、日本昔話に出てきた赤鬼ってこんな感じかな?

 どうして、こうなった……

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