第6話 メイド達を粛正する


「全く、これがシャーロットの生活か? 嘆かわしいな」


 俺が椅子に座り、脚を組んで口にすると、メイド達はビクリと肩を振るわせた。背後には姉のシトラスに付くメイド『リリィ』を買収し、今回だけ髪を拭きつつ俺の従者として控えてもらっている。


 万が一、逃げようとしても扉は他のメイドで固めているし、逃げ場は無い。


「で、ですが! ユリウス様は良いのですか!? 平民がこの家で自由に出歩いているのですよ!?」

「まるで、此処はお前の家の様な言い方だな? 俺に言わせれば、お前達もこの家で勝手に出歩いている平民に違いないのだがな?」

「ッ! そ、それは……!」


 まさか、自分達が貴族の一員にでもなったつもりか? ……違うな。どちらかと言うと兄ウォルターの後ろ盾があるからって方がしっくりくるか。


 なんにせよ、この者達は屋敷から追い出す事で……いや、待てよ? コイツらを使って何か……そうだな。この案が良いか。

 

「とにかく、シャーロットは伯爵家の一員となったんだ。そこに反論の余地は無い。次何かしてみろ。シャーロットにやった分までお前達に苦痛を味合わせてやる!」

「ッ! り、了解致しました……」

「だったら、さっさと出て行け! 二度と俺の目の前にその顔を見せるなッ!」

「は、はいッ!!」


 ほんの少し魔力を放出させ、殺気混じりに言い放つと、小さな悲鳴を上げてはバタバタとメイドらしからぬ音を立てて部屋を出ていった彼女達に呆れ、流石に深い溜息を吐く。


「ユリウス様は一体いつから策士になったのですか?」


 やっと静かになった部屋でもまだ気は抜けない。髪を拭き終わり、櫛で髪を解かしていたリリィがいる。


「なんのことだ?」

「普通は伯爵とはいえ貴族の令嬢にメイド如きが危害を加えれば良くてクビか、最悪でもその者の親族全員を処刑する事だって珍しく無いのですよ? それなのに、彼女達を逃したのは何か考えがあるからじゃないんですか?」


 それは単に気になったから聞いたのか、それとも俺が考えている事が分かっているからその解答を期待して聞いたのか?


 だが、どちらにしろ教える気はないが。


「さてな。それよりも、お前達を使うのは今回だけだ」

「寂しいですね? せっかく仲良くなれましたのに」

「どの口が言うんだ? お前が買った商店で聞いたが、あの魔導具、使い物にならない欠陥品だったそうじゃないか。それでも、金貨一枚半としたらしいが」

「だから言ったではないですか。手間賃として多く貰います、って♪」


 手をパチリと合わせて笑みを浮かべる姿はなんとも白々しいが、言っても聞かなそうだ。


「だからって、限度が……はぁ、まぁ良い。もう戻って良いぞ」

「そうですか? では、これで……あっ、後で髪を洗ってくださいね? 拭きましたけど、まだ薄らと匂いが付いていますから。まぁ、ほんの少しなので直に髪を嗅がれたりしない限りバレることは無いと思いますけど。それじゃあ、失礼致しま〜す♪」


 飄々とした気の置けない態度のままメイド達が出ていった後、俺だけになったシャーロットの部屋で深く息を吐くと、一気に気怠さと倦怠感が身体を襲い、椅子から立ち上がる事すら億劫になる。


 今はまだメイド達に弱みを見せるわけにはいかない。特に、計算高い姉のメイド達には。


 しかし、俺に付いたメイド達は父の命令で付けられた者達だ。俺やシャーロットが何かをすればすぐに父に報告が行く。


 だからこそ、姉のメイド達を買収したわけだが、


「やっぱり、少し早計だったか?」


 けれど、今回の事で兄のメイド達はすぐにそれぞれの主人の元へ報告をする筈だ。


 姉の方はメイド達を買収した件に始まり、今回の件と頭が痛いが、少なくとも俺との契約上、姉には全てを伝える事は少ないだろうからまだどうにかなると期待したい。


 だが、兄のメイド達がするとすれば、それは警告とシャーロットと俺の排除を提案するだろう。


 あの兄は自分が次期当主だと信じて疑わないが、それでもまだ決まったわけでは無い。だったら、そこを突くだろうな。


 それに対する兄の対応に関して言えば、大方の予想は付いているが、それでもまだ罠を貼っておく必要はある。


 俺はずっと椅子にへばり付いてしまいそうな意志を追いやり、壁に手をつきながらようやく自室へと戻った。


 けれど、ソファに倒れ込む様にして座ると、急に意識が朦朧とし始めたところで、


「にしても、やっぱ魔力は鍛えないとキツイな……ちょっとだけ、眠る……か……」


 俺の心身は限界を迎えたのだった。


*****


「何? ユリウスがお前達を嵌めただと?」

「はい! しかも、側にはシトラス様が囲うメイド達もおりましたし、もしかしたらシトラス様と結託してウォルター様の次期伯爵家当主の座を狙っているかもしれません!」


 アクアリウス家の長男である俺が控えとしてキープしていた令嬢から届いた茶会の返事を書いている時にメイドのカシュミーが険しい顔をして訪れた。


 コイツは他のメイド達を纏めるのが上手く、それがあったからこそ、側に置いていたがいい加減飽きてきたな。


 そろそろ別の奴をメイドとして据えるか?


「で? それがどうしたと言うんだ、くだらない。シトラスに関して言えば父が当主を女に任せることは有り得ないだろうし、ユリウスに関してもそうだ。俺が長男である以上、アイツは絶対に当主になる事は出来ない。必ずな」


 そうだ。俺はこの家の長男だ。生まれが特に大事な要素となる貴族社会で俺がいる以上、アイツがどれだけ策を練ろうと関係無い。


 何より、父が俺にここまで社交界へ出させるのだって次期当主としての顔合わせの目的もある。


 それをわざわざ無にする事自体有り得ないだろう。


「それに、シャーロットに近づけと言ったが、誰が手出しをしろと言った。それをやるのは俺の役目だと言った筈だ」

「そ、それは……ッ! ですが、ウォルター様!」

「はぁ、安心しろ。俺が後でユリウスに言っといてやる。そうすれば奴も黙るだろう。お前達は気にせずにシャーロットの懐に潜り込め。その為の玩具は用意してやる。所詮モノも分かってないガキとはいえ、今は警戒をしてる筈だ。今度は慎重に行えよ?」


 クソッ、ユリウスめ。面倒な事を増やしやがって。


 とはいえ、この事態を変えてくれたのは褒められたモノだ。俺が放置したとはいえ、その機会を改善出来ると言うのだから、こっちとしても願ったりだ。


 まだ七歳のガキだ。何かをされたとしても一時の感情に過ぎない。


 しかし、何故ユリウスがそこまでシャーロットに固執するのかが分からん。


 所詮、アレはただの家の導具として生かすと父が一ヶ月も前に口に出した筈だ。


 そして、それをユリウスも聞いていた。


 父の意向にユリウスが逆らったのか?


 もし当主の座を狙っているのなら、現当主に楯突く筈がない。


 一体、何を考えてる……?


「あ、あの、ウォルター様」

「まだあるのか」

「はい、実はユリウス様がシャーロットに変わったのは髪色だけじゃないんです」

「どういう意味だ?」


 そこで、俺はカシュミーからユリウスの顔がシャーロットになっており、仕草も見分けが付かなかった事を聞く。


 確かに姿を変える魔導具があるのは聞いた事がある。


 しかし、膨大な魔力と相手の外見を頭に鮮明に思い浮かばなければならず、しかも効果は一般的な魔法使いでも二分行けば優秀な方だ。


 とはいえ、その魔導具でも金貨数枚は下らないはず。一体何処からそんな物を。


「もし、ユリウス様と分からずに無礼を働けば今度こそ何をされるか分かりません! あの方の目は本気です!」

「とにかく、お前達はユリウスにバレないようにシャーロットへ近づけ。もしシャーロットがユリウスだった場合、それは俺が仲裁に入る。だからお前達は自分の仕事を全うするんだ」

「〜〜っ、ウォルター様ッ!」


 俺を完全に信用し切った眼差しを向けられるのは悪くない。が、シャーロットか。


 ユリウスがあのガキに目を付けた以上、何かあるな。それに、所詮薄汚い平民だが成長すれば中々の美人になる可能性もある。


 少しは趣向を変えてみるのも面白いかもしれない。それに飽きたらいつもの様に捨てれば良いだけだ。


 だとしたら、今のうちに唾を付けておくのも、


「悪くないな」


 爵位を継ぎ、自分に侍る女達を想像しては俺は未来の姿に笑みを浮かべた。



*****



 サラサラと流れる絡まりなど何処にも無い黒髪を優しく撫でる。


 夕焼けの橙色の綺麗な光が部屋に差し込む中、愛しのユリウス兄さまがソファーで静かに眠っていました。


 すぅすぅと息を立てながら眠る姿は普段の毅然きぜんとした態度とは違い、とても可愛らしい寝顔で胸がドキドキしてしまいます。


 今日はユリウス兄さまに用事があるということで、兄さまが付けてくださったメイド達と庭園に出ていましたが、いつも私を見てくれる兄さまがそこに居ないだけで楽しいものではなくすぐに戻ってきてしまいました。


 そして、メイド達が目を離した隙に、何故か私の部屋と兄さまの部屋に戻らない様にしていたのが気になって入ってみた結果、今に至るのです。


 何故、此処で寝ているのかだったり、ダボッとした寝巻きでいるのかも分かりません。


 分からない事だらけです。


 だけど、これだけは分かります。


「これはお兄ちゃんの匂いじゃない」


 本来の抱き着いたら包み込む様に香る大好きなユリウス兄さまの匂いに混じった微かな不純物。


 それが何故かユリウスお兄ちゃんからほんの僅かに匂っていました。


 しかも、この匂いは散々貧民街で嗅いだ事のある覚えのある何かが腐った匂い。


 更に、昨日には付いてなかった腕輪を見るに魔導具だと思います。何せ、あの街に住んでいた頃、散々よく分からない魔導具を売っている店を見てきたから。


 私は魔力を少しだけ腕輪に添わせ、その機能を確認します。少ない魔力を込めただけでも、鏡を見ると瞳の色を自由に変えられる事からしてどうやら、姿見の魔導具のようです。


 そして、私の部屋の机に置かれていた中身の無い空のカップ。


 それはユリウスお兄ちゃんがくれたカップとは違い、初めて見る柄です。それにお兄ちゃんの物でもない。普段いつも使っているカップとは違うのが部屋にある。


「姿見……魔導具……匂い……」


 ユリウスお兄ちゃんの髪をきながら私は深く考えを潜らせていきます。


 あの日から、最近のユリウスお兄ちゃんの行動と深夜での作業、目線、仕草、反応。


 交わした会話から内容まで全てを覚えています。


 そして、そんな兄さまが私を気に掛けてくれている事に甘んじていた部分があるというのも事実。


 だからこそ、この解答に辿り着くのは時間の問題だったのでしょう。


「……カシュミー」


 私は小さくその言葉を呟く。


 お兄さまに心配をかけぬ様にと我慢していたのが後手に回ってしまったからこその結果です。


 パパとママが死んでしまって、私はこの世界に一人ぼっちになってしまったのだと思っていました。


 けれど、そんな私を自分だけは味方で居てくれると言ってくれた、たった一人の私の大事な人を……ッ!


「よくもッ。よくも、私のお兄ちゃんに……ッ!」


 誰にも聞かれ無い声で、私は貧民街で避けられ続けた心と誰にも見せた事のない闇の魔力を使う事を心に決めたのでした。

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