第5話 手始めに妹の地位を向上させておこうか


 扉がバタンと大きな音を立てて開き、


「ほら、シャーロット様? さっさと起きてくれませんか? いつまで惰眠を貪ってるつもりです?」


 声を大きく出しながら入ってきたのは私の世話をしてくれているメイドの一人、カシュミーさんだ。


 彼女はメイド達のリーダー的存在で、ウォルター兄様の忠実な従者でもある。


 自分より身分が上の人間には媚びへつらうが、自分よりも下だと分かればすぐに態度を変えるのが彼女の性格だ。


「はぁ~、良いですよね~。貴女が何かをしたわけでもないのに、薄汚い元平民が伯爵家の末席に座る事が出来るんですから。もしかして、身体でも使ったんですか? あっ、ごめんなさい。そんな貧相で汚い身体、誰も触れたがりませんよねぇ?」


 そう言うと他のメイドが同調するように忍び笑いをし、「ユリウス様も随分と好みが変わってらっしゃいますね。まさか、こんなのが良いなんて」と罵り始める。


「ほら、まずはこれで顔を洗ってください」


 カシュミーさんが私の前にドンと音を重々しい音を立てて出したのはドブ色になった水と桶の縁に掛かった雑巾。


「……ぇ?」


 私はそれが理解出来ず、思わず声を出していた。


「あら? そんな事も理解出来ませんでしたかぁ? だから、その汚い顔をこれで拭えって言ってるんですよ」


 どうみても、その水は先程まで埃まみれの所を拭いた様な色だし、何ならするはずの無い匂いだってする。


 カシュミーは何が面白いのかニヤニヤと笑みを浮かべ、「これで、貴女の色素の無い髪でも少しはアクアリウス家に相応しい色に染まるのではぁ?」と他の侍女と共に笑い合う。


 私の長い銀髪は母から受け継いだ大事な髪色だ。


 確かに、アクアリウス家の黒髪とは明らかに違くて浮く事もあるけれど……まさかこんな仕打ちを受けるとは思わなかった。


 無論、メイドが伯爵家に属する人間にやることでは無い。そんな事をすれば最悪処刑される事もあるからだ。けれど、まだ耐えられた。


 しかし、


「あぁ、そうそう。ユリウス様の従者からシャーロット様に蜂蜜入りのミルクを渡してくれと頼まれたんですよ。なんでも、今日は肌寒いからって」


 そう言って、目の前の机に置かれたのは間違いなく蜂蜜ミルクだった。


 しかし、カシュミーさんは私が僅かに反応した事に笑みを浮かべ、「でもぉ〜、平民の貴女にこんなのは要らないですよねぇ?」と言うと、カップを床へ落とした。


 私は咄嗟に身体が動き、布団から飛び出す様にしてカップを掴むが、床に倒れ込んでしまう。


 だが、大半が零れてしまったがカップは無事だと安心した時だった。


 頭からばしゃりと大量の汚れた水がぶちまけられたのは。


 カップの中に僅かに入った蜂蜜ミルクには大量のドブ水が入り込み、元の綺麗な色は失われていた。


「な、なんで……」

「あははははっ! だって、そうでしょう? これは平民、いえ。平民以下の貴女に飲む資格なんて無いんですから。それに、お似合いですよ? シャーロット様?」


 頭の上から聞こえたメイド達の嘲る下卑た笑い声。


 ここで、私―――――いや、俺は我慢の限界を迎えた。


「……そうか。これがシャーロットの日常かッ。ふざけやがって」

「はい? なんです、さっきからブツブツと。また旦那様に怒られたいのですか? 今はユリウス様も居ませんよ? 分かったらさっさと自分で立ってくれません? 私達に面倒を掛けさせないでくださいよ」

「さっきから、ヘラヘラと。お前達、何をしているのか分かっているのか?」

「はぁ? まさか、自分が伯爵家の人間になったつもりでも? 誰も貴女なんて、この家の人間として認めてなんて―――――」

「そうか?」


 案の定、まだ諦めの悪い女達は此方に疑惑の目を向けながらも笑っていたが、俺が銀髪の色素が黒髪へと変わり元の俺に戻ると、メイド達は「ユ、ユリウス様!?」と顔を青白くさせて悲鳴を上げたのだった。


*****


「つまり、外見を変える魔道具を探しているということですか?」

「あぁ。出来るならシャーロットの髪色に見せる事が出来ればそれで良い」

「シャーロット様の?」

「無理か?」

「そうですね、良いですよ。その代わり、お金は多めに貰いますよ? 手間賃です♪」

「分かった。後で請求書を俺の方に渡してくれ」

「了解でーす♪」


 姉のシトラスに付く従者—————リリィに賄賂を渡し、短い時間ではあるが、姿を変える魔道具を手に入れた。どうやら、腕輪の形に作られた魔道具らしく、手首に嵌めるが窮屈さは無く、寧ろ自分専用に作られたんじゃないかと思う程に違和感が無い。


 その分、掛かった経費は全て此方が持つと言った手前、何だが。


「金貨五枚か、流石に高い……。まさか、ぼったくられたか?」


 この世界での通貨は銅貨、銀貨、金貨、白銀貨に分けられる。


 日本で言えば、銅貨1枚は100円の価値を持ち、銀貨だと1万円の価値を持つ。


 そして、問題の金貨だが、金貨1枚で100万。白銀貨に至ってはその百倍は上だ。


 まぁ、白銀貨なんて国家間のやり取りでしか使われないが。強いて言えば、大貴族だと数枚持っている程度だ。


 しかし、俺が金貨五枚を出せたのだって、この伯爵家の次男としての身分あってこそだ。前世じゃ、手も出せなかったし、買おうとすら思わなかっただろう。


「とはいえ、その分の価値をみしてくれよー? じゃないと、泣くぞ?」


 メイドの説明では腕に嵌めて、変える部分を魔力を込めながら意識すれば良いって話だったが……。


 そもそも魔力でどう使うんだよ。


「シャーロットはともかく、俺に魔力なんてあるのか?」


 物語じゃ、ラスボスとして主人公達に立ち塞がるシャーロットには膨大な量の魔力があった。それがシャーロットのみにある魔力なのか、それともアクアリウス家の全員が引き継いでいる物なのかは分からない。


 とはいえ、考えたって分からないものはしょうが無い。


 そこで、伯爵家が持つ書庫に行っては読み漁っていたのだが、分かったのは二つ。


 魔力がある奴はともかく、魔力がない奴はどうやっても増える事もないから潔く諦めろって事と、魔力の事は教えるが、使い方については次出版の本を買えっていうふざけた内容だった。


 しかも、本の中身が『え〜、マジで魔力使えんの? 終わってるわ〜ww』や『まぁ? 俺は生まれた時から魔力が使えたけどね?』などが彼方此方に書かれている。


 あー、マジでこの作者見つけたらぶん殴ってやりたいわ。読んでて何度、本を暖炉に投げ捨てようと思ったことか。


「でも、魔力についての理解は出来た。後はこれを自分のものにするだけだろ?」


 魔力は空気中の魔素を元に体内で作られる。偶に魔素を取り込めても魔力へと変換する事が出来ず、魔力がないという結果になる奴もいるが、魔力欠乏症や先天的体質でも無ければ誰にでも体内に魔力はあるらしい。


 そして、ようは体内を巡っている魔力を知覚しろって事だ。


 一番手っ取り早いのは体内を流れている血液と魔力を同一のものと考えること。そう考えた俺は指を片手で掴み、指先に血が溜まっていき身体に巡る感覚を何度か繰り返して覚えると、それを実践してみた。


 失敗しては本を読みを繰り返し、日が暮れる頃には腕輪の中心に付けられた真っ黒な石が赤く染まった。


 途中でシャーロットが来たが、俺がずっと本と格闘していたので、今は俺のベッドで気持ちよさそうに寝ている。


 ともかく、魔力が使えた感覚を忘れないように急いでシャーロットの事を思い浮かべ、鏡を見れば髪色が黒から白銀へと変わっており、髪も腰まで伸ばす事に成功した。


 しかも、シャーロットの顔を詳しく思い浮かべる事で俺の顔が彼女にそっくりになっていた。俺とシャーロットの身体はそこまで大きな身長差は無い。


 とはいえ、完璧に相手を模倣する事が出来るとしても、もっと精度を上げる必要があるか。


「やべぇ。完璧にシャーロットだわ……」


 現代人のサガというやつか、それとも高校生だった現代人だからか、これ使えば犯罪とかし放題なんじゃね?とか思い浮かぶが、魔力が無い地球だとあっても一部のマニアにしか刺さらないだろうな。


 それから何度かシャーロットに見える様に練習していると、自然と姿が元に戻った。


 直後に身体にのしかかる酷い倦怠感と脱力感からして、俺の今の魔力量がそろそろ底を尽いたらしい。


 だが、それに見合うだけの収穫だ。


 何せ、魔力さえあれば時間が更に伸びるかもしれないという希望が持てたのだから。



「今からやっても魔力が増えるのは微々たるものだろうが、現時点だと最大でも八分が限界か。充分だな」



 シャーロットの世話をするメイドは五人。


 他にも妹の部屋の物を勝手に持って行ったりとしていた奴も含めれば両手に収まる人数になるが、まずは中心的なリーダー格であるメイド三人が最初で良いだろう。


 既に外堀は姉の従者に賄賂を渡す事で此方側に干渉させないように手筈しておいた。


 だから、此処に居るのは俺達だけと言うことだ。


 さぁ、反撃を開始しようか。


 そうして、俺はまるで遠足に出る子供の様にわくわくしながら計画の序章をメイド達で飾る事にしたのだった。

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