第16話 森の東側

 「あー疲れた。アザレンカは戻ったかな……って、何してるんだ?」


 宿屋へ入ると、受付近くにはアザレンカ。

 そして、ローブを身に付けて杖を持ったノバがいた。

 そもそも宿屋にノバがいるのも不思議だが、何故そんな格好を?


 「アザレンカから聞いたよ。クラウンホワイトの討伐を断られたんだって?」

 「今は忙しいらしくて、無理なんだとよ。その用事が片付いたら改めて頼めとのことだ。それよりも、その格好はなんだ?」

 「……? 変かな? これから一緒に森へ行こうと思ったんだけど?」

 「はぁ? ……アザレンカ、ちょっと来い」

 「う、うん」


 ノバは何を言っている?

 一緒に森へ行くだと?

 発言の意図が分からなかったので、アザレンカを呼び、二人でこっそり話す。


 「……ノバが一緒に森へ行こうってどういうことだ? まさか、三人でクラウンホワイト討伐をする気か?」

 「……違う違う。クラウンホワイトが原因で、大量発生しているホワイトウルフを少しでも討伐しようだって」

 「……魔法使えるのか? 高そうな杖は持ってるけど」

 「さあ……どうなんだろ?」


 分からないのに、連れて行くのかよ。

 怪我でもしたらどうするんだ。

 一応、この街の領収の娘だぞ。


 「そもそも、ノバはなんでついてくるんだよ」


 これはもう、本人に聞くしかないな。

 第一、領主様の了解をちゃんと得ているのかという話だ。

 俺達だけで勝手に決めて良い話じゃない。


 「ついていくというか、一緒に来て欲しいの」

 「どういうことだ?」

 「……森の東側に、王家や貴族御用達の高級野菜や果物を育てている農園があるのは分かる?」

 「ああ、分かるよ。それがどうした?」

 「どうやら、ホワイトウルフが出現したらしくてね。幸い、あそこの農園の従業員は魔法が使える人間が沢山いるから、被害は大したことなかったみたいだけど」

 「は? マジかよ? いつの話だ?」

 「昨日の夜中。私達に報告があったのは今日の朝。今回は大した被害じゃないから良いけど、畑が全滅なんてことになれば、大損害だよ」


 ……確かに、あの農園の野菜や果物ってあり得ないほど高いからな。

 客のほとんどが、貴族や王家だからというのも抜きにしても、高い。

 

 ただ、少しでも傷がついたりや汚れたり、形が悪かったり、一定規格の大きさじゃないというだけで、売りには出さないというのもあってか、めちゃくちゃ美味い。

 数回ぐらいしか食べたことないけど。


 「だから、様子を見に行くってことですか?」

 「察しが良いね、アザレンカ。でも、あそこの農園はお得意様とかじゃないと、園内に入れてくれないから、お得意様の私の護衛という名目で、二人には一緒に来て欲しいの。あくまで、私のこの格好はもしものためだよ」

 「なるほど。そういう目的なら……と言いたいところだが、ちゃんとグリーンさんの許可は得たのか?」

 「二人がいるなら大丈夫ねって言ってた」

 「……そうか、分かった」


 あ、これ。

 逆に断れないやつだな。

 貴族の関係者とか面倒なんだが……領主様が俺を頭数に入れてるんなら仕方ない。

 

 「じゃあ、プライス行こっか」

 「!?」


 あまりにも突然のことで、驚くしかなかった。

 そう、ノバに抱きつかれたのだ。

 なんで、真正面からのハグなんかしてくるんだ? 

 意味が分からん。


 「こ、こんな所で、い、いきなり何してるのノバさん!? ま、まさか……」


 アザレンカもノバの行動にビックリしたのか、慌てた様子で聞いている。


 「いや、テレポーテーションするためでしょ? 昨日、アザレンカも帰る時に屋敷から出た後、プライスに抱きついていたよね?」

 「……え?」

 「何? それ以外に何があるの?」

 「あうう……」


 アザレンカはバレてたのか……と言いながら、顔を真っ赤にして頭を抱えていた。

 いや、そりゃバレるだろ。


 だって昨日、アザレンカが領主様の家を出た瞬間に俺に抱きついてきて、「もう疲れたよ……早く帰ろう?」って言ったから、その場ですぐテレポーテーション使って宿屋に戻ったんだし。


 見られていないわけがないだろ。

 ……まあ、俺もノバに急に抱きつかれて、ビックリしていないと言ったら嘘になるが。


 「ほら、さっさと行くぞ。一昨日みたいに、夜中に訪問するのなんて、許してくれる相手じゃないんだから」

 「もう……本当に……恥ずかしい……消えてしまいたい……」


 アザレンカは、そう言いながら背後から俺に抱きつく。


 「モテモテだね? プライス? 前も後ろも可愛い子に抱きつかれて嬉しい?」

 「……? 可愛い子? 一体どこに……イテテテ……つねるなよ……はい、嬉しいです」

 「よろしい」


 ほんのちょっとしたジョークなのに、本気でつねる奴がいるかよ……しかも、何故かアザレンカにも背中をつねられたし。


 「とりあえず、農園の近くに転移するぞ? そこから、数百メートル歩くのは我慢してくれ」

 「もちろん。そこまではワガママ言わないって」

 「プライス、早く! こんな所を他の人に見られてもいいの!?」

 「それは嫌だな……テレポーテーション」


 アザレンカの言う通り、こんな所を誰かに見られるのは嫌だったので、三人でさっさと森の農園付近まで転移した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る