第4話 妹が可愛すぎる件について


 彼女が突然伯爵家に入る事で、一番懸念していたのが従者達の言動だ。


 従者達にとって、父や兄等に付けばそれだけ地位が安定し、給料が上がる事もある。


 腐っても伯爵の位を持つ家柄と言うべきか。


 貴族としての品格や名声は他者を誘惑し、惑わせる。


「シャーロット様、お食事をお待ち致しました」


 それは、ある日のことだ。


 俺が父が雇った剣術師範の師匠から剣を学んでいる時、一足先に昼食としてシャーロットにメイドが持ってきた料理は豆のスープに萎びたパンのみという伯爵家の身分に提供する料理では一切なかった。


 しかし、シャーロットはこの家で出る料理を知らない。


 だからこそ、それが普通なのだと思い込み、俺が気付くまでそれを食べていた。


 だが、メイド達は何の反応も示さないどころか、事実を知った俺が介入してきたのが面白くなかったのだろう。


 俺が離れている隙を見計らう様に行動はエスカレートし、伯爵家の次男として三日程出掛けなくては行けない日には遂に食事は一日に一回出るかどうかいう頻度になり、帰ってくる頃には、シャーロットの部屋の金品類はどんどん減らされて、ベッドと鏡があるだけの質素な部屋になり変わっていた。


 帰ってその日の内にシャーロットの肌と髪が傷んでいる事に気付き、すぐに内密に調べた結果、分かったのは実行した従者達の大半が次期伯爵家当主として貴族間のパーティーでも言い回っている兄、ウォルター・アクアリウスに付いた従者達だった。


 しかも、シャーロットに悪事を働いたメイドはウォルターから当主となった暁には妾にしてやると持ち掛けられていた事も判明する。


 欲望に忠実な兄の事だ。


 従者の身分が最高でも男爵家の末娘だったりと低い事を利用したのだろう。


 おおよそ、シャーロットにはまだ何の後ろ盾も無い上に元平民という事で何をやっても良いとか思ったのか?


 だとしたら、それは間違いだと妹を思う兄を怒らせたらどうなるか、あの能無しに教えてやるッ。


 それに、丁度良い機会だったのかもしれない。


 そっちがそう来るなら、こっちも好き勝手やらせてもらうさ。覚悟しとけよ、ウォルター兄様?


「兄さま? どうかしましたか?」


 シャーロットが好きだという庭園の中で、彼女の声に不敵な笑みを浮かべていた俺はふと我に返った。


 目の前には心配そうに此方を見るシャーロットがおり、俺は「何でもないよ」と安心させる笑みを向ける。


「そうなのですか? でも、一人で考え込んじゃ駄目です! ママもそう言ってましたから」

「確かにそうだな。じゃあ、次から相談に乗ってくれるか?」

「はい! 兄さま、任せてください! えへへっ♪」


 頭を撫でるととろける様な笑みを浮かべるシャーロットがゲームのシナリオ通りに進めば今後失われると考えると、事は一刻を争う。だが、今は目の前の天使を可愛がるとしよう。


「兄さまじゃなくて、ユリウスお兄ちゃんでも良いんだぞ?」


 あの日以降、何かあれば俺はシャーロットの髪を撫でるようになってしまっている。


 サラサラの髪を撫でてそれに照れる天使が可愛いのもある。


 他にも、俺に付けられた従者にシャーロットの体調管理や護衛等を任せているとはいえ、あのメイド達が何処で何をするか分からない。


 だからこそ、髪や肌に傷は無いかなど確認する意図もあったりする。


「そ、それは……恥ずかしいので、二人っきりの時に……呼ばせてください。……だ、ダメ、ですか?」

「そ、そうか? まぁ、シャーロットが呼びやすい方で良いか」

「っ、はいっ!」


 俺が兄になった以上、シャーロットには裏の事なんて知らずにのびのびと成長していって欲しいからな。


*****


「それじゃあ、お兄ちゃん。おやすみなさい」

「おやすみ。しっかりと寝るんだよ?」

「はい♪ お兄ちゃんも夜更かしは駄目ですよ? 隠れて欠伸をしてるの知っていますから」

「バレてたか、分かった。夜更かしはしないようにする。だからほら、もう夜も遅い。早く寝な」


 猫のように僅かに背伸びして俺の手に頭を強く当てようとするシャーロットを優しく撫でる。


「えへへっ。じゃ、じゃあ、いつもの良いですか?」


 すると、顔を真っ赤にして此方を上目で見てくる可愛い妹が姿を現す。


 周囲にはメイド達は居ない。俺達だけだ。


 人目が無くなると、途端に年相応の可愛らしい一面が出てくるのを知ってるのは俺だけだと思うと、不覚にもニヤけてしまう。


「しょうがないな」


 俺は口ではなんだと言いつつも、内心満更ではない。


 可愛い妹のお願いなら何だって聞いてやると言える程だ。まぁ、それが原因で友人からシスコンと呼ばれる事になった訳だが、そんなのは知らん。


 おでこに掛かるシャーロットのサラサラな銀色の前髪を少し退かすと、軽く額にキスをしたのだった。


「は、はわぁぁ……っ!」


 「おやすみの……キ、キスをしてくれませんか? いつも寝る時はマ、母がやってくれていたので……安心出来るんです」と顔を赤林檎の如く真っ赤にしてお願いしてきた時はあまりの可愛さにまた死んでしまうかと思ったものだ。


 言い出しっぺがそんなに恥ずかしがるなら言わなければ良いのにと思いながらも、照れながら顔をぽっーとさせる様子が可愛く我慢出来ずに頭を撫で回す。


「ひゃあぁぁぁあ。な、何するの!?」

「いや、俺の妹はめちゃくちゃ可愛いなぁ〜と思ってな」

「そ、そんな事、無いよ……」

「いいや、例え世界中の誰もが認めなくても俺には絶対に可愛い妹にしか見えないね。世界一可愛い。そして、世界で一番大好きだぞ〜♪」

「も、もう。お兄ちゃんうるさい!」


 そう言って顔を真っ赤にしたシャーロットは自室に戻ってしまい、扉を閉めた。


 そうして、からかいすぎたかな?と部屋に戻ろうとすると、背後でガチャリと扉が開く音が聞こえ、「あっ、おやすみお兄ちゃん。わ、私も……ユリウスお兄ちゃんの事、一番好きだから……それだけっ!」と勢い良く扉が再度閉まる。

 

 あぁ、俺の妹メッ〜〜チャ可愛いんだがぁッ!? 天使!! いや、天使よりも上の女神!!


 それが単純な言葉で出てきた素直で率直な俺の馬鹿丸出しの本心だった。


 廊下の壁に手をつき、『あぁ〜! スマホがあれば、撮影出来たのにッ!!』と心の中で叫んだ。


「やばいな、空に会ったら絶対に揶揄からかわれるわ……」


 でも、元気は貰ったし。これならどうにか今日も頑張れそうだ。


 俺はすぐに心のスイッチを切り替えるように無表情になる。


「さてと……愛する俺の妹を虐めた償いは取ってもらわないとな」


 そうして俺は自室に戻ると、すぐさまメイド達と兄のウォルターを徹底的に罠に嵌める計画を練り始めたのだった。

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