パンツの国のお祭り→縫うべきパンツの色は

 遂にお祭り当日の朝、街のスモー大会の運営本部にいた私は準備で大わらわだった。何故かというと、私の締める真衣まわしの調子がいい、と噂になってしまったからだ。

 これはオズワルド様が「マイが真衣まわしの着付けを手伝ってくれると身が引き締まる」と皆の前で発言したことが発端なのだが、彼は収拾をつけるどころか「皆も是非本場の真衣を体験するといい」と、火を立て煙を立ち昇らせた。

 更に「試合中に真衣が解けてしまうのは卑怯者の心根を持つからだ、とされるらしい。真衣を上手く着けてもらえれば、気合いも入る」と、相撲の聞きかじりの誤った蘊蓄うんちくを披露し、更に油を注いだ。いくらスモーに熱くなっているからと言っても、その畳み掛けにはさすがの私も頭に来てしまった。そんなことをトップオブパンツ領主様が言ったら、皆信じるに決まっている。こめかみの血管に激流が走ったのを感じた。

「オズワルド様、私とても忙しいんです。ですからお祭りの2日目までお目にかかれそうにありません。では、お疲れさまでした」

 その場でニコリと笑って背を向けた。「ま、マイ」という声は無視だ。長く宿泊していたお邸には帰らず、真っ直ぐ宿屋に戻った。女将さんは満面の笑みで迎え入れてくれた。

 彼に対して未だ溜飲は下がっていないけれど、少し大人げなかったかもしれない、と昨日までは思っていた。けれど今は目の前の長蛇の列を眺め、いいや私は全然大人げなくなかった、と怒りでこめかみが痛んでいた。なぜなら私は今人生で最も戸惑いを隠しきれない状況に陥っていたからだ。


 日本のお相撲さんは、土俵に上がるときは廻しの下に下衣安全装置を着けている――去年、仕事で調べた事実だ。

 恐らくオズワルド様はヨセンのとき狭衣ビキニの上に真衣まわしを着けたので失念しているのだと思う。実際私もそうだった。けれど、出場者は長衣ボクサーブリーフ中衣トランクス。核心を突いて言えば、オズワルド様以外の人は真衣を直接着けなければならない。真衣を巻いても、裾がはみ出てしまって格好がつかないのだ。それを私が一から着付けると言うのか。本来相撲の着付けは女性は関わらないそれが答えだ! と、何度も叫びそうになった。

 一人目がぺろん、と晒しそうになったときは、さすがの私もあからさまに顔を背けた。既婚でなければ顔が赤くなったかもしれない。いや当たり前だろう、相手も気まずそうにしていた。しかしだとしても、最強の戦士ヨコヅナを目指す男性達には羞恥という余念はなかった。これこそオズワルド様の最大の罪悪か。

 結局私は役場の同僚に着付け場所の手前にカーテンを引いてもらい、「布をくぐる前に真衣まわしを軽く巻いておいて下さい!」と呼びかけてもらった。カーテン前のチェックもだ。これによって不幸な事件はほぼ確実に防ぐことができた。オズワルド様に会ったら、絶対に苦情を言おう。忙しくて寝不足の朝には堪えた。私は三十人分の真衣を笑顔で着け尽くした。


 当日の私の担当は各会場の本部巡回。場所は街の南の露店通りを抜け一度スモー大会へ、次は森周辺、西の海のドッジボール、そしてまたスモー大会に戻って一日目は終了だ。

 真衣をやっと着け終え、二時間ほど予定を押して街に出た私は「わ!」と声を上げた。まず人が多かった。街中には比較的高価な商品を扱う露店が出ているそうで実に活気があった。若いカップルやこの島の人と風情の違う上衣シャツ下衣パンツの人々はもちろん、皆明るい色の布を身に着けている。

 ――南国特有の暖かい風が私の髪を揺らした。通る人皆が往来を楽しんでいる空気に心が浮き立つ。役場から祭りの雰囲気を味わいながら、マーを待たせている場所まで歩いた。役場の面々はサクラ役にも駆り出され人手不足も甚だしいため、一緒に巡回をするのは視察でもお世話になった家人さんだ。私ひとりで巡回するつもりだったけれど「心配だ」と、オズワルド様が強権を執行したようだった。

 家人さんありがとうございます、と礼を述べて私はマーの引く荷台に乗り込んだ。


 抜けるような濃い水色には雲一つない。気温は高いけれど乾燥して爽やかな風が吹く。私は慣れない重労働戦士達の準備の後の清々しい景色に、深く快いため息を吐いた。

 巡回も各部署で大きな混乱がないため、順調に進捗していった。

 露天通りの賑わいは本当に浅草寺通りのようだった。一本道にしたことで店同士の諍いも少なく迷子やケンカも予防しやすいので運営的にも都合が良い、と報告を受ける。スモー大会本部も飛び込みの募集を昼前に締め切ったので忙しさのピークは抜けた、と担当者がげっそりとしていた他は問題ない。取り組みも順調だそうだ。

 どの担当者ともいい報告を交し合い、次は選手村か、と私が家人さんと荷台に乗ったとき後ろから「マイ!」と声を掛けられた。

「マウロ! 久しぶりね」

「本当に久しぶりだ! 全然会えないから心配してた」

 マウロは宿屋に出入りする八百屋の青年。私が仕事に慣れ、女将さんの朝食準備を手伝うようになった頃、知り合って会話するようになった。女将さん曰く「ありゃあんたに気があるよ」とのことだけれど随分年下だからかそんな風には思えず、気にせず仲良くしていた。

「ちょっと仕事が忙しくて。マウロはスモーを見に?」

 彼は「そう」と顔をしかめて「本当は出たかったけど配達で申し込めなかったんだ」と悔しそうに呟いた。と、「マイ様」と家人さんが手綱を持ち上げた。そうだ急いでいたのだった。私は家人さんに肯き何か言いたげな彼に笑いかけた。

「じゃマウロ、楽しんで。私仕事で回ってるからまたね」

「あ、マイ!」

 ガタ、と車が回る音がして私はマウロに手を振った。けれどその瞬間、彼は荷台に跳び乗り「一緒に行く」と何とも自然に私の隣に腰を下ろした。え、と驚きを返す間もなく、彼は肩が触れそうなほど近づいて来て私の目を覗き込んだ。

「マイに会いたかったんだ」

 揺れに戸惑うように一旦スピードを緩めたマーは、再び急ぎ足で走り始めた。


「へぇ、オレ森まで来たの初めてだ。普段は神聖な場所だからって近づいちゃいけないんだぜ」

「そうね、森に近づくほど涼しく感じるわ。私も少し森に入ってきたけど、神聖と言われる訳が分かったような気がする。とても不思議な場所だった」

 赤狭衣ビキニが光るとか。「ふぅん」とマウロは森の方を眺めた。

 先ほどは彼の態度に一瞬ドキリとしたけれど、その後はいつもの屈託ない様子が変わることはなくて私はホッとしていた。

 既に私達は荷台を降りて、森手前の選手村──もう時間的には入れ替わって宿泊施設エリア──を見回っている。ここもどうやら大きな混乱はないようだ。集落の方から煮炊きの煙が上がっているところを見ると、島々の要人達は食事を始める頃合いらしい。だとするとやっぱり巡回予定は大分遅れている、と私は足を速めた。

 マウロは、ずっと私に話し掛け続け笑ったり驚いたり忙しい。八百屋の家業で彼も街からはほとんど出ないのだそうだ。だから今日はとても楽しい、と。彼は薄めの褐色の肌に金髪、瞳は明るい茶色で最初は見慣れない色合をしていて、出会った頃はひとりドギマギしたものだ。農業の傍らの八百屋のようで、下衣は明るい緑の長衣ボクサーブリーフ。彼がそれを履いていると日焼けした若者が海パンを履いてウロウロしているような錯覚を受ける。あぁパンツと思わなければ良いんだ、と当時目から鱗が落ち、この世界に慣れるきっかけをくれた人物でもある。

 集落の手前、エリアの端まで来たとき、マウロが突然立ち止まった。「どうしたの」と私は尋ねた。十ほども違う年下とはいえ、彼はもう立派な青年で身長も私より大きい。ぐ、と覆うように頭を寄せて来られ、圧迫感に知らず身を逸らした。

「女将さんに聞いたんだけど……マイが領主様に見初められたって。宿屋に世話になってるのもオズワルド様の口利きだって」

 「えぇ?」突然の話題に私は目を見開いた。女将さん……。客のことには口が硬いのになんでマウロにそんなこと、と私は困惑しながら「そう、ね」と肯定した。マウロは更に体を寄せ私に囁いた。額が触れそうだ。

「……マイはさ、オズワルド様と結婚するの?」

 なぜそれを、と尋ねようとした。けれどすぐに「あのさ」腕を捕られた。

「オレ、お邸に八百屋の商売の振りしてマイに会いに行ったんだ。けど黒中衣トランクス達が噂してた……マイがオズワルド様と結婚するって……ね、マイはさ、エーミル様の赤狭衣ビキニを拾ったってホント?」

 お邸の家人さん達がそんな噂をしていたなんて、と私は気恥ずかしくて頬が熱くなるのを感じ顔を背けた。そして「そう、拾ったの。それでお邸にお世話になった時期があって」と弁解するように呟いた。

 マウロはふ、と緊張を解いたように背を伸ばした。午後の暑い陽射しが頭を灼くようだったけれど、彼が離れて私達の間に風が吹いた。私もほ、と息を吐いた。マウロは独り言のように私に話し掛けた。

「たっぱりそうなのか。赤狭衣国宝を拾ったマイはエーミル様からもたらされた女神なんだってさ。……確かに半年以上湖に沈んで見つからなかった赤短衣を拾ってくれたんだから、マイはこの国の恩人だよな。オズワルド様も親しくなったらそりゃ……好きになっちまうよ」

 再びぎゅ、と腕を掴む力が強まった。マウロは本気で私を好いてくれている、と今更理解した。けれど同時に、私の頭は話の途中で覚えた違和感で一杯になっていた。

 湖に落ちて半年……どういうこと? 狭衣ビキニは半年以上日本を彷徨って偶然家の庭に落ちたのだろうか。それとも気づかなかっただけでずっと庭に落ちていたのだろうか。疑問に眉を寄せた数瞬の内に、湖面に浮かぶゴム手袋の人工的なピンクが頭を掠めた。そう、なぜあそこにあったの。確かに手につけて拾ったのに。

 マウロが私の腕を引いた。その反動で私は彼に触れそうなほど近づいた。

「いや違う。そんなことは関係なくて、オレ、マイに何回も会いに行ったのに全然会えなくて。その内お邸から帰ってこなくなるし……」

 声が鮮明に届き顔を上げると、彼の今にも泣きそうな表情に胸を突かれた。あぁこの先は聞いてはいけない。「ねぇマイ」マウロの腕が私を抱き込み、彼の明るい光彩が苦しそうに私を睨んだ。

「オレ、マイに赤短衣なんて縫わせたくない。マイが好きなんだ! マイにオレの下衣パンツを縫って欲しい!」



 続く

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