第30話 追わないで

「だめだ……どこだよ、あいつはっ! もうっ!」


 ハヤトが行きそうな場所を手あたり次第探しに行った。

 手始めに二人が初めて出会った小学校。

 日が暮れるまで練習し続けた中学校。

 学校が閉ざされている間、ずっと練習に使っていた河川敷。


 どこを見て回っても、ハヤトの姿はない。

 移動に時間がかかってしまい、もうすでに小学校低学年の子供たちが下校を始めている。


 それで自分に残された時間を再度認識する。


「ああっ……もう、馬鹿ハヤトめっ! どこにいんだか、さっぱりだってーの! ばーかっ!」


 怒りながら公園のベンチに腰を下ろす。深く息を吐いて空を見れば、青々とした葉が風に揺られて音を立てている。よく目を凝らせば、鳥の巣のようなものも見えた。


 こんな光景前にも見た気がするなと思いながら、ゆっくり瞳を閉じて他にハヤトが居そうな場所はどこかと頭を悩ませる。


 あと三時間ほどしかこの世に残れない。

 ハヤトには、何が何でもあって伝えたいことがある。伝えなければならないことがある。


 念のために残してきたあの手紙は、あくまでもすれ違いでハヤトが家に戻った場合にのみ役割を果たす。

 ヨウスケがこの世から消えたとき、あの手紙が残らないかもしれない。

 できることなら、会って伝えたい。


 ハヤトに霊感があるなんて話は聞いたことがないが、自分の家族にできたように、筆談でなら会話ができるかもしれない。


 今はそのもしかしたらの可能性にかけるしかない。

 風に揺られてブランコがキイと音を鳴らした。ゆっくりと目を開けたヨウスケは、気持ちを切り替えてハヤトを探しに立ち上がる。公園の入り口へ向かおうとしたとき、ピクリとヨウスケの肩が動いた。


 なぜならそこに探していた相手――ハヤトがいた。

 目の下にクマを作り、頬もこけてやつれた姿のハヤトに思わず息をのむ。自分が知っている姿から大きく離れ、弱く見えるハヤトの手には色鮮やかな花束があった。


「ハヤ、ト……」


 ヨウスケの言葉も姿も、ハヤトには認識できていない。無言でふらふらと公園の中へと入るハヤト。そして持っていた花束を先ほど鳥の巣があった木の根元へ供える。そこにはいくつもの花束や飲み物が供えられていた。そこにしゃがみこみ、静かに手を合わせる姿に胸を痛める。


 この場所は、ヨウスケが死後に目覚めた場所――命を落とした場所だった。

 長い時間、ずっと手を合わせていたハヤトはそのあとゆっくり立ち上がると、先ほどまでヨウスケが座っていたベンチに腰を下ろした。


 そして前かがみになって、両手で顔を覆う。

 その指の間からは、涙がこぼれていた。


「なんでヨウスケなんだよ……死ぬのなら僕でしょ……僕が迷惑ばっかりかけているんだから」


 震えた声で言うハヤトの隣に、ヨウスケも座る。彼もまた、ヨウスケが死んだことを悔やみ、悲しみ、自分を責める。まるでつい最近までの自分を見ているようだった。


「僕の方が、死にたかった。僕がみんなとの関係を壊しているんだから。僕一人では役に立たないのだから。ヨウスケじゃなくて、僕が死ねばよかったんだ。そうしたら、みんな厄介者がいなくなって喜んだだろうに……部活だってっ……僕がいなければいいんだ、僕が」


 そう言ってハヤトはズボンのポケットに手を入れ取り出したのは、サッカーシューズのヒモだった。


 真新しいそれは、ヨウスケが中学生のころにハヤトにプレゼントしたもの。ハヤトの落ち着いたイメージからかけ離れた、蛍光色で目立つ色を放ったそれをヨウスケが見間違えるわけがない。


 切れない、丈夫。それが売りとなっているヒモをプレゼントしたものの、ハヤトは一向に使おうとはしなかった。それをここで別の目的で使おうとしている。


 たかが靴紐。いくら丈夫といっても限度がある。正しい使い方をしていれば長く使えるものの、誤った使い方では寿命は短くなる。それを分かった上で二重、三重に靴紐をまとめ、器用に縛ることで輪を作れば強度が上がる。


 それで何をしようとしているのか、わかりたくなくてもわかってしまう。


「ハヤトッ! やめろ、ハヤトッ!」


 もう一本ヒモを取りだし、ベンチの上に立つと、木の太い枝へグルグルとまわして先ほどの輪とつなぎ合わせるようにくくりつける。

 ヨウスケが止めようと手を伸ばすも、その手はすり抜けてしまう。


「僕一人じゃ意味がないんだ。一人じゃサッカーはできないんだ。だから、僕がそっちへ行くから……そうしたら一緒にサッカー、そっちでできるよな。また、一緒にやろう」


 ハヤトは輪の中へ頭を入れ、ベンチから足を放す。

 グッと体の重みがヒモへ伝わり、首にかかる。


「ダメだっ! ハヤトッ! やめてくれ!」


 だんだんと青白く、虚ろな目になるハヤトへずっと呼びかける。

 何とかしてあのヒモを切らなければならない。でも、切ることができるものを持っていない。


 親友に後を追って死んでほしくない。

 ヨウスケはひたすら呼び続けた。


「ハヤトッ! 死ぬな! ハヤトッ!」


 悲痛なヨウスケの叫びが届いたのか、ブチッと音がした。

 そしてハヤトの体が重力に従い地面へと落ちる。


「げほっ、げほっ……」


 苦しそうに咳込みながら酸素を取り入れるハヤトの顔に、色が戻ったことで、ホッと胸をなでおろした。

 親友がこんなことをしてしまうまで、精神をすり減らしてしまっている。死がもたらす影響は、計り知れなかった。


「なんで、なんで……俺も、死にたい……ヨウスケがいなきゃ意味がない」


 死にきれなかったことだけではない。残されたことで生まれた感情がハヤトを支配している。

 ヨウスケの家族も悲しみに包まれていた。


 泣いている姿なんて一度も見たことがなかったのに、みんなが大粒の涙をこぼす。

 それだけ人の死は、家族に友人に仲間に影響する。

 いくら悲しんでも、死んだ人間は返ってこない。

 喪失感を持ってもなお、前に進まなければならない。


 生きているハヤトには、自分の死を乗り越えてほしいと思い、ヨウスケはしゃがみ込んでそっとハヤトの肩に手を乗せた。


「ハヤト……ありがとな」

「え……」


 夕陽が差し込む時間。わずかに体から出始めた光がヨウスケの視界に入った。

 もう時間がない。伝えることを伝えなければと声をかければ、目をこすって顔を上げたハヤトと視線が交差する。


 思わずヨウスケも目を見開く。目が合うということは、視認されていることと同じだ。まさか自分の姿が見えているなんて思ってもいなくて、互いに目を見開いた。

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