[よ〜ぉん]美術室で事件です

 



 そんな憂鬱ゆううつな日々の、週明けだった月曜日。


学校が大騒ぎになっていた。


土日の休日に誰かが忍び込んだらしいのだ。


被害にあったのは美術室と隣の準備室。


校内放送で呼び出された僕たち美術部員は、現場を目の当たりにして絶句した。


画材は床に撒き散らされ、コンクールに提出間近だった作品たちがことごとく破壊されていたのだ。


顧問は無言で握りこぶしを震わせる。


部長は項垂うなだれ、副部長は呆然と立ち尽くしていた。





 

 被害はそれだけ。


鍵をかけてあったはずの美術室だが、窓ガラスは無事だったので普通に鍵を開けて入ったらしい。


因みに職員室に保管されている鍵は盗まれていない。


部員たちの落胆とやるせなさは甚大じんだいだが、職員室や他の教室はノータッチ。


金銭や機材などの値打ちがある物には目もくれず、明らかに美術部だけを狙った犯行だ。


何が目的だったのか、わかりやすいにも程がある。


そして、難を逃れた作品が唯一ある。


未提出だった僕のやつ…………うん、また今回も自宅に持ち帰ってギリギリまで粘着質ねんちゃくしつねばりに粘っていたんだよ。


妹の美咲にはシツコイ男は嫌われるぞってからかわれるけど、ソレとコレとは別問題。


しかし、そのことが原因であらぬ疑いを持たれてしまい、槍玉にあがってしまったのはいただけない。


「春田っ。お前を見損なったぞ!!」


突然こちらを指さして怒鳴りだした部長。


「……いきなり、何だよ?」


「お前だろ!! お前がやったんだ!」


「はぁ!?」


「美術室だが、俺は帰りにちゃんと鍵をかけて職員室に戻したんだ。だから部外者がこんなことを出来るわけがない。卑怯だぞ……提出期限に間に合わないか自信がないかで、お前が皆の作品をこんなにしたんじゃないのかよっ!」


その場に居た全員の視線が僕に突き刺さる。


「部長が間違いなく美術室の施錠をして鍵を返却したのなら、僕だって勝手に入れないだろ? そもそも授業と部活の時間以外は勝手に出入りできないし長時間の居残りもできないから、僕は一々自宅に作品を持ち帰って仕上げ作業をする羽目になっているんだぜ? 変な言いがかりは止せよ」


「ふん、どうだかねぇ。お前は結城ゆうき先生のお気に入りだ……しっぽり仲良くしちゃって、こっそり準備室の合鍵を貸してもらったりしてるんじゃないのかぁ?」


厭味ったらしい嗤いを残して、部長が去ってゆく。


ひがみ根性丸出しでみっともないぞ。いい加減にしろよっ!」


奴の後ろ姿に悪態をつくが、今のアイツに何を言っても効果はないだろうな。


ホントに思い込みが激しくって始末が悪いよ。




 準備室と美術室は鍵のない小さな扉で行き来できる。


顧問の仕事部屋でもある準備室の合鍵を渡されるような……部長は、僕と顧問がそういうフシダラな関係だと言いたいらしい。


フ ザ ケ ン ナ 。


僕は夕原さん一筋だ。







 去年不祥事を起こして学校を去っていった神田川かんだがわの後任は、結城ゆうき 穂波ほなみという若くて美人で優しい女の先生だ。


えっと……新参教師の宣伝活動の一環として、我がままな新顧問がそういうふうに校内で吹聴ふいちょうしろってうるさかったんだよ。


実際は可もなく不可もなくで普通じゃないかと……ゲフンゲフン。


うっ、はいはい。……えっと、美人っていうより可愛い感じなんじゃないかな、たぶん?


ギロリとこちらを睨む顧問は放置で。




 無意識に詰めていた息を吐き出すと、思いのほか大きなため息が出た。


「……はふぅ」


パスッと背中を拳でノックされ振り返ると、無口な副部長が珍しく話しかけてきた。


部長あいつも本気なわけじゃない。気にするなよ……」


「ああ。……わかっちゃいるさ」


軽く拳を返したが、縦横に無駄にでっかい副部長の脇腹あたりに利き手がパフリと吸い込まれただけだった。低反発筋肉? いや贅肉??


あきらかに余計なお世話なんだけど、ちょっとくらいダイエットしたらどうだろうね?





  警察への通報。


ご近所の駐在さんが駆けつけて、最寄りの警察署からお巡りさんたちも来てくれて。


現場検証やら被害届やらで、この日は怒涛のように過ぎ去った。


美術部も、美術の授業も、今後の見通しは不明のまま。


部長も顧問も、取り乱してそれどころじゃなかったからね。


明朝の職員会議の結果待ちといったところだ。

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