[さぁ〜ん]顧問よ僕は下僕じゃありません




 部活が終わったそのあとは、ひとり残って事務作業。


生徒会からのアンケートとか部費の会計とか、ちょっとしたものだけど残業である。


部長とかの役職につかない代わりといっちゃ何だが、自主的に細々こまごまとした裏方仕事を引き受けているのだ。




 準備室の小さな扉がパタリと開いて、小部屋のあるじが顔を出す。


部員たちが影で可愛いと噂する、色素の薄いげ茶の瞳が僕をとらえた。


「あら、幸助くん。また居残っているの?」


「……その呼び方やめてほしい」


「え〜、他になんて呼べば良いのかしら?」


「普通に名字で呼べばいいじゃないか」


「やだぁ〜、名字なんて余所余所よそよそしいじゃない。もう、君ってば最近私に冷たいのよね……先生、悲しいっ」


「ちょっと……引っ付くなよっ。部長のやつがひがんじゃって面倒くさいから、馴れ馴れしくしないでくれって言ったよね? これ以上あいつらとの関係がこじれるようなら退部するつもりだから、僕」


「だ〜めっ、絶対に駄目。どうせもうすぐ引退なのだから最後まで頑張りなさいな」


「何でさ。どうせもうすぐ引退なんだから、あとは帰宅部だって良いじゃんか」


「幸助くんのことだから、仲良しな彼女ちゃんとデート三昧ざんまいするに決まってるぅ。不純異性交遊はいけないんだぞぅー」


「我が校の校則にそんな文言は載ってない。自主性を重んじる自由な校風がウリなんだから、そんな時代錯誤の化石思想は支持されないって」


「オ・ダ・マ・リ。指導者たる教師ワタシが言うんだから、従順なる下僕しもべ生徒アンタは素直に指示に従いなさいな」


「僕は先生の下僕じゃないし」


「うわぁ、私がこんなにも愛情を注いでるのにっ……全く持って可愛くない反応だわぁ。もぅっ、悪い子はこうしてやるぅ〜」


座ったままの姿勢で先生にギュウギュウとハグされ、身動きが取れない。


豊満な膨らみが顔面をパフパフ攻撃してくるが、為す術もない。


コレこそ、不純異性交遊じゃないんすかね!?


先生と生徒でコレはイケナイと思いまーす。


ヘタに反応を返すと益々面白がってセクハラもどきをかましてくるのは茶飯事なのだ。


心のなかで、こっそり叫ぶ。実際に口に出したら報復が恐ろしいからね……こっそりが平和のコツなのさ。


部長のやつが妬むほど、僕が顧問にかまわれているのは周知の事実だが……コレには知る人ぞ知るちょっとした理由ワケがある。


「君と私の関係は、顧問教師と教え子なのよ。くれぐれも余計なことをらさぬように」


「へいへい、しっかりと承知しておりますとも。お互いの平穏へいおんのため……ですよね」


「わかっているならば、よろしい」


「お言葉ですが……それならば、こういった破廉恥はれんちな行為はよろしくないかと思いますぜ?」


「……いいじゃない別に。今は誰にも見られていないし」


放課後の美術室で顧問と二人きり。


イケナイ時間。


いや、ちっともそんなことはない。ないはずだ。


でも、客観的にはそうじゃない。


それはわかっちゃいるけれど。







 ボンヤリと遠い目でどうでもいいような事を脳内でひとちていたところ、ガラリと美術室のスライドドアが開けられた。


げっ!!


入り口に立ち尽くした夕原さんと視線がぶつかり……僕の思考は停止した。


やばい、ヤバイ、矢倍!?


矢のように彼女の視線が刺さる。


もしかしてだけど、傍目にはイチャイチャしている男女だったりに見えちゃうのかなコレ。


ちがうんだ、誤解だよ。


これにはワケがっ。


唖然として思考停止しているうちに、彼女はピシャリとドアを閉め風のように走り去ってしまった。


「あーぁ、アレは完全に怒っているわねぇ。えっと……ご愁傷さま?」


「……他人事だと思ってるよね? 先生にも責任があるんだからねコレ。ホントどうしてくれるんだよっ」


のんきな顧問がドアの向こうに走り去る人影をボンヤリと見送った。


僕はやっとのことでかっていた顧問を振り払い、立ち上がる。


追いかけて、言い訳でもなんでもしなければ。


聞いてもらえるか、わからないけれど。


ああっ、こころが……心臓が、痛い。











 美術室は校舎一階の端っこにオマケのように張り付いている。


元々は本校舎の最上階にあったのだが、ここ数年でなぜか人気急上昇中な我が校では生徒の人数も急上昇で、特別教室までもがクラス用の教室として使用されることになり……校庭の空き地部分に増設されるかたちで建てられた平屋の別棟となっているのだ。


因みに理科室や調理室も辺鄙へんぴな場所に移設されたため、移動が面倒だと生徒たちにはもっぱらの不評である。


そんなわけで、夕原さんが部活帰りに校庭から着替えて迎えに来てくれたのだろうけれど……ドアを開けたら、彼氏ぼくと教師が引っ付いている現場に遭遇。


三人とも無言で、まるで時が止まってしまったようだった。


慌てて追いかけて、追いついて、話をしようとしたけれど……案の定、プイッっと顔を背けて早足で発車寸前のバスに乗り込んでしまった。


プシューっと、僕の目の前で閉まる扉。


無念にも置いていかれてしまったのだ。


うん、我ながら鈍くさいんだよ……ときどき自分が嫌になる。


メッセージメールを送信しても既読すらつかない有りさまで、メチャクチャ拒否られていることだけはたしかだった。


そのまま数日、僕は彼女に避けられ続けたっていうわけで……部長のやつが『ザマァ』とか抜かしてドヤ顔するのがウザかった。


顧問のやつが部長に面白おかしく事情を話したらしいんだ。


部長のやつが、それを部活やクラスの皆に面白おかしく吹聴したわけで。


ここ数日、誰もが白い目を向けてきて針のむしろな僕だった。








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