第8話 師匠vsシャーロット


「兄さま! 兄さま!! とても、カッコ良かったです! あんなに簡単に大人の人を倒しちゃうなんて、凄いです!!」

「あ、あはははは……」


 シャーロットは目をキラキラさせて俺に抱きついて見上げているが、肝心の俺と言えば今はもう居なくなった男達の後姿を思い出しては「やってしまったぁ……っ!」と心の中で絶叫している最中である。


 シャーロットの目の前で男達を殴ったんだ。もしかして、外には出さないだけで内心怖がってないだろうか?


「まぁ、やってしまったのはしょうがないか……」


 それにしても、さっきの男達は何だったんだ?


 金になるとか言ってたし、まさか人身売買でもこの都市で行われているのか?


「シャーロット、さっきの男達に何か言われたか?」

「はあぁ〜、お兄ちゃんカッコイィ!! 物語の王子様みたいでした! それが私のお兄ちゃんなんて夢みたいです!!」


 あっ、駄目だ。完全に聞いてないわ。


 ただ……、そんな所も可愛いんだよなぁ〜。褒められるのは照れ臭いが、シャーロットの可愛い姿を見るのは全然飽きない。


 だけど、騒ぎを聞きつけて人が集まってきたし、呉服屋の店員には悪いがそろそろ移動するか。


「シャーロット?」

「は、はい! なんですか、兄さま?」

「行くぞ」

「はい!!」


*****


 私は母から毎夜の如く聞いた子守唄を口ずさみながら、脚をベッドの端でぶらつかせていた。


 月明かりが窓から部屋に入り込み、仄かに照らされている。


「ふ、ふふふっ♪ 俺の妹だって。ユリウスお兄ちゃんのたった一人の妹♪ ふふふっ♪」


 僅かに開かれた窓からは暖かくも涼しい風が吹き込んできており、行き詰まった息苦しい空気も新しい空気へ変えてくれる。私の熱った頬を冷ましてくれているようだ。


「カッコよかったなぁ〜、ユリウスお兄ちゃん♪ 私の為に戦ってくれるお兄ちゃん。はぁぁぁ〜〜♡」


 今日お兄ちゃんに助けられた時、全身に電撃のような、何処か心地良い感触が走った時に私は確信した。


「……ユリウスお兄ちゃん♡」


 私はユリウスお兄ちゃんが好きだ。それも、普通の好きじゃない。あのユリウスお兄ちゃんの真っ黒な夜の如き黒髪や黒い瞳も、優しげに微笑む笑顔も、私を引っ張ってくれる細くて血管の浮き出た男らしい逞しい手も。


 お兄ちゃんの全てが好き。


 私に向ける笑顔も優しい言葉も、仕草も。全てを私のモノにしたい。私だけを見て欲しい。


 でも、この感情をあのお兄ちゃんに言えば混乱させてしまうかもしれない。


 だから、この感情はまだ言わないで、心の内に秘めておくの。


「ふ〜ふふ〜、ふふん♪」

 

 ベッドの縁に掛けていた足先を床へ付け、つま先を僅かに上へ。タンッと音を立ててくるりと回る。


 短いドレスがふわりと膨らみ、優しい風を部屋に吹かす。


 ペタペタと素足で踏むダンスはまだ様にはならない。


 もっと練習しなくちゃ。


 お兄ちゃんの一番になる為に。


『髪色も全くちげぇ―――――』

『一端に腰に長剣なんかぶら下げて―――――』

『本当は兄妹じゃねぇんじゃねぇの―――――』



 グシャ。



「……」


 ううん。違う。今はこの表情じゃない。


 今は気分が良いんだ。そう、兄さまが好きなのはこんな表情―――――。


「〜〜♪」


 いつも見ていたあの暗闇に差す一筋の光は、今は私の側に居る。


 私を照らしてくれている暖かな光。


 ならば、汚れなき光を遮る物を私は許しはしない。


 そう、誰であっても。


 許してはならないの。


*****


「ユリウス様! 腕が下がってきてますよ! もしや、疲れましたか?」

「ッ! そんな事あるわけないだろう!」

「そうですか〜? 前まではあんなに私との訓練から逃げ出してはないですか?」

「あ、あれは! と、ともかくそんな気を抜かないで欲しいな、師匠ッ!」


 グッと地面を踏み込み、一気に前へと出た俺は長剣を前へと突き出し、師匠が避けると同時に斜めに切り上げる。


 避けられた。頭上から影。長剣が上から振り下ろされたのだ。


 今までは受け止める事に専念したんだろうが、それをやっても負ける未来しか見えない。


「お? おおっ〜!」


 長剣を斜めに持つと、刃に滑らす様にして師匠の長剣を受け流す。


 体勢を崩せる程ではないとはいえ、これは一瞬の隙。


「はぁッ!!」


 くるりと足を組み替える事で遠心力を加え、一気に振り下ろした。


 しかし、師匠はその時を待っていたのか、口元をにんまりと意地悪気に微笑むと先程の俺がやった様に金属同士が擦れる甲高い音を響かせながら、受け流す。


「なぁッ!?」

「甘い、甘いぞ! ユリウス様!」


 火花飛び散った長剣の刃は地面に突き刺さり、師匠の長剣は炎を長剣に宿らせながら俺の目の前で止まっていた。


「はい、私の勝ち〜!」

「〜〜っ! も、もう一回!」

「いいですよ。幾らでも掛かってきたください。と言っても、勝つのは私でしょうけど?」


 ケラケラと笑うこの悪魔に勝負を挑み、これまでで全戦全敗だから仕方ないとは言えっ!


「隙ありッ!!」

「うっわっ! あっぶないじゃないですか! この私に何か傷でもあれば」

「そんな簡単に傷が付けられれば苦労してない!」

「おや、ユリウス様は私を傷物にしたいとおっしゃられている様で? あらあら、まぁまぁ!」

「意味合いが違う! 変な事を言うな、妹の前で!」

「そうですか? 私は別に構いません、って思いましたけど。な、なにやら悪寒が……」

「は? 何を言ってるのか分からんが、隙だらけだ、師匠!」


 一気に懐へ踏み込み、下段からの斬り上げ。確実に決まったと思った。


 けれど、その剣先は師匠の指先に摘ままれ、動かす事が出来ず。


 まさか、身体強化の魔法をッ!?


「女性が喋ってる時は黙って聞くものだぞ、一番弟子?」


 師匠はそう言うと俺の頭に長剣の鞘をカツンッと当てた。


「はい、私の勝ち~! そう不貞腐れんじゃないよ、みっともない」

「次は勝って、すぐに師匠なんて抜かすからな!」

「あははは! 帝国騎士団王の剣ロイヤル・ナイツ副隊長の私がそう簡単に負けるかっての! まぁ、でも。ユリウス様があと10年経ったら、どうなるか分からないわね〜。そうなれば、身長も伸びるだろうし、身体も出来上がってくる頃だし」

「10年後か……」


 今の俺が8歳だから、10年後には18になる。


 俺にとって、18歳はまだなった事のない年齢だ。前世ではその年齢に行く前に死んだし、20歳になれば大人として扱われる。


 この世界での成人は15とはいえ、その時に俺はどうなっているんだろうか。


 そんな事を考えていると、少し離れた所から俺の訓練を眺めていたシャーロットが走ってきては胸に飛び込んできた。


「兄さま! 怪我は無いですか!? あの悪魔に傷を付けられてはいませんね!?」

「おっと、あぁ大丈夫だぞ? ありがとうな、心配してくれて〜。よしよし〜」

「〜〜♪」

「あ、あの〜、シャーロット様? 悪魔って……それは違うんじゃ無いかな? 私、これでも22ですよ?」

「……うるさい」

「なぁ!? それは無いですよ〜!」

「あはははは」


 シャーロットが家に来てからというもの、二人が顔を合わせる度に言い合いをしている。


「悪魔じゃ無かったらなんだと言うんです? 前なんて、兄さまの顔に擦り傷を作ったくせに」

「そ、それは、ほら! ユリウス様の実力が上がってきてるっていう証拠ですよ! 今日だって、身体強化をこっそり使わなかったら、どうなっていたことか」

「身体強化の魔法を使った……?」

「ぁ……あ〜、いや、使ったかもしれないなぁ〜って」


 とはいえ、喧嘩するほど仲が良いって言うし、喧嘩するほどじゃなくても、そこまで二人の仲は悪くは無いだろ———————、


「なんだ、お前達。此処にいたのか」

「ウォルター兄様」

「……」


 ぞろぞろと後ろにシャーロットを虐めていたメイド達を引き連れ、先頭を歩いてきたのは俺の上の兄にして、アクアリウス家の長男。


「そうだ、ユリウス。お前に一つ、お願いがあるんだ。長男の頼み、聞いてくれるよな?」


 ウォルター・アクアリウスだった。

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