第15話 ダンジョンにトイレは必要です!

 ダンジョンにトイレは必要ですよ!

 俺はそう主張したい。

 一般家庭ではどうなんだろう?

 この異世界に下水道とかあるんだろうか。

 俺はブランゲーネさんに聞いてみたかったが、我慢の限界が来たのであとにする。


「ちょっと失礼」

「あらん、アスカちゃんったら急に立ち上がってどうしたのよう?」


 オカマダークエルフがニヤニヤしながら聞いてきた。絶対に分かってて聞いてるよね。この性悪補佐官め。


「山に行ってくる」

「山……ですか?」


 ブランゲーネさんが不思議そうに問い返す。

 一方、毒舌秘書のオッサンは下卑た笑顔だ。

 ごめんなさい、ブランゲーネさん。昔、じいちゃんに教わった駄洒落なんです。

 そして、ダークエルフはニヤニヤすんな。


「山には草木くさきがありますから」


 そう、山は草木(臭き)がある。要するに臭い所であるトイレに行ってきます。

 俺はそう言い残し、テーブルの上にあった梅酒の空き瓶を二つ手に取った。

 一本じゃいざという時に困るから。

 ほんと、これがあって助かったよ。

 日本にいた頃はゴミの分別が面倒だったけど……


 空き瓶は大切な資源ゴミだ。ある意味。

 有効活用せねば。

 さあ、速攻で別の部屋に向かうんだ。

 でも、その前に……

 最後の力を振り絞り俺は奴に釘を差さねばならない。


「オッサンはここを動くな!」


 すると、ペトラさんはこう返してきた。


「いやん、アスカちゃん見てたらお姉さんも尿意を催したようなのう。ここは連れションとまいりましょうかあ」


 こいつ、ムカつく!

 何が連れションだ。

 ていうか、異世界にも連れション文化があるのかよ。

 いやいや、絶対に嘘だろ? ブランゲーネさんが不思議そうにこっち見てるもん。


 でも、もうだめだ。

 問い詰める時間がもったいない。

 俺は急いで別室に向かう。

 後ろから性悪ダークエルフの気配が伝わってくるが、もう知らん。


 見たけりゃ見ろ。

 部屋の隅に行くとまず空き瓶を一本地面に置く。

 それから、少し焦げているパジャマのズボンを下ろし、俺は自分のムスコにもう一本の空き瓶を当てる。

 そして、全てを解放した。


 ふう……


 何だろ、この爽快感。

 ああ、気持ちいいぜ……

 だが、放尿の解放感をぶち壊す一言が後ろから聞こえた。


「ぷぷっ、やだあ、アスカちゃんったらカワユイんだからあ。間違いなく平均以下よん」


 な、何の平均だ!

 ダンジョンマスターの平均か?

 異世界の成人男子の平均か?


「日本の成年男子の平均よう。アスカちゃんのムスコちゃんは間違いなく平均以下なのよん」


 あの、地味に凹むんですけど?

 ていうか、デカチンのお前に言われるとますます傷つくわ!

 そうこうするうちに終わった。

 一本ですんで良かったよ。

 さて、今度は復讐の時間だ。


「はい、ペトラさん」


 俺は地面に置いてたもう一本の空き瓶をダークエルフに渡す。


「あらん、これはなあに?」


 どうやら今回は俺の真意が読めなかったらしい。

 連れションなんでしょ。だから、これを使って。

 俺がそう考えると、オカマダークエルフの顔色が変わった。どうやら、俺の心を読んだらしい。ふふん、体はオッサンだが心はオバサンなんだろ? だとすれば、男の前での排尿は恥ずかしいはず。


「あれあれ~、連れションはハッタリだったのかな~? それとも俺の前ではハズカチイのかな~? あんなに自信満々だったのに意外とお子ちゃまなのかな~?」


 初めて毒舌秘書に勝ったのかもしれん。

 俺の目の前でプルプル震えて梅酒の空き瓶を握りしめるオカマ。

 普通の女性は男の前で用を足せないよね。さあ、オカマダークエルフよ。泣いて許しを乞うがよい。


「我が内なるマナよ、黒き闇となりて敵を包め。ニゲル・ノックス」


 あ、こいつ魔法使いやがった。

 なんだ、何も見えんぞ!

 周囲が真っ暗……

 いや、目に墨汁でもかけられたみたいだ。


 あれ、なんか音がする。

 こ、これは、放尿の音じゃね?

 性悪ダークエルフがオ〇ッコしてんの?

 なるほど、俺の目を塞ぎつつ連れションの約束は果たしたわけか。


 やりおる。


 どのくらいの時間が経ったであろう。

 俺にかけられた暗闇の魔法はとけ、ペトラさんは消えていた。

 代わりに梅酒の瓶がダンジョンの床に置かれている。

 もちろん、満タンだった。


 いや、違う。周囲がけっこう濡れてるぞ。

 まあ、あれだけ飲めばこっちの方もそれだけ増えるわ。

 俺はそっと、自分が持っている梅酒の瓶を横に置く。

 すると……


「き、消えた!」


 なるほど、ダンジョンは全てを呑み込むとはこういうことか。

 これならダンジョンを探索する人間がトイレを気にしないのも頷ける。

 それでも、ここは福祉施設。

 絶対にトイレは必要だ。


 入居したおじいちゃんやおばあちゃん。孤児の子供たちに「トイレはその辺で済ませてね」なんて言えるわけない。

 俺はイスとテーブルがある部屋に戻った。

 いつの間にか、テーブルの上にあった空き缶や空き瓶も無くなっている。


 ダンジョンが呑み込んだのか。

 そこで、ふと疑問が浮かぶ。

 何でイスとテーブルは残ってんの?

 すかさず、毒舌秘書のペトラさんが俺の思考を読んで答えてくれた。


「あらん、スカトロ好きのアスカちゃん。ダンジョンはねえダンジョンマスターに服従するのよん。だからあ、スカトロ大好きエロマスターが望まない物は呑み込まないのう。それにい、呑み込んだ物もキチンと保管してるわよう」

「スカトロ言うな! でも、それほんと?」

「もちろんよう。ダンジョンマスター用のメニュー画面を開いてアイテムの欄で確認出来るわあ」


 俺はイスに腰掛けるとさっそくメニューを開いてみる。

 ブランゲーネさんが興味津々な面持ちだ。

 分かります、その気持ち。

 生まれて初めてゲーム画面を見る感じでしょ?

 たっぷり見てください。


 お、出てきた出てきた。

 上から、アイテム、スキル、装備、ステータスとなってる。

 このアイテムの文字を押す。

 すると、二つの項目。現在手元にある所持品とダンジョンに収納された所持品。

 俺はまず手元にある所持品を見てみる。

 え、何で?

 そこにはオッサンダークエルフのペトラさんの名前があった。

 それ以外はなし。

 今、着ているボロのパジャマものってない。


「パジャマは装備に含まれるわん。そして、アスカちゃんが薄情なのが分かったわあ。あたしを物扱いしていたのねん。酷いダンマスなのよん」


 し、してねえし。

 え、これ俺のせいなの?

 ペトラさんのジト目が痛い。

 と、とにかく今は先に進もう。

 俺はペトラさんの抗議をなんとかスルー。

 今度はダンジョンが呑み込んだ物のを見てみる。


 ビールの空き缶やらウイスキーの空き瓶。

 あっ、排泄物もあった。

 へえ、これは総量なのね。

 個人個人じゃなくて嬉しいような残念なような……

 おい、そこのダークエルフ。

 ドン引きすんな。

 謝るから。


「なるほど理解した。しかし、今はトイレだ! アイテム召喚でいいのか、ペトラさん?」

「うーん、トイレ召喚って見たことないので分からないわあ。でもう、おそらくはスキルにあるダンジョン拡張に含まれるんじゃないかしらあ」

「ちょっと待って。スキルにダンジョン拡張なんて無かったけど?」

「ええ、ダンジョンポイント(DP)が一定量貯まるまでは登場しない項目よん。かなり時間がかかると思うわあ」


 ああ、マジックポイント(MP)と同じ感じか。

 あれも魔力ゼロのうちは記載されない。

 でも、一応確認しとこ。

 俺はスキルを押してみた。モンスター召喚、アイテム召喚、そして……


「あれ、ダンジョン拡張があった」

「ええっ早すぎ……つまり、早漏そうろうなのねん! これはビックリなのよん。流石はあたしの愛する童貞エロマスター」


 いや、なんか違うぞ。

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