番外編 運命の人

菅野ひろむの場合



お祖父ちゃんは、いわゆる『視える人』だった。

それは、人でないものだったり、人の未来だったり。

宮司をしながら、近所の人たちの悩み相談も受けていたのを覚えている。

的確なアドバイスをして、そこそこ評判になっていた。

その能力はなぜか父には受け継がれず、父は至って普通の人だ。

そのかわり、俺と歳の離れた兄が受け継いだ。

といっても、兄は感じる程度らしいけど。

俺はというと、子供の頃から不思議なものを見ることが多かった。神様や神様の使いのようなものを。


まだ幼稚園にも行っていない頃だったから3歳くらいだったと思う。

夕方、本殿の裏で一人で遊んでいた時だ。

伸びた影の先に、一人の男の人が立っていた。

「やあ。君が弘?」

お祖父ちゃんやお父さんとは違う白い装束を着ていた。

背が高く、白い肌に切れ長の目。通った鼻筋と薄い唇は人形のようだ。

一目で、人ではないと分かった。でも、怖いという感じはしない。

彼は俺の顎をくいっと上げて、しげしげと顔を覗き込んできた。

「へぇ…〇〇によく似てるな」

誰? 名前は聞き取れなかった。

人形のように赤い唇が、きゅっと上がった。

「気に入ったから、これをあげるよ」

と言って、何か白いふわふわとしたものを俺の手の上に乗せた。

そして、俺の頭を軽く撫でると、風に舞うようにしてその場から消えた。


それから『白い奴』は、常に傍にいるようになった。

俺の足元や肩でころころと転がる白い毛玉を指して、

「あれはなに?」

とお祖父ちゃんに聞くと、少し驚いたような表情をしたので、あれは見えてはいけないものなのだと分かった。

「いつから、見えるようになったんだい?」

「知らない男の人にもらった時から」

そう言って、彼の特徴を告げると、

「それはウチの神様だね」

と眉を顰めた。

神様か。どうりで人間離れしたキレイな姿をしていると思った。

「その白いのは、弘の分身みたいなものだよ。怖いものじゃないし、弘を守ってくれるものだ。いずれは自由に操れるようになる」

『白い奴』は気まぐれに足元をくるくると回っている。

確かに『白い奴』が近づくな、と言うような場所で足を止めると危険を回避できたり、こっちへ来いというような仕草をする時、ついて行くと面白いものが見れたりした。

「弘は神様に気に入られてしまったのか」

お祖父ちゃんの口調が随分と困った様子だったので、気に入られるって悪いことなのかなと不安になった。

お祖父ちゃんは屈んで俺に視線を合わせると

「ちょっと見せてごらん」

と言って俺の瞳の奥を覗き込み、表情を曇らせた。

「―――弘の運命の人は、少々やっかいだね」

なんのことか分からず、その時は聞き流していた。まだ幼稚園に通っていた頃だし。

運命の人って、お嫁さんってことかな? 性格悪かったら嫌だな、くらいに思っていた。

けど、その言葉は呪いのように後々、俺についてまわった。

好きになったり、告白されたりするたびに、この娘が運命の相手かな? 付き合うと面倒なことになるのかなとか思うと、距離を置いてしまって長続きはしなかった。


そのお祖父ちゃんも、俺が中学生のときに他界した。


父は宮司になっていたけれど、本人も向いていないと思っていたのか、早々に兄に跡を譲った。

俺は高校生になって進路を考える時期になっていた。車が好きだから技術系の大学か専門に行こうかな、と思い始めた頃、たまたま家から徒歩圏にある大学の傍を通ったとき、妙に魅かれるものがあって志望校にいれた。

食にも興味があったし、栄養士目指すものいいかなと思ったからだ。


そして合格。


合格通知を受け取ったあと、駅から離れた場所にある評判のラーメン屋に行こうとした時、通りすがりのアパートにやたら魅かれた。古そうだけど、見た目はきれいな学生用のアパートだ。

ちょうど兄が結婚して、神社裏の実家に兄夫婦が住み、両親は少し離れた場所に住居を移す話が出ていた時だ。「一人暮らししようかな」と言ったらあっさり承諾された。


そして引っ越し。


まるで何かに導かれたみたいに、ここまでトントン拍子に物事が急激に進んだ。

結構ぎりぎりの日程で引っ越した翌日、いつも俺のまわりをチョロチョロとしている『白い奴』がやたら機嫌が良かった。

どこかで良いものでも食べてきたんじゃないかってくらい毛艶もツヤツヤして、心なしかふっくらと肥えている。

その理由は後々、わかることになる。

とりあえず、引越しの挨拶を両隣にしなければ。

左隣は別の大学に通う年上で関西出身の人だった。

右隣は大家さんから同じ大学に通う新入生だと聞かされていた。


ドアを開けたのは、俺より少し上背があり、右目の下にホクロがある目つきの悪い男。

顔を見た瞬間にわかった。


運命の相手だ。


まるで俺の心の内を読んだみたいに、肩で『白い奴』が嬉しそうに跳ねた。

男かよ。そりゃ、お祖父ちゃんもやっかいだって言うわ。


彼には龍神がついていた。

最初は気配がするだけだったけれど、顔を合わせたその日、ラーメン屋に行った時だ。

俺と伊坂くんの間に置いてあるバッグの中に緑色のものが見えた。

ぬいぐるみ? そんなもの持ち歩いてるのかと横目に見ていると、それはバッグの縁に手をかけると、ひょいと顔を出した。

金色の鬣と光が反射すると虹色になる鱗を持った小さな龍神だ。

伊坂くんはラーメンに夢中で気づいていない。

龍神もそんな伊坂くんの横顔をじっとみつめていた。その様子は、「好きで好きでしょうがない」というような熱い視線だった。

やがて俺の視線を感じたのか、緑の顔が俺の方を向いた。

視線が合う。

しばらく無言が続いた後、龍神はゆっくりと顔を背け、バッグの中に戻っていった。

その後、伊坂くんとラーメンを交換して食べていると、バッグの中からぎらぎらとした目で睨んでいるのが見えて、吹き出しそうになるのを我慢するのが大変だった。

どんだけ、伊坂くんのことが好きなんだよ。


伊坂くんは目つきが鋭くて口が悪く、少し怖そうに見えるけど、中身はふわふわの天然だった。

大学生活が始まると、そのスタイルの良さと顔の造りからすぐに人目を引いた。

キツめの顔立ちで損をしていると思ったが、話すと物腰が柔らかいからそのギャップで、男女関係なく人を魅了していった。

『白い奴』も、伊坂くんが俺の目を盗んで食べ物をこっそり食べさせたりするから、すっかり伊坂くんに懐いてしまった。

知らない間に伊坂くんに付いて行ったりもする。

龍之介も気が気じゃなかったろう。

時々、バッグの中で龍之介と小競り合いをしていたが見て見ぬふりをしていた。


伊坂くんといるのは楽だった。

俺と同じように、人には視えないものを見ているという仲間意識が芽生えたからかもしれない。今までのように、どんなに仲良くなっても気を使う付き合いをしなくていいんだと思うと嬉しかった。

同じものを見て共有できる唯一無二の相手。

どう表現すればいいだろう。初めて安心感をくれた伊坂くんに、俺は何でもしてあげたいという気持ちにあふれていた。

彼と一緒にいたい。彼にもそう思ってもらいたい。そのためなら、どんな事でもする。

運命の相手ってこういう事なのかな。友人とか親友とかって、こんな感じなのかな。


あの時まで、俺はそう思っていた。


月夜の湖畔で、伊坂くんは龍神の龍之介を抱きしめて泣いていた。

安堵したのと同時に、胸がキリキリと痛み、俺は本当の意味でお祖父ちゃんの言葉を理解したんだ。


本当にやっかいだ。

運命の相手だからって、結ばれるわけではないんだから。



End

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