第30話 三途の川で、待ち合わせ!? 1

 これは平安鎌倉期に流布し、信じられていたストーリーですが、死んだ後、私たちの魂は「三途さんずの川」へ行きます。


 そこでは懸衣翁けんえおう奪衣婆だつえばという、妖怪のようなジイさんバアさんがいて、私たちはすっ裸にされます。

 そして女性は、現世で初めて性交した男……「初開の男」に背負われて、三途の川を渡るというのです。


 この話は、『信明集』『地蔵菩薩発心因縁十王経』『大和物語』『源氏物語』『道綱母集』『とはずがたり』など、たくさんの書物に出てきます。



 「三途の川」の名の由来は、川を渡る方法が、三種類あったことに由来するといいます。


1、橋 …… 善人は、金銀七宝で作られた橋を渡れる。


2、浅瀬 …… 軽い罪人は、《山水瀬》と呼ばれる浅瀬を渡れる。


3、急流 …… 重い罪人は、《強深瀬》と呼ばれる難所を渡る。



 女性を背負って三途の川を渡る際には、3番の「急流を」、「後ろから恐ろしい牛頭ごず(牛の頭をした鬼)に追われて」渡ることになっていますので、とてつもなく大変なのです。


 これは、「性交=罪悪」という仏教的な考えに由来しているためで、逆にいえば、


「不犯 = 善・聖・清」(不犯 = 性交を行なわない)

「童貞・処女 = 善・聖・清」


 という考えも含んでいます。自由な現代人のわれわれの目から見ると、なかなかつらい考えですね。



 今回は、『道綱母集』を見てみたいと思います。


 平安貴族の藤原道綱は、病気になって寝込みます。その時、恋人に歌を贈ります。



  みつせ川 浅さの程も 知らはしと


   思ひしわれや 先づ渡りなん



 ……あなたとは浅からぬ関係の、この私。病が重く、今にも死にそうです。

 三途の川とは、どれくらいの深さなのか……。


 この罪深い私がよもや、橋を渡らせてもらうことはないでしょう。浅瀬を渡らせてもらうこともないでしょう。深い場所を渡ることになるでしょう。


 私がまず先に渡って、深さを確かめておきます。



※ みつせ川 = 三途の川のこと。

※ 知らはし = 「知らじ」と「橋」をかけたものと思われる。



 女性からの返信……



  みつせ川 われより先に渡りなば


   みぎはにわぶる、身とやなりなむ



 ……あなたが三途の川を私より先に渡ってしまったら、誰が私を背負ってくれるのでしょう。あなたがわたしの、初めての男なのですから……。

 私は三途の川を渡れずに、岸のほとりで、ひとり困って、嘆き悲しむ身となってしまうでしょう。

 必ず、迎えに来てくださいね。



 と、ふたりはこのように、三途の川をテーマに、両思いの歌のやり取りをしています。


 考えを深めてみますと、次のような事態が想像されます。


・男のほうも、女のほうも、死んだ後、三途の川の岸辺で、カップリングが成立するまで、相手が死ぬのを待っていなければならない。


・もしくは、男が先に死んで、ひとりで先に渡った場合は、男は女を背負うために、戻ってこなくてはならない。


・男が複数人の処女を相手にした場合、何度も女性を背負って渡らねばならない。



 当時の女性は「初めての男」を、かなり重要視していたことがわかります。

 「初めての男」と、「今、愛している男」が異なる場合も多々あったことでしょう。そうなると、心のやり場が難しいですね。


 男性にとっては、「滅多矢鱈に処女に手を出すなよ」という戒めになったかもしれません。

 ……いや、光源氏さんを見ると、なんの戒めにもなっていないかも……(笑)


 ……というわけで次回は、光源氏の三途の川の歌を見ていきたいと思います。



※ なお、この道綱の歌については、ふたりは未交渉で、女性のほうは処女であるという説もありますが、筆者は「処女ならば、橋や浅瀬を渡れるはず。『みぎわにわぶる身』とはならないはず」と考えましたので、非処女説を採用しました。




 3/27(水)より、新連載『夜のシュメール ~亡国の王子は夜鶯よるうぐいすを熱愛する~』をアップする予定です。剣と魔法の異世界ファンタジーです。ぜひぜひ読みにいらしてください。


近況ノート

https://kakuyomu.jp/users/dkjn/news/16818093074201335432

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