第31話 任せろ、親友


 死んでいる自分の姿が見えるはずない。これはただの偶然だろう。そう思って体を左右に移動させたが、ハヤトとずっと目が合っている。


「俺、見えてる……?」


まさかと思って聞いてみたら、ハヤトはとてもゆっくりうなずく。


「ヨウ、スケ……? そこに、いるの……? どう、して?」


 ハヤトには確かにヨウスケの姿が見えていることを確認した。

 残った時間はあとわずか。姿が見えて、さらに声まで聞こえているのであれば、話が早い。伝えることを伝えなければ。

 ヨウスケは口を開く。


「俺、死んだけど、ちょっとだけ時間をもらったんだよ。ハヤトには言いたいこともあったしな」

「……?」


 なんで死んだはずの親友がいるのかわからないハヤトは、動きを止めたままだ。

 現実ではありえない事象に、頭での理解が追い付いていないようである。


 ヨウスケもはじめはそうだった。でも、実際はそういうことが起きているのだから、受け入れるしかない。時間がないヨウスケは、詳しく説明することはせずに、そのまま話を続ける。


「俺さ、最期の最期にさ。ハヤトと喧嘩しちゃって。それをずっと謝りたかったんだよ。死んでも謝りたかった。ごめんっ! 俺が意地張っちゃったから! ハヤトは勝つために色々考えてくれてたんだよな! 本当にごめん!」


 後輩の不注意で起きた衝突から起きた喧嘩。次の日は謝ろうと思っていた。

 次の日が当たり前にくると思っていた。


 しかし、こなかった。

 ハヤトには来ても、ヨウスケには来なかった。


 喧嘩したままになってしまったことを、どうしても謝りたかった。


 深く頭を下げから上げて、さらに言葉を続ける。


「あんまり考えないで行動してるのは俺の悪いクセだよな。それのせいで、いっつもみんなを置いて行っちゃったりとかさ。試合でもひとり前に出すぎたりとか。そんなとき、いつもハヤトが助けてくれて。下がれとか、試合運びについて詳しく教えてくれたりとかさ。ハヤトがいたから、ハヤトのおかげで俺は浮かないで、ずっとサッカーを続けられたよ」


 ハヤトはフルフルと首を横に振り、口をパクパクとさせる。何かを言いたいのに言えない。そんな風にも見えたが、聞くよりも伝えていく。


「だからさ、ハヤト」


 ハヤトの目の前であぐらをかいて座る。試合の合間にも、同じように近い距離で向かい合って話し合ったこともあった。だからこの距離に慣れている。ヨウスケ亡き後は、もう二度とこうすることは出来ないと考えていただけに、ハヤトは様々な思いがこみ上げて静かに涙を流す。


 ヨウスケの体からあふれる光は、いつの間にか増している。光が増えるにつれて、別れが近づいていることをハヤトが薄々感づき始めた。


「ハヤト。俺とサッカーしてくれて、ありがとう。一緒に居てくれてありがとな」


 ヨウスケが八重歯を出してニカッと笑う。それは死んでからは見せていない顔。

 生前は何度もしていた笑顔だった。


「ヨウスケ、僕も……僕も……」


 やっと声がでるようになったハヤトが、ボロボロと涙をこぼして、詰まりながらも言葉を続ける。


「ヨウスケに会えたから、だからサッカーをやったんだ。お前がいなきゃ、僕はもう……」


 もうやれない。

 そう言おうとしたハヤトだが、ヨウスケが手で止めた。


「サッカーはひとりじゃできねえもんな」

「……うん」

「でも、ハヤトはひとりじゃねえだろ? 仲間がいる。みんながいる。そこに俺がいないけど、ひとりぼっちじゃないのは確かだろ? チームメイトも。たくましい後輩もいる」

「だけど……」

「俺はここでサヨナラなんだ。でも、ちゃんと、上からハヤトの活躍を見てるからな。優勝するのを見せてくれよ。もしさ、俺が生まれ変わっても、分かるぐらいにさ」


 体からまばゆい光が出て行く。

 もうすぐヨウスケはこの世から消えていく。

 ヨウスケ自身、最期を迎えるのをわかっている。しかし、この先、どうなるのかはわからない。


 漫画で見たような、花が咲き誇る空の上に行くのか。

 頭に輪っかを付けた人達に連れていかれるのか。

 はたまた、上ではなく下。鬼がいる地獄にでもいくのか。


 確かなのは、この世界からいなくなるということだけである。


「ああ、こんな光っちゃって……もう俺に与えられた時間も終わりだな。もう、空の上にでも行くよ。もしかしたら天国じゃなくて、地獄かもしれないけどな」

「そんなっ……いや、今ここにいることが奇跡だもんね。だったら……ねえヨウスケ。僕からも、いい?」

「ん? 何?」


 痛くも痒くもない光を見つめていたら、ハヤトが光のない目から一転し、決意したような強い目でヨウスケを見た。


「僕……ううん、僕たち。絶対勝つから。絶対、絶対に次の大会は優勝するから。いや、もっとこれから先もずっと、勝つから。だから……だから見ててよ。目立つシュート決めて見せてやる」


 さっきまで死にたい、やりたくない。そんな負の感情を口にしていたのが嘘のように、強い言葉だった。

 世の中に絶対なんてことは存在しない。それをハヤトもわかっている。でも、ハヤトの目には強い意志が輝いている。


「ああ、頼むぜ。親友」

「任せてよ、親友」


 オレンジ色に染まった空に光が吸い込まれていく。

 同時にヨウスケの体がどんどん透けていく。その体で、ヨウスケは握り拳を作り、ハヤトへとまっすぐ伸ばす。

 ハヤトもそれに合わせて、同じ握りこぶしを透けたヨウスケの拳に合わせた。


「じゃあな、ハヤト。今までありがとう」

「それはこっちのセリフだよ。ありがとう、ヨウスケ……」


 これで終わり。

 それでもヨウスケは悔やんでいなかった。

 伝えるべき人に気持ちを伝えられた。

 だから最期に、ヨウスケは今までにないような笑顔で天へと昇って行った。




 誰にでも訪れる死。

 それを受け入れるまでには、多くの時間がかかるだろう。

 亡くなった人、残された人。

 悲しみに暮れた世界に絶望が生まれる。

 しかし、それを乗り越えることができるのが人間である。

 それを理解することができたハヤトは、自らの行為を恥じ、託された親友の願いを叶えるべく前を向いた。

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