第7話 シスコン兄は妹と二人っきりで外出をするみたいです


 メイド達に脅しをかけたあの日以降、何故かシャーロットは以前にも増して俺に四六時中べったりとくっついて付いて回る様になっていた。


 その行動は止まる事を知らず、お風呂に始まり、トイレにさえ一緒に入ろうとする始末には流石に止めたが、最終的には同じベッドで寝るという結果に至ったわけだ。


 何故か空も幼い頃は俺のベッドで中学生二年生の時まで寝ていたので、妹とはそういうものなのかもしれない。


 もしや、あの日のことを知られた? 


 いや、でもメイド達も買収していたし、バレてないと思うんだが……もしかして、あの日構ってあげられなかったから拗ねてるのか!?


「可愛いなぁ〜!」

「きゃぁぁ! うりうりしないでくださいー! もう、兄さま! せっかくのセットした髪がくしゃくしゃになるじゃないですかぁ!」

「ごめんごめん。ほら、直すからおいで」

「し、仕方ない兄さまですね! 今度はちゃんと! 撫でてください! えへへっ♪」


 今の俺達はアクアリウス家から二人っきりで出掛け、商店が所狭しと並ぶ、領地で一番賑やかな商業区へと脚を踏み入れている。


「兄さま、兄さまっ! これは何ですか?!」


 色々な物に興味を引かれるのか、シャーロットが指差した先には一つのブレスレット。


 周囲の風景に溶け込むような木造の建物の展示用ショーケースにそれはあった。


 帝国の中でも皇族の次に強い権力を持つ四公爵。その内の一つ『桜の公爵』を模したであろう桃色の淡い色合いと桜の花弁が掘られたそれはとても綺麗で美しい。


 ひょっとしたら、そこらの宝石より綺麗だと思った所で、気付く。


 俺の腕に手を絡めながら見るシャーロットは俺の視線に気付くと何故か頬を染めて顔を背けたが、これはもしや欲しいと言う事なのでは?


 妹が欲しいものがあるけど、兄に言い出すことが出来ず、遠回しに欲しいと言っているのでは無いか!?


 売りに出している値段もそこまで高くないし、今の持ち金で十分足りる。


 そうと決まれば、お兄ちゃんとしてやる事は一つだ!!


「シャーロット、中に入ってみるか?」

「えっ、良いんですか?」

「勿論、今日はシャーロットに伯爵家に来たお祝いをする為に買い物してるんだからな」

「で、では! 兄さまも一緒に選んでくださいませんか?」


 目をキラキラさせながら期待に満ちた瞳を向けられた上で妹に言われて断る兄が何処にいよう。いや、いまい!


 少なくとも俺にはそんな事は出来ない!


「勿論! シャーロットの好きなものを買ってやるぞ? まだまだ時間は沢山あるからな」

「本当ですか!? あっ、でも……ま、まだ我慢します! もっと沢山見てから決めるから!」

 

 そう意気込むや否や、大通りをとてとてと俺の腕を引っ張りながら向かう姿はやっぱり何度見ても可愛いものだ。


 カフェに寄ると、シャーロットが目を輝かせてはショーケースに張り付いた苺のケーキを複数個買い、屋台を見て回っては香辛料が効いた焼き串を二本買って食べ歩き。


 今は呉服屋でシャーロットのドレスや服を店員に着せてもらっている間に、俺は最初に見たブレスレットを密かにプレゼントしようと店まで急いで向かっていた。


 店内に入ると、そこは意外と何処にでもある、木造で出来たゆったりと時間が流れる古い喫茶店のような雰囲気だ。


 あちらこちらに商品だろう品々が棚に置かれ、壁に掛けられた時計がカチカチと規則正しい音を店内に響かせている。


「いらっしゃい、何かお探し物かい?」


 雑多な物に隠れるように見えたのは老婆だ。


 ニヤリと笑っている中に悪意は無いのだろうが、何とも毒林檎を渡してきそうな笑みなのはどうにかならなかったのだろうか……。


「あのブレスレットって—————」

「ん? あぁ、あれが気に入ったのかい。何とも数奇な巡り合わせじゃ」

「数奇な巡り合わせ? 何の事だ?」

「けひひひっ、今は知らんでも良い。お主らは四季の公爵家は知っとるじゃろ?」


 四季の公爵。それは、この世界において強大な力を持つ四つの季節を象徴とする公爵家だ。


 春を象徴する『桜の公爵家』、夏を象徴する『大海の公爵家』、秋を象徴する『紅の公爵家』、冬を象徴する『氷雪の公爵家』。


 そのどれもが大陸を統一出来る程の力を持つ圧倒的強者の家柄だ。


 主人公がいずれかの公爵家の内の男ヒロインとくっ付けば今後、敵に回る相手であり、シャーロットに危害が及ぶ可能性が少しでもあるのなら早くに超えなくてはいけない高い壁でもある。


 グッと拳に力を入れ、気合を再度入れ直す。


「知ってはいるが、これと何か関係があるのか?」

「これは、『桜の公爵』が当主として就任した際に行われた祭りで出た代物じゃよ。ほれ、手を出しな」


 疑問に思いつつ手を差し出すと、いつの間にか手のひらにブレスレットが置かれており、それは桜の花びらを宙に突然咲かせた。


 店内全てが桜の花びらで埋まりそうなぐらいに咲き誇った突然の光景に「は?」と顔を上げる。


「それはお主を選んだか。面白き事よ」

「お、おい! これどうなってるんだ!? というより、アンタ誰だ!?」

「けひひひひっ、いつかまた会おうぞ。まだ若き小僧よ」


 桜吹雪の中、気味悪い笑い声が脳裏に響く。


 しかし、気付いた時には俺はいつの間にか外の大通りに立っており、喧騒が耳を打ち始めた事で時が動き出す。


 店内に居た筈が、目の前にはただ壁があるのみで店の欠片も無い。けれど、手にはブレスレットがあるわけで。


「……は? いやいやいや、こんなんゲームに出てきてないぞ!?」

 

 待て待て待て。どうなってる? 


 いきなり予測不可能な事態に巻き込まれたんだが!?


 混乱で変な行動をする俺へ向けられた周囲からの視線は痛いが、これ以上俺の記憶では分かりそうにない。こんな時、空が居てくれれば……と思うが、無い者ねだりしても仕方ないか。


「それに、また会うつもりなんだろうし。今は良いか……っうか、一体なんなんだあの婆さん」


 それに、なんで俺は極力関わりたくないのに四公爵に関わる物を渡してくるんだ。まぁ、欲したのは俺だけどさぁ……。


「って、やっべ! シャーロット、置いてきたまんまだ!」


 頬を膨らませて拗ねてる様子がありありと脳裏に浮かび、小言を言われなければ良いなと思いつつも何故かそれが何処か気恥ずかしく感じながら俺は来た道を戻っていく。


 そうして、多くの人混みの中をかき分けながら走り、ようやく目的地に着いたところで、「兄さま!」とシャーロットが泣きそうな顔で俺を見た。


 シャーロットを囲っていたのは大の大人二人。


 しかも、シャーロットの細い手首を男の汚らしい手が掴んでいる所を見た所で、俺はぷっつりと冷静さを失った。


「兄貴だ? って、おいおい! 見ろよ、コイツ。一端に腰に長剣なんかぶら下げてやがるぞ?」

「しかも髪色も全くちげぇな? 本当は兄妹じゃねぇんじゃねぇのか?」

「まぁ、良いさ。コイツも連れて行くぞ。いい金にな———————ぶへぇッ!!」


 男達がぐだぐだと喋ってる間に懐に潜り込み、放った渾身の右ストレートが男の顔面を捉え、前歯数本が空中へ飛び出して行く。


 隣に置いてあった木箱にぶつかったみたいだが、そんなことに興味は既に無い。


「て、てめぇ!!」


 それに、それだけでは終わらせない。


 シャーロットの手首をつかんて掴んでいた男がシャーロットを突き飛ばし、俺に短剣を向ける。


 幸いにもシャーロットは店の店員によって抱き止められ、無事だが、コイツは何処までも俺を怒らせるなァッ!!


 男が短剣を前に突き刺し、突進してくる瞬間を狙って俺は地面の砂を手に掴むと、男へ投げつける。


「ぐわァ!?」


 目に砂が入ったのだろう。無闇矢鱈むやみやたらと短剣を振り回している間に男の背を取ると、膝裏を蹴って地面に膝を着かせ、すぐに長剣を抜いては男の首に当てた。


「よくも俺の妹に手を出してくれたな? 此処で死ぬか?」


 周囲には聞こえないように男の耳元でそっと呟きながら長剣を軽く首元に当てると、「ま、待ってくれ。降参だ! 助けてくれ!」と短剣を手から離したのだった。

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