[ごぉ〜っ]覗き魔が即席ハッカーに進化しました




 美術室については、翌日の放課後に美術部員が総出で復旧作業を行った。


ぶちかれた絵の具やへし折られた絵筆たち。


たなから落とされくだかれた石膏せっこう彫像ちょうぞうたち。


無残に切り裂かれたり、上から殴り描きのように絵の具を塗りたくられた皆の作品たち。


それらを丁寧ていねいに、心を込めてほうむってゆく。


ここにあったものたちは……誰がなんと言おうと、僕らの大切な一部分だったんだよ。





 しんみりとした部室内に、興奮状態こうふんじょうたいの甲高い声が響く。


「こんなヒドイことを誰がやったんだろうな、まったく」


「誰かさんは、平気な顔してよく部室に来られたもんだねぇ」


「俺だったら、とても学校に来られやしないんだけどな」


「部員の皆が辛い気持ちでいるというのに図々しいんだよ」


……さっきから部長がひとりでうるさいったらありゃしない。


僕を含め他の人たちは終始無言。


一年生の女子なんかは、泣きはらした赤い目で作業をしている子もいる。


いちいち言葉にしなくても、部員の皆が辛い気持ちを共有しているのにさ。


それを更にあおってどうするのさ。




 準備室の方は顧問の机が荒らされて、コンクールの応募書類や高価な資料などが切り刻まれていたらしい。


そっちは結城先生が豪快に全部大型ゴミ箱へ投げ入れていた。


彼女いわく。


「フハハハハ……神聖な乙女の仕事場を土足で踏み荒らすなんてっ。よくもここまで徹底的にやってくれたもんだわ。犯人の奴っ、とっ捕まえて骨のずいまで徹底的にしぼり取ってカッスカスの粉々にしてくれるーっ。丁度いい機会だわっ……古いモノは処分して、ここから仕切り直しよっ。今こそお偉方に交渉して、もっと良い教材や資料を手に入れてやるわ〜。ワッハハハハハ……タダでは済まさーーんっ……」


うん、たくましいな。


じつにしたたかだ。








 部活の問題と夕原さんとのことと、僕にとっては踏んだり蹴ったりな今日このごろ。


とうぜん学校での居心地が良いわけがない。


部長のやつが有る事無い事大げさに大声でわめらすものだから、僕は美人教師に誘惑され鼻の下を伸ばし恋人をないがしろにしたうえ、部員たちの才能に嫉妬しっとして作品を破壊した不届き者という不名誉極まりない評価を賜ってしまっているんだよ。


否定すれば、逆上した部長が益々ヒートアップする始末。


これ、皆に全部信じられちゃってるのかなぁ……あまりにも嫌すぎる。





 昨日の夕飯時めしどきに妹の美咲に相談したら、お兄はホントに不甲斐ふがいないなぁ〜って呆れられた。


「肝心なときにだまっちゃうし、基本的には本音を言わないし……たまにはブチ切れしてお馬鹿な部長をやり込めちゃえばいいのにさ」


「いや、別に本音を言ってないわけじゃないんだよ、奴が聞き耳を持たないだけだし。こんな状態でも、副部長が僕の理解者なのが救いかな。それよりも、悲しいのは…………」


「ああ、そっか。そうすると美術部の件ではあんまりこたえてなさそうね? ……うん、そっちの力添ちからぞえも無理なのよ。ゴメン……自力でガンバ?」


部活よりも何よりも、美咲には夕原さんとの間を取り持って欲しかったんだ。

でもね、相手が誰であろうと事実上の浮気現場を現行犯で目撃されちゃったんじゃフォローのしようがないとさじを投げられたんだよ。





 不甲斐ない。


自分でもそう思う。


でもさ、あの顧問と僕がどうこうなるはずがないんだよ。


それは美咲だって良くわかっているはずじゃないか。


夕原さんに、そこのところを少し説明してくれたら和解できると思うのに。


そう言ったら、僕の話をしようとすると全面的に拒否されちゃうらしいのだ。


自分で何とかしなさいよって、ポンポン肩を叩かれた。


う……ん、そりゃ僕だって何とかしたい。


……このままではおくものかっ。


夕原さんの誤解を解きたいっ。


ついでに部長をギャフンと言わせたいっ。


そう、部長アイツはついでで十分だ。


とにかく僕は潔白なのだ。


だから誰に誤解されようが中傷されようがかまわない。


部長以外はそんな言いがかりをつけてくる奴はいないけど。




 それよりも。


彼女に誤解されたままなのは耐えられない。


彼女だけが居てくれれば、それだけで。


僕にとっては何よりも彼女が最重要で最優先なのだもの。












 片付け作業が一段落し早めに帰宅できたので、自室でそっと目を閉じる。


思考に浮かび上がる風景は彼女の視界。


部活帰りの通学路。


隣を歩いているのは我が妹だ。


背後にも数人ほどの人の気配。


校内であんな事件があったばかりなので、できるだけ集団で登下校するように指導されているのだ。


……うん、無事で何より。





 こんなふうに陰湿なのぞき魔に成り下がってはいるものの、彼女を心配してのことなので許して欲しい。


だって、遠くから姿を見かけただけで避けられちゃうんだよ。


悲しいったらありゃしない。




 さて、次は美術室を確認だ。


どうやって確認するのかって?


じつは、ついさっき気がついたのだけど……夕原さんの眼鏡以外にも、のぞき見できる媒体ばいたいがあったんだよ。


それは────数日前に廊下の天井から落下してきた、あの防犯カメラの機材。


奴に襲撃しゅうげきされ格好悪く昏倒こんとうした僕だったが、ふとした時になぜか奴の視界が見えるのだ。


更に興味深いことに、奴らは学校中に配置されコントロールルームで制御せいぎょされているらしく、全てがつながっているらしい。


じつに組織的で仲良しな連中だった。


それ故に、僕はちょっと練習したら学校中の防犯カメラの視界を網羅できたのだ。





 脳裏に広がるバイナリの世界。


1と0……ONとOFF。


1000111001010100010001001000100010001000001110101010101001000100001111001010100100100010000100

10000100101011001010101

101010010011010101


コンパイル。


アセンブル。


プログラミング。


ロード。


ちょっと授業でカジッただけのわずかな知識。


それを元に、り回していじたおす。


え? 知ってる単語を並べてみただけさ。


そんなんで奴ら防犯カメラをどうにかできるのかって?


やってみなけりゃわからないだろ?


そうさ、知らないことは調べりゃいいのさ。


g○○gleさんは良い子の味方。


そういえば、僕も選抜□ボコンチームに参加したかったなぁ。


志願したのにきっぱり却下されたんだよ。


教科担当の先生が言うには、僕が居ると脱線ばかりでロボが制御どころか暴走して空を飛んじゃうから駄目ってさ。


ちょっとばかり調子に乗って、教材のロボもどきに自作のカッコイイ翼を付けてみただけなのにさ。







 ハッキング成功。


これで校内情報は僕のもの。


フッフッフ。ただのぞくばかりじゃ芸がない。


他にも何かできそうだ。


色々と試してみるのも面白い。


同時に校内をくまなくパトロールできちゃうなんて、一石二鳥でめちゃお得。


さて、張り切って在宅ワーク警備員を気取るのだっ。








 

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