第9話 領主の家へ

 「ようやく終わったぜ……アブソープション」

 「お疲れ様、プライス」


 街の人間の回復を終えた俺は、アザレンカの手を握って自らの魔力を回復する。

 ホワイトウルフの手によって荒らされた酒場周辺は、元気になった街の人間や新米冒険者達が元通りにしてくれたみたいなので、俺達の出る幕はない。


 とはいえ、いつものラウンドフォレストの夜ではなかった。


 ラウンドフォレストの夜と言えば、酔っ払い同士の喧嘩に、夜の店の客の奪い合いに、色っぽい姉ちゃん達の客引き、昼間に稼いだなけなしの金を持った新米冒険者達などが集まってごちゃごちゃになる。

 それがラウンドフォレストの夜だ。


 だが、今は辺りを見回しても全然人の気配がない。

 キャロにホワイトウルフの討伐を頼まれたのが、夕食が終わって一時間後ぐらいだろ……? それなら今は、真夜中ぐらいか……?


 いつもだったら、この時間帯の酒場周辺は陽気になった酔っ払いや、ゲロを吐いてる人達が沢山いて、何とも言えない酸っぱい臭いが充満していてイライラするか、娼館も近くにあるので、凄くイヤらしい格好をした色っぽい美人でスタイル抜群の姉ちゃん達に、「今晩どう?」とか「お兄さん安くするよ」と声を掛けられてムラムラするかのどっちかなんだけど。

 

 本当に俺は同じ街にいるのか、分からなくなってしまうな。


 まあ、ホワイトウルフの群れは俺達がしっかり討伐したし、数日も経てば、またあの騒がしくてバカみたいな日常が戻ってくるだろう。


 「さて、時間的に真夜中だろ? どうしても領主の家に行かなきゃダメか? 眠いんだけど?」

 「ノバさんに来るように言われてたでしょ? しかも、わざわざホルツ付きで」

 「うへぇ……面倒臭いな……」


 王国魔導士団所属のホルツ付きで、ラウンドフォレスト領主の娘であるノバが家に来いという命令を出したというのは、簡単に無視出来ない。


 もし、ホルツ経由で王国魔導士団のトップである大賢者のお袋に、領主の娘の命令を無視したなんてことが伝わったら……ああ……想像するだけで怖いぜ。


 「面倒なのは分かるけど、行かなかったら更に面倒なことになりそうだよ?」

 「ハァ……仕方ない。魔力回復も終わったし、行くしかないか。どうせこんな真夜中だし、行ってもすぐに帰されるだろうから、大して時間も掛からなそうだしな」

 「そうそう。こういう時はね? 行ったという事実が必要なんだよ。命令には一応従いましたよ? でも、帰したのはあなた方ですよね? という言い分が出来るからね」

 「……アザレンカ、貴族や王族関係者の前で絶対にそんなこと言うなよ」


 いつか、アザレンカが女王様達の前などで失言する未来を想像しながら、ノバ達が待つ領主の家に俺達は向かう。






 ◇






 「す、すいませんね? こんな時間に領主様に会いに来ちゃって? ご迷惑ですよね?」

 「いえいえ、勇者アザレンカ様とプライス様がいついらっしゃっても、大丈夫なようにしておきなさいというご命令を受けていましたから。ささっ、こちらです」

 「あ、はい……」

 「ざ、残念だったね……プライス……」

 「?」


 領主の家へと来た俺達は、無事この家の執事に迎えられ、領主様がいる部屋に案内される。

 ……ノバの奴、余計なことを言いやがって。

 

 こんな時間に会いに来るなんて無礼だ! 日を改めて会いに来い! と追い返される予定だったのに……。

 ただでさえ眠くて肉体的にキツイのに、これから領主と会うとか、精神的にもキツイんだが。


 「もう間もなく目的のお部屋に……ノ、ノバ様!? ど、どうなさいましたか!?」

 「……あなたは下がって良い」

 「で、ですが……」

 「下がって!」

 「か、かしこまりました! し、失礼します!」


 螺旋階段を上がった先に、俺達の目的の部屋があった。

 その部屋の前では、ノバが腕組みしながら待っている。

 ……顔や言葉に出るくらいイライラしながら。


 執事も逃げるように、下へと降りて行っちゃったよ。

 俺も帰っていい? アザレンカは置いていくからさ。


 「家に来いと言ってから何時間? どれだけ待たせるつもりなの?」

 「ご、ごめんなさいノバさん! 僕が回復魔法使えないから、街の人達の回復に時間が掛かって……」

 「……てか、本当に待ってたんだな。時間も時間だし日を改めて来ようかと思ってたぜ」

 「……プライス、ここは謝っておきなよ」


 そもそもノバ達が待つハメになったのは、街の人間の治療を王国魔導士団が手伝ってくれないせいだろ? 

 俺が怒られるのはお門違いというものだ。


 だから、反省する気もないし、謝罪なんかする気もない。

 アザレンカには、小声で謝っておいた方が良いと勧められたが。


 「……へー、そんな態度で良いんだ?」

 「別に、俺悪くないし」

 「お母さんとエリーナさんのいる王国魔導士団、お父さんとセリーナさんのいる王国騎士団。もしくは両方。今のプライスの態度をどこに報告すれば良い?」

 「ひ、卑怯だぞ!? ……ああ、もう。悪かった。悪かったよ。こんな時間に訪問するのは、常識的にどうかな……とかいらない心配してすいませんでしたね」

 「よろしい」


 なんで俺が謝らなきゃいけないんだよ。

 納得いかねえ……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る