第19話 トイレは恋のキューピッド

 俺は今、何故かメニュー画面を開きマジックポイント(MP)回復ポーションを出していた。

 三人分。

 毒舌オカマ秘書のペトラさん。女騎士のブランゲーネさん。そして、Dランク冒険者のウィリアムズさんのために。

 もちろん、魔法を使ってもらうからだ。

 事の始まりは毒舌ダークエルフが最初のトイレ使用を主張した時から始まる。



「アスカちゃ~ん、ダンジョンでは何が起こるか分からないわあ。ここはあたしのが犠牲となってえ、この日本のトイレとやらを使って安全性を確認してあげようと思うのん」


 はいはい。要するにまた尿意を催してきたわけね。

 あれだけビールや梅酒を飲めばそうなるわ。

 別に良いけど使い方分かるかな。


「お姉さんに任せてえん。この世界にもう、転生勇者が伝えた便座の付いたトイレがあるのよん。もちろん、使用経験もありなのう」


 ああ、そういや外国に行くと便座の付いてないトイレもあるとか聞いたな。

 異世界でも普通はそういうトイレなんだ。

 まあ、文化って色々だよね。

 日本式のしゃがんでするトイレも外国の人は驚くし。

 でも、俺が言いたいのはそうじゃない。


 女騎士のブランゲーネさんが言ってたけど、この異世界に水洗トイレはないんでしょ?

 俺のダンジョンにできたトイレは水洗なんだよね。

 下水はどうなっているか調べたら、どうもダンジョン地下に下水を一旦貯める空洞がありそこに流し込んでいるみたい。

 そして、すぐに吸収。

 下水処理場やスライムすらいらない完璧な下水システム。

 ちなみに、立派な洗面所もついてます。


 上水道も完備だ。

 ちょっと話はズレたが、ここは水洗トイレ。

 もっと言えば温水洗浄便座、お尻を洗ってくれるシャワー付きだ。

 聞いた限りでは、シャワー付きは異世界にないトイレだよね。

 大丈夫かね。

 俺は一応、使用方法を簡単に説明してオカマを送り出した。

 その結果……


「キャーー! 何なのう、これは? ああん、そこはダメ。はあはあ、感じちゃう。ええっウソ、ウフン、気持ちいい……」


 なぜか女子トイレから悲鳴が聞こえてきます。あんにゃろ、ごく自然に女子トイレに行きやがった。油断ならねえオカマだな。

 しかも、オッサンとは思えないほど可愛い声出しやがって。

 あ、出てきた。

 俺たちはペトラさんの感想を待った。


「いやん、アスカちゃん。ダメよう、このトイレ。これはダンジョンモンスターなのよん。あたしはお尻を攻撃されたわあ。ここは低レベルの人間は使用禁止よん。あまりにも危険なのう。これはあたし専用に決めたわあ」


 はいはい、気に入ったのね。

 他の皆さんもダークエルフの性格を分かってきたみたいで、華麗にスルーしてくれてる。


「それじゃあ、皆さんもトイレの際はここをお使いください。あ、クルヴェナルさん。上の騎士さん達も気軽に使うよう伝えてもらえますか」

「承知した。だがその前に試させてもらってもよろしいか?」

「どうぞどうぞ」


 どうやら気になったみたい。

 そりゃそうだよね。

 初めて見るトイレだもん。


「わ、私も良いですか?」とブランゲーネさん。


 もちろん。


「お、俺もいいかな?」とウィリアムズさんも追加。

 ええ、ご存分に。


「もう、アスカちゃんったらあ!」と地団駄を踏むペトラさん。


 ダメですよ、これはみんなのトイレです。あなた専用じゃありません。

 ペトラ専用トイレとか三倍の勢いでお尻洗ってきそうで怖いし。


 ちなみに、ダンジョントイレではトイレットペーパーが自動的に補充される仕組みでした。

 最高過ぎね?

 さて、初めての温水洗浄便座の感想はどうでした?

 俺は出てきた順に聞いてみた。

 まず、クルヴェナルさん。


「これは奇跡だ。このトイレなら何時間でもいられる!」


 そのうち新聞とか持ち込みそうだな。異世界に新聞があればだけど。

 次はウィリアムズさん。


「実は座ってするのも初めてで驚いたが、温水で勢いよく洗ってくれる爽快感は最高だったよ。もし、販売されたら貴族連中が金貨を叩いても手に入れたがるだろう」


 おお、やはり貴族は金持ちそうだ。

 それにしても、大枚を叩くじゃなくて金貨を叩くって言うのか……

 どうやって叩くのか興味がわく。

 おっと、そんなことを考えていたら女子トイレからブランゲーネさんが出てきたぞ。

 あれ、ちょっと目が赤い。

 な、泣いてる?

 なんかあったのかな。

 ブランゲーネさんは俺を見るや否や駆け寄ってきて何故か抱き付いてきた!

 な、な、何がどうなってるの?

 そして、俺にしがみ付きながら彼女は言った。


「アスカ殿。私と……私と……結婚してください!」


 突然のプロポーズ。

 生まれて初めての経験はトイレの前でした。

 ちょっと待て、ウィリアムズさん。

 話し合おう。

 危うくシスコンのウィリアムズさんに殴られそうになりました。

 何でも女騎士のブランゲーネさん。実はスライムが大嫌いなようです。


 子供の頃、トイレに入って用を足していたら、下からスライムが這い出てきて彼女のお尻に……

 ひぃぃぃ!

 怖い、スライム怖い。

 トラウマになるわ。

 ブランゲーネさんはそれ以来、トイレが大嫌いだったそうだ。それなのに……

 このダンジョントイレでは何も心配することなく用を足せる。

 しかも、お尻を洗ってくれるシャワーは温水で超気持ちいい。

 感動して泣いてしまったらしい。

 そして、出した結論が先程の求婚のセリフ。

 いや、トイレが結ぶ縁ってのも運が付いて有りなのかもしれんが、流石に出会って二時間くらいはねえ。


「騎士も辞めてあなたに尽くしますから!」


 そこまで嫌いだったの、スライムトイレ。

 可哀想に。

 あれ、ウィリアムズさん……

 剣に手をかけて、にじり寄ってくるのやめてもらえません?

 俺はスライムよりあなたの方が怖いです。


「やらせはせんぞ! 貴様ごときダンジョンマスターに、俺のブランたんをやらせはせん! この俺がいる限り、やらせはせんぞーっ!」


 ちょ、ウィリアムズさん落ち着いて。

 彼女は今、混乱してるだけで結婚なんて本気じゃないですよ。

 俺なんて、たいした男じゃないですし。


「あえて言おう、カスであると!」


 あんたは黙ってろ、ペトラさん。

 俺はなんとか抱き付いていたブランゲーネさんを宥めつつ、シスコンを説得して事なきを得た。


「とにかく、ブランゲーネさん。ここはいつでも使っていただいて結構ですから」


 すると、彼女は不満そうに口を尖らせてこう言う。


「そんなの今だけです。トリスタン騎士隊長が王様に報告したら、このダンジョンの素晴らしさはすぐに知れ渡るでしょう。そしたら、貴族や上級騎士が詰めかけるに決まってます。すぐに入場規制が敷かれ、私は二度とここのトイレは使えなくなる」


 涙をポタポタ流してますよ。


「そんな大袈裟な事になりますかね?」


 俺の疑問に小隊長のクルヴェナルが答えてくれた。


「有り得るな。ただでさえダンジョンは未知の領域。調べたくてもモンスターや罠が邪魔して調べられなかった。そんなところにアスカ殿がやって来た。人間のダンジョンマスターであり協力的。性格も穏やかだ。王家は手放さんだろうね」


 マジか。

 もしかして、人体実験とかされんのかな。


「だからこそ結婚してください、アスカ殿!」


 また、強烈なハグをかまされたよ。

 まだ、続くのか。

 あの、女性に抱き付かれるのは嬉しいんですけど、鎧だから痛いんですよブランゲーネさん。

 そして、シスコンのウィリアムズさんも剣を抜こうとしない。

 素人の俺にも殺気が伝わってきてるから。

 しかし、困ったな。


「あらん、アスカちゃん。それなら地上にトイレを造ってあげれば良いじゃなあい。その代わりこのトイレはあたし専用に決めたわん」


 何の代わりだよ。

 しかし、地上にも造れるの?

 ダンジョンじゃないのに……


「なるほど、その手があったか!」


 およ、クルヴェナルさんが手を打って納得する。


「小隊長、そんなこと出来るんですか?」


 俺の代わりに女騎士さんが目を輝かせて聞いてくれた。

 本当にスライムトイレが嫌いなんだね。


「本当よん。ダンジョンは地上にも拡張できるのう」


 今度はペトラさんが答えてくれたよ。

 この人はこの人でダンジョントイレを独り占めしたくて必死だな。


「昔に行ったダンジョンには地上にも罠があったからな。珍しいがダンジョンは地下だけじゃないんだ」


 クルヴェナルさんがまとめてくれた。

 すごいね、ダンジョン。でも……


「勝手に造ったら怒られますよね?」


 俺が聞くとクルヴェナルさんは当然だとばかりに頷いた。


「トリスタン騎士隊長に聞いてみないとな。でも、隊長もこのトイレを経験すればきっと王家を説得するはず。あの人は王様お気に入りだから期待できる」

「小隊長殿。王宮前広場の一角には白騎士隊の詰所があります。あそこの裏庭は何もない雑草だらけの空き地です。そこにこのトイレを!」

「良いな、それは。トリスタン騎士隊長が戻ってきたら進言してみよう」

「俺はブランたんが結婚しないんなら何でもいい」


 どんどん話がまとまっております。

 でもなあ、お高いんでしょ?


「でもう、必要ダンジョンポイント(DP)はかなり多くなりそうねえ」


 ペトラさんが俺の思考を読んで答えてくれた。


「アスカ殿。すぐに……すぐにMP回復ポーションを出してください。私と兄とで魔法を使いまくってDPを貯めますから」


 うん、ブランゲーネさん。目が怖いです。


「妹の未来のためだ。俺も協力しよう」


 シスコンもやる気だ。


「じゃあ、アスカちゃん。あたしの分もお願いねえ」


 おお、何故か毒舌秘書までノリノリじゃないか。

 これは期待できるぞ。


「そろそろ、晩酌用のお酒を確保したいからねえ」


 そっちね。うん、だいたい知ってた。

 俺はメニュー画面を開き三人分のMPポーションを出すのであった。

 ちなみにクルヴェナルさんはMPが少ないので対象外。


「力になれずにすまない」

「いえいえ、クルヴェナルさん達に入り口の警備してもらって十分助かってますから」


 俺と小隊長の穏やかな会話にオカマ性悪ダークエルフが乱入する。


「アスカちゃんのMPはゼロよん。ダンジョンマスターなのにい、この中で一番の役立たずだと宣言するわあ!」


 この毒舌秘書め。気にしてることを……

 ああ、この秘書クビにしてえ。そして、ブランゲーネさんと結婚はともかく新しい秘書として雇いたいよ。 


「あらん、じゃあ、あたしと結婚したいのねえ。新婚旅行はどこにするう?」


 ええい、くっつくな。オッサンの股間を押し当てるな。それに、ダンジョンマスターはダンジョン離れると死ぬよね?

 おまっ、ひょっとして狙いはそれか?

 あと、尻に敷かれる未来しか見えない結婚生活は嫌だ。


「あらん、ドエムのアスカちゃんなのに?」


 やかましいわ!

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