第10話 俺のダンジョンは禁酒にします(震え声)

 異世界でダンジョンマスターになっちゃった俺が言うのも変な話だけど、ダンジョンって意外と良い所だよね?

 ダンジョンポイント(DP)さえ稼げればこうして日本のビールを楽しめるんだから。

 ツマミがないのは寂しいけど、まあ今は素寒貧すかんぴんだからしょうがない。

 手持ちDPはゼロです。 

 その分、もっと飲んでやる。


 はい、俺です。

 家で寝て起きたらダンジョンマスターになってた石井飛鳥ですよ。

 28歳、市役所勤務の独身。

 普通の人間の俺です。


「あらん、童貞が抜けてるわあ。これはアスカちゃんの一番大事な個性なのよん。うぃぃ、ひっく」


 うちのオカマ毒舌ダークエルフのペトラさんがもう酔っぱらっております。


「あたしは酔ってないわあ!」


 たいていの酔っぱらいは皆そう言うよね。

 俺たちはDPで出したテーブルを囲んで酒盛りの真っ最中。

 俺は四本目の缶ビールを開けたところ。


 そろそろキツくなってきた。


 ダークエルフのペトラさんは、ええっと……十五本目!

 いくらビールでも飲み過ぎだよ。

 そりゃ酔っ払うって。

 ちなみに騎士隊長のトリスタンさんは二十五本目だった。

 でも、こっちはあんまり酔ってない。


「アスカ殿、ダンジョンマスターとは本当にスゴいな。いや、日本から転生したアスカ殿がスゴいのか。こんなウマイ酒が飲めるとは。君の目指す福祉とやらを私は心の底から応援するぞ!」


 そんなことを言いながら、カパカパと缶ビールを飲み干しているトリスタンさん。

 こういう人をザルって言うんだろうね。


「しかし、この缶とは大したものだ。ビンと違い割れる心配がない。長期保存もできる。何より軽い。我が軍の備蓄飲料にしたいくらいだ」


 いや、騎士さんがいつも酔っ払い状態は不味いのでは?


「むむ、こっちのはぬるいな。やはり缶ビールは冷たいものが良い」


 トリスタンさんが日本のビールにハマってしまいましたね。

 ほんと、ビールだけは冷たくないと無理。


「ぐふふふ、良いわようイケメン騎士ちゃん。お姉さんの氷魔法でその缶ビール全てを冷やしてあげるわん!」

「おお、かたじけない秘書殿。ではこちらをお願いする」

「我が内なるマナよ、真理は酒にあり、凍えよ雫。イン・ウィーノー・ウェーリタース・アルゲオ・ロス!」


 なんか冷たい風が吹いてきた。

 ペトラさんの手から細かな氷の粒が缶ビールに当たってるよ。

 すげえな、氷魔法って。


「うむ、秘書殿、良く冷えておる。ありがとう」

「当然よん。アスカちゃんの補佐官たるあたしの魔法はこのダンジョンでは最強なんだからあ」


 うん、今んとここのダンジョンで魔法を使えるのはペトラさんだけだしな。間違っちゃいない。そんなことを語り合いながら二人は缶ビールを開けていく。


「ほう、こちらのビールはシュワシュワが強くて爽快だな」


 炭酸が強めなんですね。

 そういうのをのどごしがいいビールって言います。


「あたしはこっちのビールの風味が好きねえ。甘味もあって飲みやすいわあ」


 ペトラさんのビールはコクがあるんですね。


「ぬうっ、こっちのビールは後味スッキリだな。苦味がスッと消えたぞ」


 それはキレがあるビールって言いますよ、トリスタンさん。

 しかし、二人とも良く飲むなあ。

 何本飲んだの?

 ペトラさんが、ひい、ふう、みい……さ、三十五本!

 マジかよ。

 じゃあ、トリスタンさんは……ええっ、五十三本?

 スゴいね。

 あれ、なんか変じゃね?


 たしか、俺がDPと交換したのは48本入りのご当地ビール飲み比べセットを二箱。

 一つは王様への献上用。

 もう一つは俺たちの試飲用。

 こっちは召喚する時にキンキンに冷やしといた。

 さて、問題です。ダークエルフが35本飲み、騎士隊長が53本飲み、俺が4本飲んだ。合計何本?

 答えは92本だ。

 うん、つまり、これは……

 王様への献上品にまで手をつけてんじゃねえかー!

 さっきのペトラさんの氷魔法で冷やしたのが献上用ビールだったか。

 くそ、気付くのが遅れたー。


「おお、秘書殿、これが最後らしいぞ」

「いやん、そうなのう? 仕方ないわねん。それじゃあ、最後の乾杯といきますか?」

「何が、乾杯じゃあーー!」


 俺の怒鳴り声に二人はキョトンとして俺を見てる。

 分かってねえな、こいつら。


「分かってるわん、アスカちゃん。補佐官兼任秘書たるあたしには腹案があるのよん」

「うむ、そうだな。アスカ殿、見くびってもらっては困るぞ」


 おりょ、これは意外な展開。

 どうするんだろう。


「こっちの梅酒はアスカちゃんに全部あげるわん」

「我々ばかりビールを飲んでしまったお詫びに、このウイスキーをアスカ殿に進呈しよう」


 ダメだ、こいつら酔っ払ってる。全然、分かってねえ。

 俺は意を決して言った。


「もう、このダンジョンは禁酒にします」


 俺がそう言うと、二人は一瞬キョトンとする。

 だが、そのすぐあとに……


「あらん、アスカちゃんったら死にたいのう?」

「うむ、右に同じ!」

「……冗談です」


 俺はすぐに前言撤回したよ。

 命あってのダンジョンマスターだからね。

 笑ってくれ。


「ガッハッハッハッハ!」


 素が出てんぞオカマ。

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