第38話 闇の剣の魔導師

 目的地は迷いの魔街道の手前、木々が多い茂った小径の向こうに見るからに古めかしい屋敷があった。屋敷への入り口として石造りの門がある。門は開いていた。


 ストーンが侵入すると、門の両端に佇んでいた異教の彫像が動き出した。


「やはりな。ガーゴイルだったか。想定内だ! 」

ストーンは持っていた剣を捨て、背中に背負っていた大剣を引き抜く。「これはどうかな。この騎竜剣、受けてみるがいい!」

大剣は怪しげな光に包まれ始める。


 左右から、ガーゴイルの鋭い鍵爪が風を斬り裂いて近寄ってくる。


 ストーンは、右側のガーゴイルの首を跳ね飛ばした。石が砕け散って足元に

落ちる。振り返りざまに、もう一匹を真二つにする。バラバラになる石の魔物。


 ふつうの剣なら折れていたかもしれない。だが、騎竜剣は、刃こぼれひとつない。もっとも、この魔物のように、魔法で創られた生物を倒すには、同じく魔法か魔力を帯びた武器でしか傷つけることはできないのである。


 騎竜剣は、使うと自らのエネルギーを著しく消耗するが、その威力は絶大である。

使い手も同じようにエネルギーを吸い取られる。今の戦闘での消耗が激しい。ふらふらとしまともに歩くことも難しいと感じたストーンは脇にあった岩に腰をかけて少し休息をとることにした。


「この岩は、怪物に化けたりしないだろうな」と笑いながら、手のひらで砂埃を払いのけると腰を下した。


 水筒の水で喉をうるおしながら、考えていた。本職の魔導師を相手に自分の拙い魔法はどこまで通用するのだろうかと。

 ストーンは母のことを覚えていなかったが、どうやら巧妙な精霊使いだったらしい。子供の頃のストーンはその才覚を受け継いでいたのか、よく精霊たちの声を聞いたりした。その能力が最近、またよみがえって来ていた。

 「水の精霊よ、わが声に応えよ」水筒の水を垂らして語りかける。

水滴が小鳥のような形になって宙を羽ばたいた。「ウィンディーネか」


「囚われた人たちの居場所を教えてくれ」ストーンは語りかけた。

水の精霊らしきものは、羽ばたきながら庭園の中を進んでいく。

ストーンも慌てて後を付いていく。


 しかし、水で出来た小鳥は、すぐに消滅した。


「あれは……地下への入り口か」




 隠し階段を下りていくと、地底には広い空間があった。地下にある秘密基地のようだ。迷路のように思える通路を何度か曲がる。


 地下牢を見つけた。「ここか? 」

個室が十部屋以上もある。鉄格子は付いているが部屋のなかは驚くほど豪華で宿屋の部屋でも特等室に値するだろう。とてもそこが牢屋だとは思えなかった。


「なんと。若い娘ばかりじゃないか」

それぞれの牢の鉄格子の向こうには若い女性たちが暮らしていた。虐げられている様子はない。「ハーレムでも作るつもりか」


「今、助け出してやるぜ」

ストーンはある牢の前まで来ると、鉄格子に付けられた錠前に針金を通してこじ開けようとする。傭兵稼業をしているとこれくらいは簡単だ。騎竜剣を使えば簡単に錠前くらい壊せるが、女を助ける目的で使うと、たぶんまた拗ねられるだけだ。

「ちょっと面倒だな、意外と開かないものだ。レパルもいっしょに来てもらえばよかったな。鍵開けなら専門じゃないのか、あいつ」

 

 ガチャリ、ようやく鍵が外れた。


「助けてくれるつもり?」牢の奥から若い女性が話しかけて来た。


「そうだ、救出に来た。君がローゼだな」


「どうして、わたしがローゼだって知っているの?」


「飛びぬけて美女だと聞いてきた。君がいちばんの美人だからさ」

ストーンがそういうと、ローゼは、少し頬を赤らめた。


「よし。脱出するぞ」



 庭園を奥へと進むと暗闇の向こうから、小さな灯火がゆらりと現れた。

「キャー!!」ローゼが声を上げて驚く。


「おいっ。耳がいてぇ。ローゼは下がって。すぐに片付けてやる!」

ストーンが近付くと炎は大きくゆらめき人影となり覆い被さって来て火の粉が舞う。


「えーい、エレメンタルならこっちにもいる」

ストーンは腰に吊るしていた水筒を手に取ると素早く蓋をはずして封印を解く。筒からあふれ出した水は大きく広がり始めみるみる人の形を模る。水の人は、腕を振り上げて炎の怪物に掴みかかって行く。

「エレメンタルよ、ここはまかせた! 」ストーンは、ローゼの手を引きつつ走り出した。


「よく、こんなに奥まで辿り着けたものだな。誉めてやろう」

黒衣の男が現れた。


「てめぇが、ここの主か。怪しげな仕掛けばかりしやがってよ」


「魔道師なものでね。怪しくてすまぬな」

黒づくめの男は、くっくっくと笑う。


「こいつはどうだ。魔法の矢マジックミサイル」ストーンは魔法を使った。

しかし、飛んで行った矢は自分の方に戻って来て、ストーンの腕に突き刺さる。


「カウンター・スペルだ」魔導師は笑った。


「そんな初歩的な魔法など笑止だ。今度はこちらから行くぞ」魔道師は腕をストーンの方に突き出す。掌から炎の玉が跳び出し襲いかかった。横っ飛びで避けたつもりが、火球は後から追ってくる。


「よけきれない。ならば……」素早く相手の懐に飛び込んで剣を突き出すストーン。しかし、腕が思うように伸びない。体の力がすっと抜けて行くのを感じながらストーンは、その場に倒れ込んでしまった。眠りの呪文にかけられたのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る