　祭りまであと十日まで迫った。

　今日はメイン企画の前イベント日だ。企画内容は既に各位担当者から太鼓判をもらい、簡単なチラシも街中に貼ってある。私はお邸に缶詰状態が続いてよく知らなかったけれど、今朝女将さんに聞いた話によれば『既に噂は持ちきりで男性の半数は申し込むこと請合い』だそうだ。私はよし絶対に盛り上げたい、と拳を握った。女将さんは「あんたは頑張ってるよ。アタシもこんなにお祭りを楽しみに思うのは何年ぶりかねぇ！」と私の背を叩いて笑った。

　そして実際に集まった人の数に私は唖然とした。この島の全ての青年男性を集めたとしても七十人。けれど広場には百人を越える男性がひしめき合っていた。

「オズワルド様！　す、すごい人です……」

「当然だ。この国の男達は皆、エーミル様に憧れて育つのだから！」

　腰に手を当ててエーミル・ポーズを決めるのは、この島のトップオブパンツ（領主様）であり私の婚約者――一応お付き合いをする関係上、そういうことになった――だ。今日はお祭りの重要な前イベントがあるため、彼は赤狭衣（ビキニ）を着用済み。好意を打ち明けてから、正直私には目に毒だ。彼にその前向きな戸惑いは伝えてはいる。けれど私が目を伏せると「俺の狭衣姿は見苦しいだろうか」と子犬のような瞳で大型犬よろしく抱きつかれるのだから、仕方がない。赤狭衣を履いていようが彼は彼なのだ、と自分に言い聞かせて耐える。二人きりのときは黒長衣（ボクサーブリーフ）を履いてくれる優しい人なのだから。

「それでは、『スモー』大会の開会式を始めます。オズワルド様、お願いします」

　どよめきが起こった。無理もない、先ほどまで赤短衣（ビキニ）を身に着けていた人物が、今度は祭衣（ふんどし）よりも露出の激しい廻（まわ）しで登場したのだ。「スモーとは何だ」「早く勝負させろ」といきり立っていた男性達がしん、と静寂を以て彼を見つめていた。いや熱すぎるだろ視線。彼の廻（まわ）しはもちろん赤だ。オズワルド様は広場に設置した壇上に登ると威厳に満ちた声で皆に呼び掛けた。

「皆、よく集まってくれた！　私の身に着ける見慣れぬ下衣（パンツ）に驚く者もいるだろう。これは他国に伝わる神聖な真衣（まわし）と呼ばれる、選ばれし戦士にのみ許される下衣だ！」

　未だ静寂は続いている。しかし皆の目がぎらつき始めたのに気づいた私は、そっとオズワルド様に目を向けた。ピィ、と縦に走る赤のラインが彼の筋肉の窪みを強調してやまない。そしてこの日のために作った上衣（シャツ）丈の絶妙さ。廻しでここまでスタイルの良さを感じさせる人物はいないだろう。

「これから行うヨセン（予選）という、最強の戦士を決めるための勝負を行う。この下衣を身に着けて祭りの場で勝負に臨めるのは、今日のヨセンを勝ち進んだ者のみ！　全ての戦士の頂点に立った者には、赤の真衣（ヨコヅナ）の称号を与えよう！」

「うおおおぉぉぉ……！」広場が揺れるような歓声。空気が熱気に包まれ私は武者震いした。エーミル・ポーズで彼は高らかに宣言した。

「これより『スモー』大会のヨセンを始める！」

　結果オズワルド様には煽り過ぎだ、と私から苦言を呈したけれど、共に企画を担当する灰色中衣（トランクス）の皆は一様に頬を興奮に染めていた。体育会系でなくても熱いパトスをもよおす演説だったらしい。オズワルド様は私の両肩を掴むと「この下衣（パンツ）が私と君の世界を繋ぐ架け橋になるなら、どんなことをしても成功させたいのだ」と真剣な眼差しを私に向けた。いや真衣（まわし）で口説かれても、と気が遠くなったけれど惚れた弱みか彼の気持ちは強く伝わった。「あ、受付がパンクしているので行きますね」とわざとすげなく離れた私の胸は温かな気持ちで満たされていた。

　そうしてこの日、午前中はルールの共有と稽古、午後からはトーナメント試合を行った。

　オズワルド様は訳知り顔で「腰を低く！」「真衣（まわし）をとるんだ！」と親方の風情で皆に稽古をつけ始めた。これはありがたかった。相撲を見たことも聞いたこともない人達の戦いはただの喧嘩になってしまうのだ。私には週末の四時からぼんやり相撲中継を観ていただけの知識しかないけれど、見よう見真似でオズワルド様にレクチャーした甲斐があった。相撲をしたらどうか、と相談したときは彼がこんなに関わってくれるとは思わなかった。いや、廻しの話をしたときのオリーブ色の輝きに嫌な予感はあったが。

　髪をかっちり撫でつけ、白晒（さらし）の真衣（まわし）をむず、と掴んで腰を落とす彼はもう、イケオジと呼んで良いかは不明だけれど、彼に飛び込む男性達の瞳は恋するそれだ。長衣（ボクサーブリーフ）、中衣（トランクス）の上から──ヨセンは白で統一──真衣（まわし）が食い込む群衆は完全にスモーの虜になっている。

　稽古をつけてもらいたい人が彼に殺到しそれに対応したため、午後の予定は押しながらも勝ち上がった三十人が無事に選抜された。お祭り当日はやはりトーナメントで赤真衣（ヨコヅナ）を争うことになる。

　当日の会場は街の南の荒れ地だ。オズワルド様と心を通わせた後日、改めて視察に出た耕地利用もない広大な荒れ地がもったいなかったこと、この国の人達が受け入れてくれそうなスポーツは何だ、と思案した結果が相撲だった。森から土を拝借し、地面より一段高い土俵を建設中だ。上から荒れ地の細かい砂を何重にもかけて乾燥させ、転んでも痛くないよう──この国の人たちは下衣姿で怪我するのを嫌がる──に苦心した。椰子の繊維で編んだ土俵の円はそれらしくて気に入っている。

　街の南側に露天を集中させ、荒れ地のスモー会場まで露天で誘導。イメージは浅草。店をあれこれ見ているうちにスモー会場へ着いてしまう寸法だ。更に森の集落周辺には簡易のコテージを増設し昼は選手村、夜は宿泊施設として貸し出す予定だ。収益の一部は場所代として集落の収入になる。これには集落の長も、娘を選ばなかった溜飲を下げたという。

「今日はお疲れさまでした、オズワルド様」

　日が落ちてようやくお邸に戻って来たオズワルド様は所々かすり傷を負っていた。

「あぁ、かなりくたびれた。だが、皆スモーに夢中になってくれたな。これは祭りも盛り上がりそうだ」

「はい、他の島の方の飛び入り参加も含めると二日の日程ギリギリになりそうですね。また日程調整が必要です」

　例年が素潜り勝負だけなので今年のお祭り運営本部はかなり忙しい。お邸にしつらえられた運営本部は毎日大騒ぎの会議になっているけれど、私は充実している。

「マイは時間に細かすぎる。そこまで気にしなくていい。それよりドッジボールはどうなりそうだ」

　そう、海岸では例年通り露天を出し、ドッジボール大会を開催予定だ。こちらはルールは簡単なので当日募集にして、優勝チームには景品を出すことになっている。もし参加がないときのために、役場から二チーム出ることになっている。サクラなのに本気の構えのようで朝練とか夜練を始めたとか。スポーツのユニフォームとして見れば、長衣（ボクサーブリーフ）も中衣（トランクス）も自然に見えるから不思議だ。

「そうか。順調ならばいい。マイの仕事ぶりは心配していないから、任せた。……だが祭りが近づいてしまうと、他の領主の歓迎で君に会えなくなるだろう」

　オズワルド様は突然声を低めた。

　私は祭りが近づくにつれてお邸に宿泊することが増え、今も以前宛がわれていた客室でタイムテーブルの確認をしていたところだった。湯を浴びたのか、清潔な匂いの彼が入室したので、ローテーブルの側で立ち話をしていたのだけれど。彼は私と距離を詰め、肩に手を乗せた。

　「マイ、だからやはり君を……」あぁまたあの話だ。頬を包まれる。

「いいえ、オズワルド様」

　私は頑なに首を振った。

「今回のお祭りでは役場のマイとして参加したいんです。貴方の婚約者として紹介されて周知してしまえば、お祭りの仕事は出来なくなってしまうでしょうから。……この話は、もう止めて下さい」

　「そうか」と項垂れて頬から手を離した彼につられ、私も俯いた。視界に赤い狭衣（ビキニ）が映った。けれど、真衣（まわし）に比べればインパクトは弱かった。もはや感覚が麻痺しているのか、思わずそれを凝視してしまう。やはり。

「……オズワルド様、あの、大変言いづらいのですが……」

　お互い同じタイミングで顔を上げた。間近でオリーブの瞳が疑問符に揺れる。

「この狭衣、いつも少し小さいように感じられるのですが……もっと大きいものはないのですか」

　オズワルド様は驚いたように私を見つめて「分かるのか」と呟いた。いや、分かるだろ。明らかにキツそうだ。私の心の声が聞こえたように、彼は少し困ったように眉を下げ「大きいものはないのだ」と言った。その表情が寂寥すら感じさせるようで私は何か深い事情が、と唾を飲んだ。確か短衣（ブリーフ）もほつれて……。

「実はこの国の下衣は母か妻が用意することになっている。いや、独り身なら自分で用意する者もいるが……俺は縫い物はからっきしだ。俺の持つ正装用の狭衣（ビキニ）と短衣（ブリーフ）は昔、母が縫ったものだ。妻は、知っての通り結婚してすぐに逝ってしまったから……。俺ももう四十も過ぎた、体型が変わったのだろう。あぁ気にしないでくれ、マイはそんなことを気にする必要はないあんまりみっともないなら祭りのときは誰かに拵えさせて」

　珍しく長く話すオズワルド様に、私は動揺した。そんな文化は知らなかった。

　私が口を閉じられず固まっているのを見て殊更眉を下げた彼は、そ、と私の手に触れた。私の視線より高く持ち上げ、口づけを落とす。彼の湿った髪がはら、と耳からひと束落ちた。

「だがもし、もしマイ。祭りが終わってからでいいのだ。……俺の新しい下衣を、君の手で縫ってもらえないだろうか」

　彼の茶色の睫毛が震えた。彼の頬はピンク色に染まって乙女のように恥じらっていた。

　下衣ってどうやって縫うのだろう。しかも彼の場合は普段着用の黒か灰色の長衣（ボクサーブリーフ）、外歩き用の中衣（トランクス）、赤の短衣（ブリーフ）と狭衣（ビキニ）。全種類って。私、縫えるのだろうか。