2個目 モンスター(クソババア)からのクレーム

 「やーっと着いたよ……ん? ……あーあ、マジかよ! 腹立つなあ! あの天龍院とかいうクソババア!」


 集荷センターに着いた俺は、倉庫のシャッター前に停めて、軽バンのエンジンを停止させる。

 その時、偶然スマホの画面に表示されていた時刻を見て、思わずハンドルを殴った。


 只今の時刻、二十一時二十分。

 あんなクソババアの元へわざわざ荷物を届けに行ったお陰で、本来帰る予定の時間より二時間以上も遅くなってしまった。


 バカバカしいったら、ありゃしねえ。

 これで残業代やら客からのチップ(本当は貰ったらルール違反)やらが貰えるんならまだ良いが、一円にもならねえんだぞ。


 しかも、罵倒されまくった上にクレーム入れられるのも確定とか、ああ……クソが!


 ダァン!


 周りに人がいたら、ドン引きされること間違いなしぐらいの勢いで、再度ハンドルを殴る。


 メチャクチャ俺に殴られているが、当然軽バンは何も悪くない。

 悪いのはあのクソババアと俺の判断だ。

 どうせクレームを入れられるんなら、住所不明の配達不可能処理をして、客の同意を得ずに勝手に返品からのクレームにするべきだった。


 ……今更後悔しても、八つ当たりしても何かが変わるわけじゃない。

 さっさと帰ろう。

 

 全てを諦めた俺は軽バンを降り、集荷センターの中にある管理室へと入る。




 ◇




 「お疲れ様です」

 「お疲れー。いやー大変だったね」

 「大変でしたよ……」

 「明日に回んなくて良かったじゃん」


 管理室に入った俺を、集荷センターのおっちゃんがコーヒーを啜りながら出迎える。

 パッと見、ヘラヘラと笑ってばかりで、冴えない白髪交じりの初老にしか見えないのだが、俺達数十人の配送員を管理している立場の人間だから、この人の指示は聞くしかないんだよな。

 

 今日みたいな、無茶なタイプの指示も。


 「あ、そういえば……さっきの……ああ、もうクレーム入ってたんですね」


 クソババアから、クレームが入ったか聞こうと思ったが、おっちゃんが座っているデスクのパソコンの画面上に、顧客クレーム詳細のメールが表示されていたので聞くのを辞める。


 うわっ……かなりズラーっと無駄に長文で来たんだなあ。

 ……要約すると、態度が悪くて、非常に恩着せがましかったです。

 もう二度と利用しません。

 今日来た配送員をクビにするなら、また利用するか……。


 「やかましいわ! 二度と利用すんな! クソババア!」


 メールの全容を要約しきる前に、怒りが再燃した俺は、メールが表示されたパソコンに向かって怒鳴り散らしていた。

 目の前におっちゃんがいるのも忘れて。


 「ふっふっふ、配達スピードも遅くない。誤配もしない。それなりに色んなコースをオールラウンドにやれる。だからまあまあ評価してるけど、いやー若い。若いね。藤原ふじわらくん。まだ、お客さんにそこまで怒れちゃうんだから」

 「……すいません。尾道おのみちさん」

 「まーだ三年目、それと二十五歳という年齢じゃ、お客さんは基本バカだと思おうの精神には行き着かないよね。結局お客さんに期待しているから、そうやって怒っちゃうんだよ」


 ヘラヘラと笑いながら、相変わらずエグいこと言うなあ。


 尾道おのみち恭成やすなり

 年は五十三……とかだったかな。

 この業界は二十年目以上の経験豊富なベテラ……いや、俺からしたら重鎮だよ。

 このおっちゃんは。

 毎日のように、こんな感じの格言を連発しているような気がする。

 全く俺の心には響かないけどな。

 ま、あくまでような気がしているだけだから、響かないのはしょうがない。


 「別に期待している訳じゃないですよ、客に。ただ、人としての当たり前を求めているだけです」


 そう。

 俺は当たり前を求めているんだ。

 ミスしたら素直に謝罪。

 これは客とか配送員だとか関係なく、人としての当たり前だろ。

 あのクソババアみたいな逆ギレしてくる奴が、百パーセントおかしいに決まってる。

 しかもあんな奴に限って、こっちのミスは責め立てるんだろ? 

 どうせさ。


 「うーん、納得いってなさそうだね藤原くん。でも、色んな人と関わる接客業で、人としての当たり前なんか、お客さんに求めたってしょうがないよ。……まあ、分かっているつもりだよ?」


 頷きながら、クソババアのクレームのメールを閉じ、コーヒーをまた啜る。

 ……おっちゃんも、数年前までは配送員だったからな。

 だからか、俺達の気持ちは分かってくれているし、多少ではあるが汲んでくれたりもする。


 他の配達エリアには、配送員経験もないのに、無茶で無謀な要求をしてくる管理がいるのなんか当たり前で、ここのエリアは幸せだーって他の配送員も言っていたし。


 ……そんな管理だったら、俺は既にこの仕事を辞めている自信しかない。

 そう考えると……。


 「はい、これ。今、書いてね」

 「……ん? え、これ……今ですか?」

 「明日の昼までに提出しなきゃだから」

 「分かるよって言ってたのに……」

 「それはそれ、これはこれ」

 「…………」

 「今日中に書いてくれたら、ご褒美あるから」

 「……ボールペン借りますね」


 前言撤回だ。

 こんな遅い時間に、始末書書かす管理が気持ちを汲んでくれるわけがねえや。


 ま、今日中に書かないとご褒美どころか、無茶な指示という名の罰が下る可能性があるんでね。

 書くよ。

 書いてやるよ。


 俺はそう思いながら、全く意味の無い始末書を書き始めるのだった。

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