第23話 人の気持ちなんて理解出来ない
他人の気持ちなど簡単に理解できる訳がないだろうな、ということは生前のころからわかっていた。わからないのだったら関わるな、踏み込んでくるんじゃないということも。
うるさい、黙れ。そう頭では考えたけれども、どこまでもまっすぐなミヤビの声に、耳を傾けてしまう。
「私にはヨウスケさんの今の気持ちは、怖かったんだろうな、という推測でしかわかりません。でも一つだけわかります。ヨウスケさんが私と違って、ずっと生きたかったのだということはわかります」
そうだ、生きたかった。死にたくなかった。
苦しかった。辛かった。ミヤビとは違う。死にたかった人間とは違うんだ。
様々な感情がこみ上げてきて、口から出そうになるのを、人を傷つけまいとする理性が底へと沈ませる。
「それでも。何があったとしても。すでに起きてしまった過去は変えられない」
当たり前のことをミヤビは言葉にしていく。
不思議と耳障りには聞こえなくて、うつむいたまま耳は傾けたが、堪えきれなかった込み上げる感情が勢い余って放たれる。
「んなのわかってんだよっ! 過ぎたことは変えられない! 俺は殺されて死んだ! それは変わらないっえ! でも! それでも俺は死にたくなかった! 死にたくないから、あの人を助けるんじゃなかった! そうしたら俺は生きていられたんだっ。俺はただただ当たり前に来る明日を楽しみにして生きていたたかったんだよ! お前みたいに死ぬのを待ってたやつとは違うんだよ!」
ヨウスケはだんだんと声が大きくなった。そして言ってからまずいと思った。自分の今の発言でミヤビを確実に傷つけてしまったと。顔を上げて目の前にあった固く口を閉ざしては目を潤ませるミヤビの様子からも、傷つけてしまったことがすぐにわかる。
「ちがっ、俺は……」
人を守ることはできない。傷つけるしかできない。誰も助けられない。そう考えたヨウスケは自分を殺した男に言われた言葉が脳裏をよぎる。
『お前のせいで』
――ああ、俺が全ての元凶なんだ。俺がいたから、俺のせいで全て悪い方向へ向かう。親友と後輩の揉め事も、その後の親友との喧嘩も。男が殺人犯になることもなかった。そしてミヤビを傷付けることもなかった。全て自分が存在しているから、だから起きたこと。
そう思った直後、ヨウスケの足元からはい出た黒いもやがものすごいスピードで体を侵食していく。それを見て思わずミヤビは息を呑んだ。
足、胴、腕。日焼けした肌は、黒いもやで覆われていく。それを本人は気づいていない。
「……もう、俺のことは放っておいてくれ」
一緒にいれば、もっと傷付けてしまう。だって自分は人を傷つけることしか出来ないから。早いうちにミヤビとは距離をとって置いた方が良いと判断したヨウスケは、冷たい言葉でミヤビを突き放し、その場から出て行く。
「ヨウ、スケ……さん」
死んで出会ってからたった数日。やりたいことをやろうと手を差し伸べてくれていたのに、その手で突き放されたことにミヤビはショックを受けた。
「私は、どうしたらいいの……? ねえ、お母さん……」
困ったときに出てくる母親。頼りたいけど頼れない現実に、ミヤビはヨウスケの跡を追おうとその場から移動したが、途中でその足が止まり、通路で小さく体を丸めてしゃがみこんだ。
「私だって、人を傷つけることしかできなかった……お母さんもお父さんも、先生も看護師さんも。言葉で、態度で。みんなを傷付けることしか……でも、今は。私は」
二人がそれぞれふさぎこんでいるうちに、時間は何時間もどんどん過ぎていく。
二人にはタイムリミットがある。
このままでは何も進まない。ここでただ、もやもやしたまま消えていくだけになるのは、人を助けたいと願うミヤビにとっては嫌だった。
どうにか考えなければならないと、ミヤビは一人、小説が並ぶコーナーの隅で考えをまとめるために椅子に座る。
「私なら一人は嫌。一人は寂しい。でも、全部思い出しちゃったから、色々傷ついて後悔して、苦しんで。考えをまとめるために一人になりたいんですよね。でも、なんだか嫌な感じがする」
気づけば太陽は傾いている。それはそろそろ閉館時間も近いということを示していた。それでも、館内には人がまばらながらもいる。利用者らしき人が手に取る本を眺めては、頭を抱えていた。
「それ、面白いの?」
「面白いよ」
「どんなところが?」
「んー……記憶喪失の主人公が記憶が戻るところとか、仲間がどんどん悪に染まっていくがさー……」
二人組の学生たちが小説片手に話し始める。それをミヤビはうつむきながら聞いていた。
「悪、黒……?」
聞き取った単語を繰り返して言えば、突き放されたときのヨウスケの顔が思い起こされた。
何か異変があった。そしてともに胸騒ぎがした。
自分の行動を悔い、生者を恨む。
なぜ自分が。あいつが代わりになればよかったのに。
黒い思いがヨウスケを飲み込んでいたように思えた。
訳もわからず死に、いきなり誰とも話せなくなる。夢や希望をいっぱい持っていたはずなのに、それが全ておじゃんになった。
その時の悲しみは、きっと本人にしかわからない。
下手に共感はできない。共感はできなくても寄り添うことはできる。
時間はない。ずっと一人にしていてはいけない。ミヤビはとっさに走り出していた。
エミリとイツキに出会い、見送ったことで、ヨウスケは前を向けたはずだった。
その時はちゃんと向けたのだ。だから、自分の死因を知ろうと考えたのだろう。ミヤビにとってもそれは嬉しいことだった。
しかし、前を向いた結果、悲惨な現実が待ち受けていた。ヨウスケには耐えきらないほどの現実が。
ヨウスケは空が好きだ。何度も上を見ては優しい顔をしている姿を見ていた。だから、今、ヨウスケは屋上にいるだろうと思い、ミヤビはそこへ向かった。
屋上へ続く扉をすり抜ける際、ミヤビは自分に「大丈夫」と言い聞かる。
「ヨウスケ、さん……?」
ヨウスケは屋上の片隅。申し訳程度に植えられている植え込みの横にヨウスケは床に座っていた。
しかし、その様子がおかしく、一歩引いてミヤビは息をのむ。
体を覆うように、真っ黒の影が伸びており、ヨウスケの顔の左半分まで黒く覆われていたのだ。
あらわになっている右目は、虚ろで、虚無を見ていた。
全てを諦めたような瞳で、ボソボソと何かを呟いているのがミヤビの耳に聞こえる。
「……ばいい」
「え?」
思わず聞き返し、耳を澄ませる。
「死ねばいい。死ねばいい。死ねばいい。死ねばいい」
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