第5話 蜂蜜酒には辛口がある

 騎士隊長のトリスタンさんに福祉ダンジョン構想のエビデンス、すなわち裏付けや物的証拠を求められた俺は焦りに焦った。

 ねえよ、そんなもん。

 だって、来たばかりだよ異世界に?


 それに、福祉の仕事なんて市役所の予算編成の時にちょっと関わったくらい。

 もちろん、事務員としてね。

 孤児院なんて見かけた事しかない。

 まあ、親戚の子からは漫画に詳しいお兄ちゃんとして一目置かれてたけど。

 さて、どうしよう……


「どうした、ないか?」


 ちょっと残念そうなトリスタンさん。

 期待してくれてたんだろうな。

 これは歯痒い。

 何とかダンジョンが福祉施設になり得ることを証明したい。でも、どうやって?


「あらあ、アスカちゃんお困りい? こうなったらあ、ダンジョンポイント(DP)について教えてあげたらあ? きっと、このイケメン騎士ちゃんも納得するわん」

「ん? DPについて教える?」

「そうよん。たぶんだけどう、イケメン騎士ちゃんは老人や孤児を集めても、本当に世話ができるかどうか心配してるんじゃなあい? だからあ、エッチなアスカちゃんがあ、王国に頼らなくても老人や孤児たちを自力で養えると証明してやれば良いのよう!」

「ああ、そちらさんの言う通りだ。福祉と言うのは魅力的な提案だが証拠が欲しい。結局、王家に金を出してくださいとかならこの計画は無かった事になるだろう」


 オカマのダークエルフ秘書のペトラさんの言葉を、騎士隊長のトリスタンさんが肯定する。

 いや、分かってるさ。

 その証拠となるものが何かないか考えてるんだ。

 確かにマリオネットゴーレムがいるから介護人のあてはあるさ。

 でも、人間なんだから衣食住がいるんだよね。

 住はあっても衣と食がなあ。

 こればかりはDPじゃあ何もできない。

 すると、ペトラさんは俺の考えを読んだのか呆れた顔でこう言った。


「もう、アスカちゃんったら忘れちゃったあ? DPはモンスター召喚だけでなくてえ、アイテムも召喚できるのよう」


 いや、アイテムってあれだろ。ゲームでダンジョン探索してたら出てくる宝箱だろ? 武器とかお金とか入っているやつ……


「あっ、お金か! DPとお金はこうかんできるんだ?」


 俺の発言にダークエルフのペトラさんは笑みを浮かべ頷いてくれたが、騎士隊長のトリスタンさんは難しい顔だ。

 何か俺、やべえこと言ったかな。


「なるほど、ダンジョンに出てくる宝箱に金貨や銀貨が入ってるのが不思議だったのだ。てっきり、光り物が好きなモンスターが人間から盗んでいると思ってたが、そのDPとやらで手に入れた物なのか」

「ええ、そうよん。ダンジョンは人間を誘き寄せ殺すことが目的なのう。それにはお金が一番。欲望まみれの者たちがよく釣れるわあ」


 ちょっと、オッサン。過激な言い方を改めてよ。そんな物騒な釣りは嫌だ。

 あれ、トリスタンさんがいよいよ難しい顔だ。


「それは不味いぞ。もし、この事が知れ渡れば王家はますますダンジョン制覇に勢力を傾ける」

「へえ、ここの王家もダンジョンの生み出すお金に引き寄せられるクズなのねえ」


 おい、オカマ。言い方にマジで気を付けろ!

 でも、ペトラさんの言う通りでもあるな。どうしてだろう。


「金貨や銀貨は王家が流通量を管理している。他の者が関わるなど経済の混乱を招くだけなんだ。王家に対する挑戦でもあるからな。こんなことが知られたら王家は本格的にダンジョン制覇を命じるだろう。割りを食うのは俺たち騎士だ」


 ああ、なるほど。そういうことか。

 そりゃ不味いぞ。

 そんなもん、手始めに俺が殺されるパターンのやつや。

 ダメ、絶対。


「ならあ、現物じゃダメ?」

「現物?」


 ペトラさんが説明してくれた。


「食料とかあ、水とかあ、お酒なんかは人間にも喜ばれるんじゃなあい?」


 おお、そうだった。ペトラさんは流石だね。毒舌だけど有能だ。一応、俺の命を守ろうとしてくれたし、俺の希望する福祉ダンジョンのために意見を出してくれる。

 異世界に来たばかりの俺にはありがたい存在だ。


「うん、それはいいな」


 騎士隊長のお墨付きが出た。

 よし、それでいこう。


「じゃあ、エッチ大好きアスカちゃん。メニュー画面を出してスキルボタンを押してみてえ。それから召喚を押してえ、アイテムへと進んでちょうだいな」


 おい、おっさん。エッチ大好きとか言うな。

 俺は言われるがまま押していき、ついに飲食コーナーにたどり着いた。


「ほう、ダンジョンマスターとは凄いもんだな」


 一緒に画面を見ていたトリスタンさんが嘆息している。

 そうだよね。俺も驚いてるもん。さて、これからどうするか。ここはトリスタンさんに聞いてみよう。


「で、どうしましょう?」

「そうだな。我らが国王陛下は酒好きでゆえ、うまい酒があれば頼む」


 いい情報、ありがとうございます。

 俺はさっそく酒を押してみた。

 出てくる出てくる。

 ビール、ウイスキー、焼酎、ワイン、日本酒、ウォッカ、ジン、カクテル、甘酒や梅酒もあるぞ。

 異世界ダンジョン、半端ねえな。日本と変わらねえ品揃えだ。


「なんだこの種類の多さは。ワインしか分からんぞ。しかし、エールや蜂蜜酒はないのだな」

「蜂蜜酒なんてあるんですか?」


 え、なんすかそれ。

 蜂蜜酒……すげえ飲んでみたいんですけど!


「ああ、私は辛口の蜂蜜酒が好物だ」


 トリスタンさんが笑顔で言った。

 辛い蜂蜜?

 なんか矛盾してね?


「もう、やだあ。アスカちゃんったらあ。そんなの常識よう? 童貞はバキュームフェラが大好きなのも常識。いつかアスカちゃんがあたしとラブラブになることも常識なのよん」


 いや、ペトラさん。全部、非常識だから。特に最後は有り得ないから!

 あんま、童貞をナメるな。

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