Black Number
石藤 真悟
1個目 二十体目のモンスター
「ちょっとあなた! 何様のつもり!? 私はお客様よ!? お客様に対してそれは無いんじゃないの!?」
「…………」
陽はとっくに沈み、辺りはすっかり暗い。
今俺がいるのは、中学校が数百メートル先にある住宅街の中の比較的新しめな一軒家の玄関前なのだが、部活動などで疲れた表情を浮かべながら、帰る中学生の姿などは無い。
もう二十時を過ぎているから当たり前かもしれないが。
その一軒家の玄関前で、大手通販サイトの配送員として働いている俺は、お客様から怒られていた。
それはもう、烈火の如く。
ならば普通の配送員が次に取るべき行動は、まず謝罪をし、クレーム等に繋がらないようお客様のお怒りを鎮め、お客様のありがたいご意見を拝聴することである。
だが、俺はポカーンとしていた。
知らない人間がこの光景を見たら、ミスした配送員が客から文句を言われているのに、無視をしているんじゃないのか。
あるいは、態度悪そうに聞いてるなあアイツと思われてしまうかもしれない。
でも、ポカーンとするだろ。
だって、ミスったの俺じゃねえし。
なんならミスったのは、俺の目の前にいるキレ散らかしたヒステリックおばさんだからな。
「ちょっと! 話聞いてるの!?」
「は、はい……お話は聞いてます……で、ですが……自分はお客様にちゃんとした住所を登録して頂きたいとお願いしただけなのですが……何故自分が怒られるのでしょうか?」
おばさんに思わず聞いちゃったよ。
マジでなんで俺が怒られているのか不思議だし、全く理解が出来ないからな。
まずミスっているのはおばさんだし、なんなら俺は荷物に貼られていたラベルに記されている抜けだらけの住所と、自分の住所もまともに入力することが出来ない大人かどうかも分からん奴が、奇跡的に漢字なども間違えることが無かった名前を手掛かりに、地図アプリなどを駆使して数十分掛けて見つけ、わざわざ届けに来たんだ。
感謝はされても、怒られる筋合いだけはマジでねえよ。
この抜けだらけの住所の家がいつも俺が担当している配達コース内に本当に存在していたのと、おばさんがとても珍しい名字で見た記憶がある名字だったから、そういえばあの辺りでこんな珍しい名字の家があるんだ……と表札を見て驚いた記憶があったな……という、半ば出来過ぎで全く面白くのない三文小説のような推理小説的展開になったから、あんな少ない手掛かりで見つけることが出来たわけで。
普通だったら、配達不可能で処理して勝手に返品にするんだが?
マジで感謝しろよおば……いやこのクソババアがよ!
「……言わなかったわよ」
「はい?」
「シロイヌ宅急便も右山宅急便の配達員も文句言わずに届けてくれたわよ! あなただけよ! 住所をちゃんと登録して下さいなんて文句を言ってきたのは! 本っ当何様のつもりなの!? やっぱりダメだわ! シロイヌや右山みたいなちゃんとした所の業者じゃない人は!」
「…………」
「な~にが、ちゃんと住所を登録して下さいよ! 不備があったとしても探しだして届けるのが仕事でしょ! 間違ってる!?」
「…………」
「キーーーっ!!! 今度は無視!? 本っ当、最低よあなた!」
今日初めて会ったばかりの人間に、近所にも響き渡りそうな大声でよく怒鳴ることが出来るな。
無視じゃなくて、ドン引きしてるんだよ。
年齢は四十代ぐらいだろうが、もうボケ始めてんのか?
それとも更年期か?
そもそも四十代は更年期なのかすら俺は知らないけどさ。
俺がこのクソババアに怒られている理由は、シロイヌや右山の人のように文句を言わず配達しなかったからだってのかよ。
はぁ……くっだらねえ……。
時間返せよマジで。
数十分……正確に言えば四十分近く掛かっているんだぞ?
本来であれば、最後の配達になるはずだった十九時以降配達の時間指定プラス置き配不可設定をしていた客の家からこの家は、約五キロほど離れているだけではなく、退勤処理などをする集荷センターへの帰り道とはほぼ逆方向だし。
……集荷センターのおっちゃんが電話であんなことを言ってこなければなあ……。
(あーもしもし
時間にして、たったの十秒。
脅しとお願いを両立させた素晴らしい指示をしたあのおっちゃんには帰ったら文句を言おう。
後、ちょっとした復讐もしよっと。
クレーム処理頑張ってね。
はぁぁ……。
俺は覚悟を決め、クソババアにも分かるようにあえて大きな溜め息を吐く。
「!? ちょっと何!? その溜め息! 反省してな……」
「あのですね! お客様に対して〜とか他の配送業者の人は〜とか言いますけど! 他のお客様はちゃんとした正しい住所を登録しているんですよ! あなた以外はね! そっくりそのまま返しますよ! なんであなたは正しい住所を登録出来ないんですか? 他のお客様はちゃんと正しい住所を登録出来るのに!」
「ふっ……ふっざっけんじゃないわよ! もういいわ、許さない! 絶対クレーム入れてやる! 二度とお前みたいな人間が届けに来る通販サイトでは頼まない!」
バダン!!!
おー怖い怖い。
正論言われたら、脅迫して逃亡ですか。
つーかどんだけ強くドア閉めてんだよ。
近所の若奥様が窓開けて見てるぞ。
……さっさと帰るか。
アイツ何やらかしたんだよ……って目で見られている気がするし。
うるさくてすいませんという意味を込めた会釈を若奥様にして、そそくさと俺は軽バンへと乗り込んで、エンジンを掛ける。
おっと、出発する前にメモっとかないと。
俺の配達拒否リストにな。
えーと……天龍院 花子。
よし、書いた。
さて、帰りますか。
あれ? もしかしてこれで俺の配達拒否リスト二十人目じゃね?
いや、人じゃねえかあんなの。
二十体目のモンスターだよモンスター。
そんなことを考えながら、メモ帳をカバンに入れて軽バンを走らせるのだった。
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