第18話 ウエディングドレス


 やっと小さな高い声が二つ聞こえた。会話の内容は聞き取ることはできないが、ドンドン声は近づいてくる。


 やっと来たか、と声がする方向へと自然と顔が向く。だんだんと大きくなる声とともに、足音までもがハッキリと聞こえるようになり、ふと、一瞬全ての音が止まった。

 そしてガチャリと扉が開けられる。

 

 大きな扉がゆっくりと開けられた扉の先には、全身を着飾った二人がいた。


 ラベンダーとピンクのグラデーションドレスに身を包んだエミリ。ヨウスケは今までの様子から、エミリは考えるよりも先に行動する自分の心に素直なタイプだと思っていた。あわせて、高校生でありながら、中身は小学生や中学生のようだとも。


 だが、ドレスを着たエミリは違う。大人びていて、それでもって華やかでゴージャスだ。

 長い髪もドレスと同じ色の髪飾りでまとめられ、統一感があり、思わず息を止めた。


 そんなエミリの隣にいるミヤビも魅力的だった。

 エミリとは違った可愛さがある。

 白に近い薄いピンク色のチュールドレス。ウエストには大きなリボン。動く度にチュールが揺れて、グリッターがキラキラと輝く。


 長い髪は、まるでバラのように細かくアレンジされており、大人びた装いの中にも可愛さを感じさせる。


「すごいね、女子は」


 言葉にしなかったがイツキと同じ感想を、ヨウスケも抱いていた。

 がらりと印象を変えた二人の姿に、思わず見とれてしまっていたのだから。


「あっ! イーツキっ! お待たせ―っ!」


 どれだけ見た目が大きく変わっても、中身は全く変わらない。

 エミリは大きく手を振って、ドレスの裾を少し持ち上げながらこちらへ走ってきた。ヒールのおかげで少しだがそのスピードは落ちている。


 イツキも小さく手を振って、エミリを出迎える。


「あわわわ、待ってくださいっ……」


 ミヤビも同じように走ろうとした。しかし、慣れないロングドレスに、慣れないヒールのある靴。一歩進むのもやっとの様子である。

 よろよろと進むミヤビが危なっかしく、ヨウスケは小走りでミヤビの元へ向かった。


「無理しないで。さあどうぞ」

「あ、ありがとうございますっ」


 急いで駆け寄ってヨウスケの差し出した手。

 まじまじとヨウスケを見つめた後、恥ずかしそうにその手を取った。

 ミヤビを支えつつゆっくりと確かに歩き、イツキとエミリが待つ祭壇前へと進んで行く。


 その姿はプリンセスに手を差し伸べたプリンスみたいだと、エミリがこっそりイツキに耳打ちする。そして改めてヨウスケたちを親のような目で見る。


「ひゅーひゅー。お似合いですねー! 写メっとこ」


 エミリは茶化すように言うと、どこから取り出したのかわからないスマートフォンで何枚も続けて写真を撮った。


「恥ずかしい、です……」

「俺も今、めっちゃ恥ずい」


 顔を真っ赤にし、フリーの手で互いに顔を覆ったまま、写真を撮られ続けた。それでも祭壇までゆっくりとたどり着く。

 全員が祭壇の前に横並びになると、無言の時間が流れた。


「んで、結婚式ってなにやんの? てか、どーやんの? 行ったことないから、マジで知らないんだけど」

「結婚式といえば、神父さんの前で愛を誓ってキスしてー……みたいな? でも僕たちはそういう関係とは違うから、どうしよっか?」

「イツキとチューとか出来ないわー。ミヤビちゃんならアリよりのアリ」


 大胆発言だったが、イツキから話を聞いているので驚きはしなかった。だが、今更結婚式で何するのかなんて言うなよ、なんて思ったことは言えるはずもなく、ヨウスケは苦笑いするしかない。


 それでも言いだしっぺのエミリへ向けて、この後どうするんだと言わんばかりの空気を醸し出す。


「とりま、みんなと写真撮りたい。チェキあればよかったのになー。ないもんねだってもしゃーないから、順番に撮ろ。ほら、ミヤビちゃん。いえーい!」

「い、いえーい? ですか?」

「せっかくだし、全身を撮ったほうがいいでしょ? エミリ、スマホ貸して」

「まじ、撮ってくれるの? イツキやさしー!」


 ミヤビと並び、セルフで写真を撮る様子を見て、イツキは自らカメラマンを名乗りでた。

 時には離れたところから、またある時は近くで。いろいろな方向、場所、角度から何枚も撮っていく。

 モデルの撮影会かと言わんばかりに、カシャカシャと続ける。


「ミヤビちゃん、ちょーかわいい。見てこのほっぺ。ちょー柔らかいの。若さかもしれない。うらやま」

「むむっ」


 互いの頬をくっつけるほど、近く、激しいスキンシップでも、ミヤビの顔は楽しそうに見えた。


「二人ともすごく可愛いよ」


 さらっと言えるイツキがうらやましい。

 ヨウスケの口からは、恥ずかしさもあって、とても言うことができなかった。だから蚊帳の外から様子を見守る。


「ミヤビちゃん。次は、こう、くるっとしてみて。ドレスが広がるように」

「こう、ですか?」


 エミリの指示通りに動くと、ドレスがキラキラと輝く。それをイツキが写真に収める。


「そうそう! ものすごく可愛いよ!」


 時間をかけ、あらゆるポーズの写真を撮り続けた。


「うん、だいぶ満足! 次、ヨースケくんと撮って、最後の締めにイツキと撮るからね!」


 エミリに手招きされ、今度はヨウスケが隣に立つ。 近くに立つと、緊張して手が汗ばんだ。


「ヨースケくん、顔かたーい。ほら、笑って、笑って!」


 無理やりエミリの手で、頬をつままれる。

 強引な笑顔を作らされている場面ですら、イツキはニコニコとしたまま写真に収めていく。


「まだ顔が硬いんですけど。ウチに見とれちゃった? それともミヤビちゃんが可愛すぎて? どっちでもいいけど、笑わないなら、笑わせて見せようではないか! ほーれっ!」


 そう言って、ヨウスケの脇腹をくすぐる。


「あひゃ、あひゃひゃひゃひゃ!」


 痛みを感じないくせに、くすぐりは感じるなんて。

 そう考えたのも一瞬で、耐えることができなかったヨウスケは、うっすら目に涙を浮かべるほど笑い始めた。


「いいね、いいね。とってもいい顔しているよ。いっぱいその顔を撮っておくよ」


 本当の結婚式でこんなことはできない。

 今の自分たちだからこそどんなにふざけたことでもできる。

 笑うためにとエミリに荒業をされながら撮られ続けた。


「よっし。ヨースケくんとはもう、いっぱい撮れたっしょ。次、イツキと!」

「はあ、はあ……」


 お腹がよじれるほど笑ったヨウスケへ、イツキからどうぞとスマートフォンが渡される。

 流行りのシリーズのスマートフォン。ヨウスケが使っていたものとは、見た目だけでなく、重さや機能まで違う。

 画質もよく、自動で明るさを調節してくれるので、例え逆光の中でも上手く撮れると宣伝している機種だ。


 人物画だけでなく、風景写真をとる際にも適した広角レンズ、自分自身を撮るときに便利なセルティー機能も充実。手のひらをガメラに向けるだけで、その数秒後にはシャッターを切る。また、写りをよくするために美肌効果もオンになっていることが画面の片隅に表示されていた。


 手ぶらになったイツキがエミリの隣に立ってみると、いかにもというような結婚式の雰囲気を醸し出している。

 どう見てもいいカップルもしくは、夫婦。しかし、互いに恋愛感情はない。ヨウスケは人は見た目によらないな、と思いながらカメラを向ける。


「えっと。んじゃあ……とりまーす。こっち向いてー。三、二、一……」

「何それ、古くさー! てか、ダサい! もっと自然な形で撮ってよー」

「え、とんだ無茶ぶり。そんなこと言われても困るんですけど」


 カメラ機能なんてろくに使ったことのないヨウスケに与えられた難題に戸惑う。

 風景ならまだしも、人を撮るときにどんなかけ声をかけたらいいのかなんてわからなかった。はいチーズとでも言えばよかったのだろうか。


 エミリのスマートフォンならば誰でも綺麗に撮れるはずなのに、ヨウスケにも下手だとわかるほどの写真が次々に保存されていった。

 しかし、どこから撮ればよくなるのかわからない。イツキの撮り方を真似して、何枚も撮って見せる。


「ヨースケくん、めっちゃ写真とるの下手だねー。ちょー個性的なんだけど」

「す、すんません……」


 撮った写真を見せると、どれもブレていたり、中には自分の指が映っているものまであった。


 あまりにも撮影技術が下手で、エミリの顔は引きつっている。


「どれもこれもあれだよね……あ、でも。これ、めっちゃいいじゃん! まじ、最高」

「本当だ。よく撮れてるよ」


 たった一枚。何十枚撮ったうちの一枚。

 絶妙な光の入り、そして撮影した角度、そして二人の自然な表情。

 エミリとイツキが向かい合って、誓いあっているようにも見える写真だった。

 同性に思いを寄せる二人ではあったが、愛情とは別にまた違う関係がある。それがこの写真には現れているようにも見えた。


「うちらじゃ、こんなことできっこないって思ってたけど、できてよかったわ」


 エミリは写真を見て落ち着いた声で言った。


「そうだね。初めは絶対に無理だし、気が乗らなかった。やってどうするんだって思っていたけど……やってよかった」


 嬉しさと、悲しさが混じった声。

 それを聞いた途端に、二人の体から小さな光が放たれ始めた。

 人工的な照明はなく、室内の明かりは自然のものだけ。日が落ちつつあるため、建物内薄暗い。だからこそ、体からあふれ出る淡い光がとても目立っている。


 その光は、昨日の同時刻に野良から放たれたものと同じもの。つまりそれは、二人との別れがもうすぐそこにあることを示していた。


 一つ、また一つ。光の粒子が天へと上る。天井まで上った光は、そのまま屋根をすり抜けていった。

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